デートっぽい何か
「子供ではないので、手を繋がなくても平気ですよ」
「そうだね。十七才の君は、もちろん子供じゃない」
言うなりジュールは、指を絡めた。
あれ? 話が微妙に食い違っているような……。
なんでしっかり握るの? 手を離しても、迷子になんかならないよ?
ジュールが突然私の手を持ち上げて、甲にキスを落とす。彼の唇は羽のように柔らかく、触れられた部分が熱を持つ。
「うひゃっ。ジュール様、こ、ここ、これは……?」
「ん? なんとなく。それよりセリーナ、買い物をするならこっちだよ」
通りの先を指さすジュール。その顔は、普段と変わらず穏やかだ。
一方私の心臓は、すごい速さで動いている。
――なんとなくでキスするなんて、ジュールったらまさかのチャラ男系?
ドキドキしながら苦しくもある。本気で好きになれば、彼との別れはつらくなるだろう。
だから勝手に憧れるだけ。
それならジュールに迷惑をかけず、私自身も楽しい。実際はただの買い物でも、今日一日、彼とデートをしているのだと想像してみよう。
「……思うだけなら自由だもんね」
「セリーナ、何か言った?」
小さな声で話したはずが、ジュールに聞こえていたみたい。私はとっさに、素直な思いを口にする。
「えっと、今日はジュール様とご一緒できて良かったなーって」
くるりとジュールに向き直り、にっこり笑う。
すると彼は目を丸くして、眩しい笑みを浮かべた。
「可愛いことを言ってくれるね。もちろん僕も、同じ気持ちだよ」
彼は私に恥をかかせないよう、話を合わせてくれたらしい。さすが紳士だ。
ジュールがある店の前で、ふいに立ち止まる。
それは、オレンジ色の屋根にクリーム色の壁、外に面した大きな窓が特徴の店だった。
――ここで剣を買うってこと?
よく見れば、窓際にはドレスが飾られている。武器屋ではなく仕立屋っぽいけど、店内は違うのかな?
ジュールは迷わず扉を開け、私を中に導く。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
店には他にも客がいるのに、店主らしき男性が飛んできた。ジュールは軽く頷くと、意外なセリフを口にする。
「彼女に似合う服を。いくらかかっても構わないから、必要な分仕立ててくれ」
「かしこまりました」
……ってことは、やっぱり仕立屋だよね。どうして剣や鎧ではなく、服を買いに来たの?
「いくらかかってもいい」なんて勝手に言っちゃったけど、私の有り金では絶対足りない。
「ジュール様、ここでいったい何を……」
「ああ、ごめん。セリーナ、急だけど今日の記念にプレゼントさせてくれ」
記念って、買い物記念?
この国の買い物は、記念日になるほどすごいことなのだろうか?
「いえ、だったら自分で買う……」
「君はスタイルがいいから、きっとなんでも似合うね。楽しみだ」
嬉しそうなジュールを見ていると、反論する気が失せた。でも、記念日というだけでプレゼントをもらうのは、いかがなものか? 後から頼んで分割払いにしてもらおう。
別室に案内された私に、笑顔のお針子さん達が話しかけてくる。
「素敵な恋人で羨ましいですわ」
「本当。美男美女でお似合いですね」
「こ、ここ、恋人~~!?」
聞き慣れない単語に、思わず絶叫する私。
お針子さんは、不思議そうに顔を見合わせた。
「あら? だって……ねえ」
「ご主人でしたか? 大変失礼しました」
「違っ、まったく違うから」
どこをどう勘違いすれば、恋人や夫に見えるのだろう? ジュールと私は、師匠と弟子の関係だ。もしくは買い物仲間? このままだと彼に迷惑がかかりそうなので、私は慌てて否定する。
「あの、今日はたまたまこの店に立ち寄っただけです。彼は師匠……というか、義兄の友人で」
「たまたま? でも……」
「しっ。内緒かもしれないでしょう?」
お針子さん達はコソコソ囁き、揃って頷く。
勝手に納得したようだけど、どういうことかな?
