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義兄の怒り

 自分の部屋に戻った私は、手早く着替えて階下へ急ぐ。

 応接室に駆け込み、待っていた両親に疑問をぶつけた。


「さっきの話の続きだけど……。本人が知らない間に結婚の約束っておかしいでしょ? ジュール様は、そんなのひとっことも……」

「セリーナ、何を言っているんだ? 彼はうちに来て、きちんと許しを得たじゃないか」

「そうよ。あなたもその場にいたでしょう?」

「お父様、あれは買い物に行く許可じゃあ……」

「まああ、この子ったら。正式な申し込みをしてくださったのに、そんなわけないじゃない」

「正式なって……ええっ!?」


 両親は大きくため息をつき、揃って私を見つめた。


 そんな残念な子を見るような目をしなくても……。じゃあ何? 私、ジュールに求婚されたの?


「貴族同士の正式な婚約は、王家の許可証をもって成立する。といっても形式上で、両家の合意があれば可能だ」

「本人の了解は……。そうか、政略結婚!」


 すっかり忘れていたけれど、この世界では本人の了解よりも親の同意が優先される。だとすると、ジュールの行動はここでは普通なのかな?

 その時私は、あることを思い出す。


「……あ。けどこれ、びっくりするほど安かったからおもちゃの腕輪だと思う。深い意味はないのかも」

「そう?」


 私は腕輪の嵌まった手首を持ち上げた。

 すると母が、たちまち目を輝かせる。


「プラチナの腕輪に稀少な琥珀ね! 素晴らしいわ」

「……え?」


 銀じゃなくって白金? 茶色のガラス玉ではなく琥珀? 

 それって…………本物ってこと!?

 確かにジュールの瞳は琥珀色で、この石は彼の瞳に似ていた。だったら私が購入した方は?


「ねえ、母様。やたらキラキラする緑の石ってなんだっけ?」

「エメラルドのこと? それは、これよりももっと高いわよ」

「あれ? 1000って言われたけど……」

「まさか。最低でもその十倍はするわね。1000なら土台の留め金くらいの価値、かしら」

「はああ!?」


 そんな高価なもの、買った覚えはない。

 待てよ? あの時ジュールは店主に耳打ちし、持っていた革の袋を置いていた。あの中には金貨がぎっしり詰まっていたのかもしれない。

 費用のほとんどを相手が支払った場合、『婚約腕輪』と呼ばないのでは?


「腕輪はお互い嵌めたけど、私は自分で払ってないから無効……だよね?」

「まああ、その場で交換したのね。代金を立て替えていただいたのでしょう? それくらい、お父様が出してくれるわよ」

「いや、えっと……」


 心の準備がまだなので、むしろ返品できないだろうか?


「優しく素敵な人が相手で良かったわね、セリーナ」

「急だし、よくわからないというか実感が湧かないというか……」


 買い物に出たつもりが、入った店で腕輪の交換。デートっぽいのは本日初で、いつもは稽古に集中していて色恋沙汰には縁がない。婚約は何かの間違いじゃあ……。


「照れなくていいぞ。ジュール君は次男だが、良い青年じゃないか。屋敷や鉱山を所有しているからお金には一生困らないし、近衛騎士団の副団長なら働き次第で爵位も授与される。うちにとってもお前にとっても、願ってもない話だ」

「いえ、お金とか爵位なんかはどうでもいいので」


 そんなものに興味はなく、私は自分よりも強い人が好き。その点ジュールは強く、本職の騎士だ。凜々しい彼への憧れが、私の中でいつの間にか「好き」に変わっていた。

 さっきのキスも、本気で嫌なら拒否できたはず。だけど正直に言うと、驚きながら嬉しくもあった。抱き締められた腕の中で、妙に安らぎを覚えた気もする。


 まあ、途中で息ができなくなって、さすがに限界を感じた。でも彼は、ジュールは私をどう思っているのだろう? 前触れもなく婚約したいって……なんで?


