もしかして……
ジュールが自分のことを語ってくれた。あの日以来、彼との距離は縮まった気がする。
話し合いの結果、水くみや薪割りはジュールの仕事で、食事の仕度が私となった。掃除は二人で手分けをしたり、窓拭きなどの共同作業(?)をしたり。自分の仕度は自分でできるため、なんだかんだでうまくいっていると思う。
昼間は練習用の木剣を使って、稽古をつけてくれることにもなった。
「セリーナ、脇が甘い。正面だけでなく、左右も意識して」
「はい」
「今度は脇を締めすぎだ。余分な力が入っていると、動作が遅れるよ」
「気をつけます」
広い庭で思いきり身体を動かせることが、嬉しい。ジュールの指導は相変わらず厳しいけれど、的確だった。筋トレをしていると、効率の良い鍛え方を教えてくれたりもする。
空き時間には、並んで素振り。
崖の坂道ダッシュは結構キツいし、いつも私が負けてしまう。ジュールは走り終わった後も息が上がらず、「もう一回行く?」と余裕の表情。羨ましい限りだ。
そんなわけで私の当面の目標は、ここにいる間に強くなること。今はまだかすりもしないけど、いつかは彼を打ち負かせると信じている。
恋? それはまあ、急がずぼちぼちと。
ちなみに昼はジュールが主導権を握るが、夜は私の時間。
……あ、別に変な意味ではなく。
夕食の片付けが終わると、長椅子に並んで腰かける。それぞれが読書をしたり、時には私が絵本の読み聞かせをしてあげたり。狼の「ガオーッ」で笑い転げるジュールは、本当に愛らしい。その後の彼のセリフに、愛らしさは欠片もないけれど。
「これほど可愛い狼になら、何度でも襲われたいな」
「いえ、あの、それはちょっと……」
「だったら僕が襲おうか?」
「それは物語とはまったく関係がない……って、ジュール様? そのイイ笑顔はやめてください」
ジュールの楽しそうな笑い声が、広い部屋に響く。他に人はいないので、ふざけ合いくすぐり合っても、誰の迷惑にもならない。彼は私をからかうだけで満足しており、強引に迫らないとわかっているので安心だ。大好きな人の隣で、こんな一日の終わり方も悪くない。
また、別の日にはカードで遊ぶ。
カードは騎士団の仲間内で流行っているらしく、何かを賭けるそうだ。賭けるといってもちょっとしたことで、負けたらビール代わりのエールを奢るとか、書類仕事や団長の叱責を肩代わりするというもの。反対に勝てば、雑用を押しつけたり酒場の看板娘を一番に口説けたりするみたい。
「賭けで口説くというのは、ちょっと……」
「向こうも心得ているよ。今日は誰か、と聞いてくるくらいだからね」
「そうなんですか? それなら、ジュール様も……」
「気になる? そうだな、気分が乗らない時は適当に手を抜くかな」
「じゃあ、気分が乗った時は?」
「セリーナ、ムッとしないで。さて、僕らは何を賭けようか」
話を逸らされた感じだが、私は明日の朝食の仕度を賭けることにした。料理は嫌ではないけれど、早起きは苦手だ。
ジュールは笑い、自分の唇を指でさす。
「じゃあ僕が勝ったら、君からキスしてね」
「へ!?」
「ふふ。セリーナは、困った顔も可愛いね」
「いや、可愛いとかはどうでも良くて……」
「遊び方は教えたはずだけど、自信がない?」
挑戦的に煌めく琥珀色の瞳を見ながら、私は腕を組む。
「いいえ。あれくらい簡単です。絶対に負けませんから」
「良いねぇ。それなら始めようか」
カード遊びは、カードを足して22かそれに近い数字となれば良い。ただし超えたら、負け確定。前世でもトランプで似たような遊びがあったような気がする。
簡単だと挑んだ割には、結果は惨敗だった。ジュールは私にルールを説明する際、わざと負けていたらしい。
「今のは練習で、次からが本番です」
「そう、負けを認めないつもりだね? いいよ、もう一勝負しようか」
残念ながら、何度やってもジュールに勝てなかった。キスにしたら何回分?
