ウットリしたのは……
宝物庫のカギは、彼の言う通り厳重に保管されていた。
私をからかうための嘘かと思いきや、今目の前にある宝物……武器は、目もくらむような輝きを放っている。ドラゴンとかトロールとか戦神なんかは見た事がないから信じられないけれど、箱の中に大事に収められた目の前の立派な武器の数々は信じられる……というか、スゲェ。
「手袋のままなら手に取って良い」と王太子に言われた時、私は初めて彼の存在をありがたいと思った。実際、宝物庫の番人らしき兵が後ろに控えているから、勝手に触る事はできない。だから、王太子がその特権をフルに使って、メイスを取り出したり持たせてくれた時には、その重さに感動すら覚えてしまった。
「それは、『戦神のメイス』。この国を作ったともいわれるラズオル神の愛用していたもので、彼はそれで人々を安全な地に逃すため、山を破壊したといわれている。逃れた場所に建国されたのがこの国で、彼の名前がつけられた。棘の部分に欠けた所があるのは、その時のなごりらしい……って、まさかこんな話を淑女にして喜ばれるとは思っていなかったな」
そう言いながら苦笑するイケメン王太子。
でも大丈夫、私の中身は淑女じゃないから。釘バットに似たメイスに感動している、ただの元ヤンです。
それにしても、国宝級のお宝……(実際そうなんだけど)が、こんな風に一度に拝めるだなんて! しかも、隣にいる銀髪王太子の解説は面白くてためになるし、わかりやすい。いわくつきのメイスや棍棒は重すぎるけど、短剣や銀の棒みたいなもんはしっくり手に馴染む。城に遊びに来て良かったぜ。
武器だけでなく、瓶なども並んでいる。
「王太子サマ、あれは?」
「ああ、セリーナ。そろそろヴァンと、せめてヴァンフリードと呼んで欲しいな?」
王太子がそう言った時だった。
「殿下! あなたは一体いつまで遊んでいらっしゃるのですか。それにリーナも! ルチア王女が先ほどからずっと首を長くしてお待ちだぞ!」
ノックもせずに突然入って来た兄貴……兄様に怒られてしまった。確か、似たような状況がこの前もあったような――。
でもそうか、武器にウットリしている場合じゃない。今日のメインは姫さんとのお茶会だった。早く行かないと、王女サマを待たせっ放しだ。
「オーロフ、無粋だな。察してくれれば良いものを」
王太子が肩をすくめる。
「お言葉ですが、殿下。私は二人きりでいる事を許可した覚えはありません。リーナはバカといえども未婚の女性です。あなたの軽率な振る舞いに対する注意は、後ほど改めて」
兄の声が冷たい。でも『バカ』は余計だろ? 今日も武器見ながら歴史の勉強したし、毎日少しずつは賢くなってると思うんだけど。なるべく上品に見えるよう振る舞っているし、王太子と一緒でもキレずに我慢したぞ? まあ、一回だけちょっと殴りそうになったけど。
「リーナも! 男性と二人きりで行動したらダメだと、きちんと習ったはずだが?」
私を王太子の隣からベリっと引き剥がし、自分の方に引き寄せながら、兄が怒る。そういえば、武器に夢中で全く意識していなかったけれど、最後は私の方から彼にピッタリくっついて、武器にまつわる説明を求めていたような。
だ……大丈夫だよね? 男性といっても一般の貴族ではないし、部屋には兵士もいたから、私が王太子を襲ってたわけじゃないってわかってくれるよね?
「彼女を責めないであげて。連れ回したのは私の方だから」
本当だよ! 二人きりって廊下をえんえんと歩かされたことぐらいで、あとは……。
「……あ」
「どうした、リーナ」
兄が綺麗な顔を近づけながら聞いてくる。
忘れてた。王太子の私室っぽい所では、確かに二人きりだった。もちろん何も無かったし、普段から女性を連れ込んでいるのか誰にも何にも言われなかったけど。
……ヤバイ! これってバレたら絶対『お仕置き』パターンだ。黙っていよう。気のせいって事にしておこう。しらを切り通せば兄貴にはわからないし?
