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なんだかすごいぞ、お買い物

 それから何日か後のこと。

 ジュールが我が家に馬車で乗りつけた。

 突然のことだし、うちより立派な馬車に両親は大慌て。なんと、扉の横に侯爵家の紋が入っているという。


「セリーナ、どういうことだ?」

「お付き合いしている方がいるなら、先に教えてくれなきゃダメじゃない!」

「ほえ?」


 お付き合い? 

 いえいえ、拳を突き合わせているだけですが……

 それに彼はオーロフの友人だから、義兄に用があるんじゃない?


 今日は特に予定がなく、私はコルセットを締めない気楽な服装だ。対してジュールは、青い上着にジレと白のトラウザーズという改まった恰好だった。

 彼は予告なしの訪問を詫び、兄ではなく私に用があると言う。何だろう?


 キラキラした彼の近くに、地味な服で行くのは気が引ける。でも両親曰く、とにかくお待たせしてはいけないらしい。そんなわけで私は、応接室でジュールと向かい合うこととなった。


「それで、侯爵のご子息が当家にどのようなご用向きで?」


 おおーっ。父様、今の喋り方貴族っぽいぞ! 

 ……ってか、本物の伯爵だったわ。


 それよりジュールが、うちより格上の侯爵の息子だとはねえ。義兄と親しいから、てっきり同じかそれより下の家格だと思っていた。身分なんてどうでもいいけど、彼のことをほとんど知らない自分に落ち込む。


「先ほどお宅の執事にお伝えした通りです。セリーナ嬢と、街へ買い物に行く約束をしておりました。お許しいただきたく、お願いに上がった次第です」


 そうだ。「街に行って一緒に剣を選ぼう」との約束を、すっかり忘れていた。

 にっこり笑う彼はすごく上品で、普段剣を握ったり戦闘で荒々しい動きをしたりする騎士にはとても見えない。どちらかといえば初めて会った時のような、いい家の坊ちゃんみたいだ。


「婚約もしていない未婚の男女が、共に出歩くというのはどうも……。感心できませんな」


 父がもったいぶった口調で告げる。

 ただ買い物に行くだけなのに、それってどういうことだろう? 過保護な義兄が心配するならわかるけど、父までどうして?


「ええ、ですから許可を。正式な申し込みが必要であれば、日を改めるか今からでもご承認いただければ、と思います」

「まあ!」


 ジュールの言葉に、なぜか母が頬を染める。買い物に行くだけで申し込みが必要って、通販じゃないのになんで? 

 ま、手続きが面倒でも、剣を手に入れるためなら仕方がない。今後の剣術の稽古を思い描き、私は微笑む。


 ちなみに義兄のオーロフは今、この場にいない。仕事が忙しく、昨日から城に泊まり込んでいるのだ。


「貴方はカロミス侯爵家……でしたかな?」

「はい、次男です。家督は兄が継ぎますが、領地の一部と屋敷、鉱山の権利を保有しています。また、私自身近衛騎士団の副団長として、日々王家のみなさま方の警護に励んでおります。貴家のオーロフ君とは王立学院時代の同級で、仲良くしていました」


 父の問いにジュールが丁寧に答えている。

 彼はまるで、面接を受けているようだ。


「ねえ、あなた。私もオーロフから聞いたことがあるわ。綺麗な顔をした友人に、剣術では決して敵わないって……。良かったわね、セリーナ。素敵な方に見初められて」

「そうだぞ。がさつなお前が、いったいいつの間に」


 がさつとは、ひどいぞお父様。

 でも大丈夫、ジュールにも私の本性はバレている。


「それで? セリーナはそれでいいのかい?」


 いいも何も、買い物に行くだけで目を潤ませるなんて、なんでだろ? 父様まで義兄の過保護がうつったのかな?


「ええ、もちろん。早い方が嬉しいです」


 早く出ないと、日が暮れてしまう。

 剣を見に行くのはもちろんだけど、せっかく街に行くなら他のお店も見て回りたい。できれば、お菓子屋にも寄りたいところだ。


「そうか、そんなにも! カロミス様、よろしければ詳細を詰めましょう」

「喜んで」


 父の言葉に、ジュールが柔らかく笑う。整った顔で上品に微笑む姿は、どこぞの貴公子みたい。

 首を傾げる私と、なぜか感激している母を置き、父とジュールは連れ立って行く。


 ただ買い物に行くだけで大げさな。出歩くのに面接があるなんて知らなかった。

 この世界のこと、貴族社会のこと。結構勉強したと思っていたのに、私の知らないことはまだまだあるんだなぁ。


「おめでとう、セリーナ!」

「あ……ありがとう?」


 向き直った母の目に、涙が浮かぶ。

 買い物に行くのを認められただけで、母がこんなに感激するなんて。

 なんだかすごいぞ、お買い物。


「出掛けるならそのままでいいかしら? ああ、でも、騎士ならどんな装いでも安心だもの。華美な服でも護ってもらえそうね」


 母は急に張り切り、侍女にドレスとコルセットを持ってくるよう指示した。


「あの、お母様?」


 お願いだから、止めてくれ~~。剣を選ぶのにドレス姿って、違和感が半端ないよ?

 行くだけできちんとした恰好をしなければならないとは、ハードルが高いぞ、街。お城に行くより綺麗にしなくちゃいけないなんて、いったいなんで?




 歩き回るのに邪魔なコルセットやドレスは遠慮して、ちょっと派手めな外出着ということで許してもらった。肩を出した白いパフスリーブのブラウスに、薄紫色と白のストライプのスカート。裾はふんわり広がって小さなリボンで飾られている。これに白いブーツを合わせたから、もう十分でしょ。


 まだ飾り立てる気満々の母と侍女に詫びを入れ、私は自分の部屋を出た。階段を下りる途中、玄関ホールで固い握手を交わす父とジュールの姿が見える。


「娘をよろしく頼む」

「もちろんです」


 短期間で父とそこまで仲良くなるなんて、ジュールったらすごい! 

 彼は私に気づくと、極上の笑みを浮かべた。


「セリーナ、すごく可愛いよ」


 ジュールからのストレートな褒め言葉に、思わず顔が熱くなる。でも、嬉しそうに微笑む彼の方がよっぽど綺麗だ。今気づいたけど、オシャレな服で前髪をバックにしている彼は、いつもより少し大人っぽい。並んで歩いたとしても、これなら私の方が年上だとは思われまい。


「ジュール様こそ素敵です」


 これくらい褒め返したっていいよね? 

 ずっと褒められ通しだと、自意識過剰になってしまう。可愛いジュールが、今日はなんだかカッコよく見えるから。


 出かける私達を、両親だけでなく屋敷の皆が揃って見ている。

 やっぱりすごいぞ、お買い物。お城に行く時より見送りが派手だ。


「それでは、行ってまいります。すぐ戻りますね」

「いや、せっかくだからゆっくりしてきなさい。ジュール、セリーナを頼む」

「ええ。お任せください」

「セリーナ、しっかりね」


 おや? いつもより父様が甘い。

 さっき会ったばかりで、ジュールをもう名前で呼んでいる。よっぽど気に入ったみたい。

 でもジュールったら、どんな魔法を使ったんだろう?


 それに母様、お買い物でしっかりって何? あんまり散財するなってことかな。

 それなら心配はいらない。剣を買って、ちょこっとお菓子を食べたら帰るつもりだ。


 私はジュールの馬車に乗り、盛大に見送られて家を出た。


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