表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/177

デートっぽい何か

「子供ではないので、手を(つな)がなくても平気ですよ」

「そうだね。十七才の君は、もちろん子供じゃない」


 言うなりジュールは、指を絡めた。

 あれ? 話が微妙に食い違っているような……。

 なんでしっかり握るの? 手を離しても、迷子になんかならないよ?


 ジュールが突然私の手を持ち上げて、甲にキスを落とす。彼の唇は羽のように柔らかく、触れられた部分が熱を持つ。


「うひゃっ。ジュール様、こ、ここ、これは……?」

「ん? なんとなく。それよりセリーナ、買い物をするならこっちだよ」

 

 通りの先を指さすジュール。その顔は、普段と変わらず穏やかだ。

 一方私の心臓は、すごい速さで動いている。


 ――なんとなくでキスするなんて、ジュールったらまさかのチャラ男系?


 ドキドキしながら苦しくもある。本気で好きになれば、彼との別れはつらくなるだろう。

 だから勝手に憧れるだけ。

 それならジュールに迷惑をかけず、私自身も楽しい。実際はただの買い物でも、今日一日、彼とデートをしているのだと想像してみよう。


「……思うだけなら自由だもんね」

「セリーナ、何か言った?」


 小さな声で話したはずが、ジュールに聞こえていたみたい。私はとっさに、素直な思いを口にする。


「えっと、今日はジュール様とご一緒できて良かったなーって」


 くるりとジュールに向き直り、にっこり笑う。

 すると彼は目を丸くして、(まぶ)しい笑みを浮かべた。


「可愛いことを言ってくれるね。もちろん僕も、同じ気持ちだよ」


 彼は私に恥をかかせないよう、話を合わせてくれたらしい。さすが紳士だ。



 

 ジュールがある店の前で、ふいに立ち止まる。

 それは、オレンジ色の屋根にクリーム色の壁、外に面した大きな窓が特徴の店だった。


 ――ここで剣を買うってこと?


 よく見れば、窓際にはドレスが飾られている。武器屋ではなく仕立屋っぽいけど、店内は違うのかな?

 ジュールは迷わず扉を開け、私を中に導く。


「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」


 店には他にも客がいるのに、店主らしき男性が飛んできた。ジュールは軽く頷くと、意外なセリフを口にする。


「彼女に似合う服を。いくらかかっても構わないから、必要な分仕立ててくれ」

「かしこまりました」


 ……ってことは、やっぱり仕立屋だよね。どうして剣や鎧ではなく、服を買いに来たの?

「いくらかかってもいい」なんて勝手に言っちゃったけど、私の有り金では絶対足りない。


「ジュール様、ここでいったい何を……」

「ああ、ごめん。セリーナ、急だけど今日の記念にプレゼントさせてくれ」


 記念って、買い物記念?

 この国の買い物は、記念日になるほどすごいことなのだろうか?


「いえ、だったら自分で買う……」

「君はスタイルがいいから、きっとなんでも似合うね。楽しみだ」


 嬉しそうなジュールを見ていると、反論する気が失せた。でも、記念日というだけでプレゼントをもらうのは、いかがなものか? 後から頼んで分割払いにしてもらおう。

 

 別室に案内された私に、笑顔のお針子さん達が話しかけてくる。


「素敵な恋人で(うらや)ましいですわ」

「本当。美男美女でお似合いですね」

「こ、ここ、恋人~~!?」


 聞き慣れない単語に、思わず絶叫する私。

 お針子さんは、不思議そうに顔を見合わせた。


「あら? だって……ねえ」

「ご主人でしたか? 大変失礼しました」

「違っ、まったく違うから」


 どこをどう勘違いすれば、恋人や夫に見えるのだろう? ジュールと私は、師匠と弟子の関係だ。もしくは買い物仲間? このままだと彼に迷惑がかかりそうなので、私は慌てて否定する。


「あの、今日はたまたまこの店に立ち寄っただけです。彼は師匠……というか、義兄の友人で」

「たまたま? でも……」

「しっ。内緒かもしれないでしょう?」


 お針子さん達はコソコソ(ささや)き、(そろ)って頷く。

 勝手に納得したようだけど、どういうことかな?