 考え込んでいたところ、私の肩に母が優しく触れた。


「そう、愛があるから十分なのね」

「はい? あ、いや、それは違っ……」

「セリーナったら、恥ずかしがらなくてもいいのよ」


 恥ずかしいんじゃなくて、落ち着かない。

 モテモテなジュールが私を選ぶのは、私がラノベのヒロインだから? それともジュールが、私の運命の相手?




 その日の夕方。

 私は自分の部屋で枕を抱えて(うな)っていた。

 

「恋愛すれば命が助かるから、婚約はありがたいけど……。そもそも恋って、どこからどこまでだ?」


 司書のコレットさんの話を、もっとよく聞いておけば良かったな。

 悩んでいたその時、大きな音が響く。


「リーナ、どういうことだ。私は聞いてないっ」

「義兄様!」


 なんと兄のオーロフが、ノックもせずにいきなりドアを開けた。モノクルが少しずれて、茶色の髪は乱れている。普段冷静な義兄の、こんな姿は珍しい。

 ちなみにこの国では、たとえ兄妹でも成人男性は招かれないうちに未婚女性の部屋に入ってはいけない、とされている。日頃マナーに口うるさいくせに、今日はどうした?


「あの……どういうことって?」


 ベッドに座ったまま問いかける。

 義兄は大股で歩み寄り、私の腕を掴んで持ち上げた。


「うわっ」

「ジュールにもらった腕輪というのはこれか? こんなもの……」

「痛たたた。ちょっと待って、どうして勝手に外そうとするの?」

「どうしてだと? もちろん気に入らないからだ。私は婚約なんて認めた覚えはない!」


 そりゃあそうでしょ。私だって知らなかったよ……と言ったら、余計に怒られそう。

 急だしびっくりしたけど嫌ではないので、ジュールにもらった腕輪は嵌めたまま。何よりコレットの言う通りなら、私は誰かと恋をしないと死んでしまう。


 大好きだから……一度は諦めようと思った。だけどジュールが両親の許しを得たと聞き、私の心に希望が灯る。もしかしたら、彼と恋ができるかもしれない、と。


「まったくもう、義兄様ったら。いったいどこまでシスコンなんだか…………うぎゃっ」


 言葉は続かない。

 なぜなら激高した義兄がベッドに膝をかけ、私を押し倒したのだ。

 

「ええっと……」


 オーロフってば、怒ったからっていい年をして、プロレスごっこ? 「歴史やマナーの勉強が途中だから、婚約はまだ早い」とでも言うつもり? ここまでしなくても、冷静に話し合えば済むことだよね。


 私の顔の横にオーロフが両手をつく。見下ろす義兄の長い髪が私の頬にかかり、金色の瞳は揺れている。


「リーナ、なぜジュールと? 私がいるのに、どうして」


 絞り出すような声に意味はあるのだろうか? 目を細めた表情が苦しそうに見えるのは、なんで?


 ……あ、わかった。

 オーロフは老後も、義妹である私の面倒を見ようと考えていたのかもしれない。お前一人くらい養えるって、そう言いたかったのかな?

 義兄の優しさに甘えてはいけない。彼だってゆくゆくは結婚するから、この先どうなるかはわからないのだ。未来の彼の奥さんが、同じ家で暮らす義妹をうとましく思ったらどうする?

 ……って、その前に恋をしなければ、私に未来はない。

 

「あのね、義兄様。実は私、ジュール様のこと……」

「違う! リーナ、お前は私のものだ。誰にも渡さない」


 オーロフは鬼気迫る表情でモノクルを外すと、私の髪に指を絡ませた。


「あの…………何?」


『お仕置き』の前触れ?

 悪いことをした覚えはないのに、わけがわからない。というより、義兄がいまだに義妹を自分の所有物だと考えているなんて、そっちの方がびっくりだ。


 冷たく整った容貌が近づく。

 待って。これってまさか――。

 

「……嫌だ!」


 私はとっさに、オーロフの口を手で塞ぐ。

 彼は今、私に何をしようとした?

 驚きに目を開くと、義兄が身体を起こす。ほっとしたのもつかの間、信じられない言葉を口にする。


「もう一度言う。リーナ、お前は私のものだ。私が一番お前を愛している。ジュールに渡すくらいなら、いっそ……」


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