うなだれる私の向かいで、彼が笑う。
「セリーナは、がっかりした顔も綺麗だね。言ってなかったけど、騎士団でカードが一番得意なのは僕だ」
「うえ? ずるいっ!」
「でも、勝負は勝負だろう? セリーナのキスが楽しみだ」
上機嫌なジュールが手まねきし、瞼を伏せた。
私は隣に立ち、彼の顔を観察する。
まつげは長く金色で肌は滑らか。鼻は高く唇の形も美しく、目を閉じた今はあどけない印象を与える。
そのため私は、年端のいかない少年にいたずらするような、なんだか変な気分だ。
「セリーナ、まだ?」
瞼を閉じたまま、ジュールが尋ねた。
唇の端が上がっているから、絶対面白がっているでしょ。
「恥ずかしいので、決して見ないでくださいね」
椅子の肘掛けを掴んだ私は、彼に顔を近づける。
まず、ジュールの顔の前で片手を振って、見えていないことを確認。次に人差し指と中指をくっつけて、二本の指の腹で彼の頬を押す。反対の頬や両瞼やおでこ、鼻の頭などもまんべんなく。どれも軽く触ったので、唇じゃないってバレていないはず。
最後に彼の唇へ。緊張したせいで、私の指は微かに震えた。
けれどそこで、ジュールが目を開ける。
「セリーナ、ズルは良くないな」
「うわっ。あの、その、今だけで……」
「嘘はダメ。ごまかしても気配でわかるよ」
「そんな!」
なんてこった。『二本の指でキスのフリ作戦』は、失敗に終わったらしい。
「潔く負けを認めて、キスしてほしいな」
にっこり笑うジュールだが、今度は大きな目を開けたまま。これではごまかせないため、私は覚悟を決めた。
ジュールの頬にサッと掃くような口づけ。ドギマギしていた割には、頑張った方だと思う。
「……え? これで終わり?」
「もちろんです。ジュール様、たとえ一瞬でもキスはキスですよ」
熱くなった頬を押さえながら、一生懸命言いわけする。
なのにジュールの口元は、笑いを堪えてヒクヒクしていた。
「そう。だけど君、僕に何回負けたっけ?」
「……ぐ」
痛いところを突かれた。
最低でもあと六回、私からキスしなくてはいけない。
もう一度。彼の肩に手を置いて、柔らかな頬に口づけた。
ジュールは首を傾げると、自分の唇を指し示す。
「頬じゃなく、ここにお願いしたいな」
「それはハードルが高いので。というか、どこにと約束した覚えはありません」
「ふうん」
可愛く頼まれてもそれはそれ、恥ずかしいので無理だ。
あと五回、とにかく手早く済ませたい。
唇が触れる瞬間、ジュールが突然、顔の向きを変える。
「ふっ……!?」
なんと、唇が重なった!
慌てて離そうとするけれど、顔が動かない。
気づけば私の後頭部には彼の手が添えられ、がっちり固定されている。逃げたくても逃げられない状況だ。
もがく私を気に留めず、彼は身体を反転させた。
その結果、私が椅子に座る形となり、いたずらっぽい琥珀色の瞳が私を見下ろす。
「君のキスでは物足りない。あと五回、まとめてしてあげる」
髪に指が差し入れられ、唇が触れる。角度を変えた口づけは以前より激しく情熱的で、息をしようと離せばまた深く重ねられてしまう。
何度も私に口づけながら、ジュールは満足そうに笑っている。
「セリーナ、君の唇は甘いね」
押し戻そうとしたはずなのに、いつしか私の手は彼の上着を掴んでいた。
ボーッとしている頭の奥で、もう一人の自分が問いかける。
――ねえジュール。こんなに情熱的なキスをするのに、『好き』を知らないと言うのは、おかしいと思うの。もしかしてあなたは、誰かを好きになるのが怖いだけ? それなら私達は、きっと似たもの同士だね。
イチャイチャ回です(〃'▽'〃)
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