「あの……うわっ」
質問するため口を開くと、服を脱がされた。そのまま採寸されたので、私は言いかけたことを忘れてしまう。
「お客様は肌が白いから、どの色でも似合いますね」
「体つきも素晴らしいですわ。腰は細くて折れそうなのに、胸は豊かで羨ましい!」
「えっと、できればもう少し声を落として……」
焦ってボソボソ囁いた。褒められるのは嬉しいけれど、ジュールが扉の向こうで待っているのだ。聞きたくないのに聞こえたら、余計に恥ずかしい。
それにスタイルが良いのは元々で、私自身はなんの努力もしていな……いや、勉強が嫌で逃げ回ったから、前より足の筋肉はついたかな?
そんなことを考えている間に、全てが終わったみたい。
「採寸と色選びは以上です。豪華なレースをふんだんに使い、心を込めて仕立てさせていただきますね」
「いや、適当に安い生地の方がありがたい……」
「まあ、面白い方。うふふ」
笑われたけど、私は本気だ。それでなくとも、母から「しっかり」と言われている。財布の紐を絞って、しっかり値切って買わなくちゃ。
その後はドレスの話題になり、デザインの好みを聞かれた。一応答えてはみたものの、疲れてぐったり。元通りに着替えた私は、ジュールのところに急ぐ。
「大変お待たせしました」
「いや、いいよ。僕の用事でもあるからね。さて、そろそろ剣を買いに行こうか」
「……? はい」
前半はよくわからないけど、剣の購入は待ってました! だって、今日はそのために来たのだ。
ジュールは私にランチを奢ったり、服をプレゼントしようとしたり。その行動はまるで、前世の漫画に出てくる『大人の彼氏』みたい。こんなふうに優しくして、私に本物のデートだと勘違いされたらどうするつもりだろ?
武器屋は茶色の屋根に灰色の壁で、どっしりした構えの二階建て。見るもの全てが珍しく、店内に入った瞬間、キョロキョロしてしまう。
「うっわあー、すっごい!」
大剣に長剣、短剣に槍や弓。メイスや鋼の杖、なんに使うかわからない鉄球みたいなものまである。輝く武器の数々に、私のテンション爆上がり。さっきの煌びやかなドレスより、こっちの方が断然楽しい。
「武器の方が喜ぶなんて……」
ジュールはボソッと呟いて、壁にかかった『フルーレ』を取った。
「初心者の女性には、これが一番扱いやすいと言われている」
「うーん。もうちょっと重さがほしいです」
「まあね。これに慣れると、他の剣を重く感じてしまう」
やっぱり。私は前世が元ヤンなので、木刀くらいの重さがちょうどいい。
「じゃあ、これかな?」
「お? 長さも重さもいい感じです。素敵!」
手にした剣をいろんな角度で眺めてはしゃぐ私に、ジュールが苦笑する。
「ドレスより『サーベル』の方が喜ばれるとはね。店主、これにする」
「おお! さすがにお目が高い。一点もので少々お値段が張りますが、よろしいですか?」
「もちろん」
「……げ」
慌てて元に戻そうとする私の手に、ジュールが自分の手を重ねた。彼は財布を取り出して、店主の言い値で支払いを済ませてしまう。
「ジュール様、剣は私が買うものです。足りないので一旦お借りしますが、帰ったらきちんと精算してくださいね」
「まさか。せっかく一緒に出掛けたんだし、今日の記念だ。僕に恥をかかせるつもり?」
「いえ。恥とかそういうのではなく、さっきからもらいっぱなしなので」
そう言うと、彼がきょとんとする。
「これくらい、僕にとってはたいしたことではないけど。贈り物をもらうと嬉しいだろう? 大抵の女性は……」
「いいえ。ジュール様がお金持ちなのはわかりましたが、私は自分のものは自分で買いたいです」
ジュールは女性に貢ぐ趣味でもあるのだろうか?
私が「自分で払う」と食い下がると、彼はこう提案する。
「じゃあ、最後にもう一軒。次の店で、セリーナに何か買ってもらうから」
「それとこれとは、別な気が……」
「僕も今日の記念に、君からのプレゼントがほしい。そう言ったら?」
可愛い顔で頼まれれば、「嫌」とは言えない。
でも、互いに物を贈り合うなんて――
恋人同士みたい。