あなたが好きです
前世の一番嫌な記憶を辿る。
私の話に、ジュールは黙って耳を傾けてくれていた。
「――というわけで、結局助かりました。でも、悲しくて」
最後にそう締めくくった。
私は父には捨てられたものの、その後は母に引き取られて、貧乏でも人並みの生活を送っている。居場所を失い荒れたことや、高校に行かずケンカに明け暮れた日々まで父のせいにしようとは思わない。
「……そう。なんというか、すごい夢だね。夢じゃなく、実際に起きたことのように感じたのは、どうしてだろう?」
そりゃあ、まあね。
ここではなく前世でだけど、夢は本当に私の身に起こったことだ。
もちろんそんなことを口にできるはずはなく、私は黙って首を横に振る。
ジュールは私の頭を慰めるようにポンポンと叩く。
「セリーナ、一つだけいいかな? 僕には、君の中の小さな女の子が泣いているように思えたんだ。愛情が欲しいと訴えているのに、与えられなくて……」
今さらあんなやつの愛情なんて欲しくないけど、あの頃私は確かに、父親に認められようと必死で頑張っていた。当時の思いを言い当てるなんて、さすがはジュールだ。やはり近衛騎士は、頭も良くなければ務まらないのだろう。
「ごめん、僕が君を傷つけているせいだね。いつまでも『好き』と言えずに引き延ばしているから」
「へ? いえ、それは違います。これは夢なので、全く関係ありません」
不覚にも目から水が出たが、あれは終わった出来事だ。
寝る前に父のことを考えたせいなので、もちろんジュールを責めるつもりはない。
「君は優しいね。甘えてばかりの僕が、こんなことを言う資格はないとわかっているけど……」
ジュールが私の両肩を持つ。
なんだろうと見上げると、彼は真剣な表情だ。
「だからこれはお願いだ。セリーナ、休暇が明けてもずっと側にいてほしい」
一気に顔が熱くなる。
ジュールが気づいてないだけで、これってもはや告白なのでは!?
首を縦に振りかけた私は、ふと寝る前に考えていた内容を思い出す。
『ちゃんと言葉で伝えたら? 好きっていっぱい示したら、好きになってもらえるのかな?』
恥ずかしいけど伝えてみよう。
私は両手を胸に当て、琥珀色の瞳を見つめた。
「ジュール様、私はあなたが好きです。たとえ嫌がられても、これからは側にいますね」
「……っ! セリーナ、でも僕は……」
息を呑むジュールに、にっこり笑いかける。
「構いません。あなたが『好き』と言えないなら、その分私が言います。毎日しつこいくらいに告げるので、これからは覚悟してくださいね」
あれ? 告白って、こんな感じでいいんだっけ?
ま、いっか。偉そうだけど、これが私の素直な気持ちだ。
ジュールが大きな目を、さらに大きく開く。
かと思えば、急に細めてクスクス笑う。
「セリーナはやっぱり、得がたい人だね。誰よりも可愛い君の、いろんな表情を見てみたい。僕が側にいてほしいと望むのは、もちろん君だけだ」
「それは…………どうも?」
答えつつ首を傾げた。
喜びすぎるとジュールに負担をかけてしまう。そう思って遠慮したのに、彼はなぜか爆笑する。
「本当に、どうして君はこんなに可愛いんだろう。今すぐ食べてしまいたい」
「た、食べる!?」
驚いて身を引くと、ジュールは私の腕を引っ張った。私は彼の胸に倒れ込む。
「つまり、こういうこと」
可愛らしく囁く声とは対照的に、彼の仕草は大人っぽい。首筋を這う彼の唇に緊張していたら、首の付け根を甘噛みされた。
「ええっ!? 本当に食べる気?」
「ふふ、まさか。君が欲しくてつらいけど、これでも必死に我慢しているんだよね」
首に残る甘い痛み――。
それはきっと、ジュールがキスマークを付けたせいだ。
明けて翌日。
想いを告白したためか、私はすっきりした気分で目が覚めた。
好きと言われなくったって、私はちゃんと彼が好き。この先一緒にいれば、いつか「好き」と言ってもらえる日が来るかもしれない。
彼からもらった腕輪をはめた私は、ふと窓の外に目を向けた。
ガラス戸の向こうに白い手すりのバルコニーがあり、その先に青い海が広がっている。天気が良く、青空を横切る白い鳥はカモメ、かな?
その時突然、頭の隅にあるフレーズが浮かんだ。
*****
私に自由は無い。
私はここから、出る事さえ許されていない。
白い手すりを背に、絶望に駆られて空を振り仰ぐ。
よく晴れた青空に白い鳥が飛んでいるのが見える。
くっきりしたその対比に、思わず涙が零れた。
『私は自由になりたい。私は戻りたい。貴方と出会う前の、愛を知らない自由な自分へ――』
いくら好きでも、こんな愛など要らない。
*****
「いや、要るし。……っていうかこの話、誰から聞いたんだっけ?」
私は首を捻って、もっとよく思い出そうとする。
*****
泣きそうな表情で真っ直ぐ貴方を見て、最期に一度だけ無理に笑う。
『愛しているわ』唇の動きだけで、そう伝える。
それは、一瞬――。
私の意図に気付いた貴方が、驚愕に目を見開く。
私はそのまま背を仰け反らせ、床を蹴って手すりを乗り越えると、背中から宙に身を躍らせた。
白いドレスの裾が、鳥のように空を舞う――。
「――っ! セリーナっっ!!」
慌てて手すりに走り寄るけれど、もう遅かった。
「そんな、セリーナ……どうしてっ!」
『ラズオルの青薔薇』は崖下の海に呑み込まれ、見えなくなってしまった。永遠に続くと思われた幸福な時間は、突然終わりを告げる。
虚しく叫ぶ声も慟哭も、彼女に届く事は無かった――。
*****
語ってくれたのは、女性だったような。
この景色、その人から聞いた話ととてもよく似ている気がする。
ここは崖の上に建つ海辺の古城で、バルコニーから落ちたら海へ真っ逆さま。物語じゃなく現実なので、確実に命はなくなるだろう。
「……ん? 物語?」
ようやく思い出した。この話、確かコレットに聞いたんだ!
待てよ? それならここは――
もしかして、海辺の古城では!?
のんびり更新です(´д`)