「いいえ、何も。それよりお兄様、ルチア様のいらっしゃる所はどちらですの? ここから近いと良いのですけれど」
言い終えると後ろを振り向き、王太子に眼光鋭く合図をする。
『余計な事言ったらメイスで殴るから覚悟しろよ?』
わかってくれると嬉しいな。
王太子の青い瞳が、なぜかキラリと光ったような気がした。
*****
「でね? こちらがセリーナお姉様。強くてとっても頼りになりますの」
「初めまして、ベニータ様。お会いできて光栄ですわ」
優雅にお茶を飲む赤髪の大人っぽい女性は、私を見ながら鷹揚に頷いた。
――反省。
王女サマ主催のお茶会に誘われたのが、自分だけだと思ってはいけない。王女サマをお待たせしてはいけない。結果、王女様と仲の良いお友達までお待たせてしてしまった。
ルチア王女は王太子であるヴァンフリード様の妹で15歳、ベニータ様は私よりも1つ年下で16歳の公爵令嬢なんだとか。歳が近いせいか二人とも美形だから気が合うのか、小さな頃から仲が良いらしい。
それなら別に私をよばなくても良かったんじゃあ? 二人でいつもみたいにお話していた方が楽しかったでしょうに……。
それに、ベニータ嬢は16歳という年齢ながらも落ち着いていて、何て言うかしっとりしている。上品で優雅で美しくて……まさに理想のご令嬢! こんな娘がきっと、将来王太子妃とか王妃サマとかになるんだろうな。
「それで……セリーナお姉様? お兄様とのお話は楽しんでいただけまして?」
ルチア王女が尋ねた瞬間、ベニータ嬢の美しく整えられた眉毛が片方ピクッと上がったような気がした。でも、特に何も言わずにお茶のカップを引き続き美しい唇に運んでいる。
「お話したというよりも、演習と武器の見学をさせていただきましたわ」
王太子よりも稀少な武器の方が断然素敵だった!
重さや手触り、しっくり馴染む持ち手の握り心地……。
私があまりにもウットリした顔をしていたのだろう。ベニータ様も話に入って来られた。
「あら、そんなに素敵な機会をいただくなんて羨ましいわ。ヴァン兄様のご勇姿は確かにウットリしますものね?」
兄を褒められたルチア様はとっても嬉しそうだ。
でもごめん、演習中は王太子だって知らずに見てたし。まあ闘う姿は確かにカッコ良かったけど、それなら相手の黒騎士だってカッコ良かった。
それに私がウットリしたのって、見せてもらった武器の方だし。だけどここで剣やメイスの触り心地や破壊力について熱く語っても、きっと理解してはもらえないだろう。ええっと、何か話を逸らす話題は無いかな?
「お二人ともお兄様って呼んでいらっしゃるのですね? こんなに可愛らしい方に慕われて、王太子様も幸せですこと」
我ながら今日は見事な切り返し方だったぞ!
言葉遣いも間違っていなかったと思うし。
なのにベニータ嬢、今度は固まる。
「あら、『王太子様』だなんて他人行儀な呼び方はお止めになって? お姉様ならいくらでもヴァンって呼んでよろしいんですのよ? 確かお兄様ご自身がお願いをしたと聞きましたわよ?」
うん。そうなんだけどね? ルチアちゃんたら地獄耳。さっき言われたばっかりなのに何でそれを知ってるの?
可愛いあなたには悪いけど、腹黒王太子とはそこまで馴れ合う気はないから。だから、呼びたくないっていう選択肢もありだと思うの。
黙って話を聞いていたはずのベニータ嬢の顔色が、今度はみるみる悪くなっていく。どうした? 何があった? 何か悪い物でも食ったか?
「そ……そんな。セリーナ様はいつからヴァン兄様……ヴァンと懇ろな関係に?」
『懇ろ』ってどんな意味だったっけ?
難しい言葉は使わないで欲しい。
知り合いって事かな?
ええっと、初めて顔を合わせたのは……。
「確か先日の『夜会』の時……その夜からですわ。そうでしたわね? ルチア様」
あれれ? 確認したのにルチアちゃんったら顔が真っ赤。反対にベニータ様は真っ青だ。
え、何で? 二人ともどうした?
※懇ろな関係……男女が特に親密な様子。深い関係を表す。