「あの……うわっ」


 質問するため口を開くと、服を脱がされた。そのまま採寸されたので、私は言いかけたことを忘れてしまう。


「お客様は肌が白いから、どの色でも似合いますね」

「体つきも素晴らしいですわ。腰は細くて折れそうなのに、胸は豊かで羨ましい!」

「えっと、できればもう少し声を落として……」


 焦ってボソボソ囁いた。褒められるのは嬉しいけれど、ジュールが扉の向こうで待っているのだ。聞きたくないのに聞こえたら、余計に恥ずかしい。

 それにスタイルが良いのは元々で、私自身はなんの努力もしていな……いや、勉強が嫌で逃げ回ったから、前より足の筋肉はついたかな? 


 そんなことを考えている間に、全てが終わったみたい。


「採寸と色選びは以上です。豪華なレースをふんだんに使い、心を込めて仕立てさせていただきますね」

「いや、適当に安い生地の方がありがたい……」

「まあ、面白い方。うふふ」

 

 笑われたけど、私は本気だ。それでなくとも、母から「しっかり」と言われている。財布の紐を絞って、しっかり値切って買わなくちゃ。


 その後はドレスの話題になり、デザインの好みを聞かれた。一応答えてはみたものの、疲れてぐったり。元通りに着替えた私は、ジュールのところに急ぐ。


「大変お待たせしました」

「いや、いいよ。僕の用事でもあるからね。さて、そろそろ剣を買いに行こうか」

「……? はい」


 前半はよくわからないけど、剣の購入は待ってました! だって、今日はそのために来たのだ。

 ジュールは私にランチを(おご)ったり、服をプレゼントしようとしたり。その行動はまるで、前世の漫画に出てくる『大人の彼氏』みたい。こんなふうに優しくして、私に本物のデートだと勘違いされたらどうするつもりだろ?




 武器屋は茶色の屋根に灰色の壁で、どっしりした構えの二階建て。見るもの全てが珍しく、店内に入った瞬間、キョロキョロしてしまう。


「うっわあー、すっごい!」


 大剣に長剣、短剣に槍や弓。メイスや鋼の杖、なんに使うかわからない鉄球みたいなものまである。輝く武器の数々に、私のテンション爆上がり。さっきの(きら)びやかなドレスより、こっちの方が断然楽しい。


「武器の方が喜ぶなんて……」


 ジュールはボソッと呟いて、壁にかかった『フルーレ』を取った。


「初心者の女性には、これが一番扱いやすいと言われている」

「うーん。もうちょっと重さがほしいです」

「まあね。これに慣れると、他の剣を重く感じてしまう」


 やっぱり。私は前世が元ヤンなので、木刀くらいの重さがちょうどいい。


「じゃあ、これかな?」

「お? 長さも重さもいい感じです。素敵!」


 手にした剣をいろんな角度で眺めてはしゃぐ私に、ジュールが苦笑する。


「ドレスより『サーベル』の方が喜ばれるとはね。店主、これにする」

「おお! さすがにお目が高い。一点もので少々お値段が張りますが、よろしいですか?」

「もちろん」

「……げ」


 慌てて元に戻そうとする私の手に、ジュールが自分の手を重ねた。彼は財布を取り出して、店主の言い値で支払いを済ませてしまう。


「ジュール様、剣は私が買うものです。足りないので一旦お借りしますが、帰ったらきちんと精算してくださいね」

「まさか。せっかく一緒に出掛けたんだし、今日の記念だ。僕に恥をかかせるつもり?」

「いえ。恥とかそういうのではなく、さっきからもらいっぱなしなので」

 

 そう言うと、彼がきょとんとする。


「これくらい、僕にとってはたいしたことではないけど。贈り物をもらうと嬉しいだろう? 大抵の女性は……」

「いいえ。ジュール様がお金持ちなのはわかりましたが、私は自分のものは自分で買いたいです」


 ジュールは女性に貢ぐ趣味でもあるのだろうか? 

 私が「自分で払う」と食い下がると、彼はこう提案する。


「じゃあ、最後にもう一軒。次の店で、セリーナに何か買ってもらうから」

「それとこれとは、別な気が……」

「僕も今日の記念に、君からのプレゼントがほしい。そう言ったら?」


 可愛い顔で頼まれれば、「嫌」とは言えない。

 でも、互いに物を贈り合うなんて――


 恋人同士みたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