騎士になった理由
ジュール視点です。
「ああ、まったく。どこまで可愛いけりゃ、気が済むんだろ」
「ジュール様、どうされましたか? 何かお困りなことでも?」
部下に心配されて初めて、僕は考えを口に出していたと気づく。夜の食堂は城の者が交代で食事をとるため、いつも混雑している。隣にいてもよほど注意していない限り、小さな声を聞きとることは難しい。
部下のガイは僕の世話役を自称しているため、注意を払っていたのだろう。見込みがあるしいいやつなので、側にいることを許している。
僕は炙った鶏肉を横目で見ながら、エールを飲み干す。恥ずかしい独り言をごまかそうと、彼に仕事の話題を振ることにした。
「なんでもない。それより南方の状況は? 何か連絡は来ているかな」
真面目なガイは不思議そうな顔をしたものの、「何の情報も入っていない」と答えた。僕達は近衛騎士なので、国同士の争いに呼ばれることはめったにない。けれど、絶対ないと言いきれないのがつらいところだ。
僕は近衛騎士の中でも、王太子であるヴァンフリード殿下の直属だった。彼の要請があれば、どこへなりともすぐに向かわなければならない。近衛が城でのんびりしていると思ったら大間違いだ。王族の護衛だけでなく事件の調査や偵察、舞踏会の警備、必要とあれば遠方の戦場にも赴く。
「こんなことなら、飛竜騎士になれば良かったかなぁ」
飛竜騎士ならグイードの下で腕を試せる。便利屋のような細々した仕事はあまりなく、国境沿いでの諍いの鎮圧や戦場に出ることが多かった。荒々しく戦いの中で生きる飛竜騎士の方が、一見華々しく見える近衛騎士よりも自分には合っているような気がする。
「ご冗談を。貴方は近衛の顔でしょう? 異動したらどれだけの女性が涙にくれることか」
「ふふ、ガイは大げさだね。でも、城や街の香水臭い女性達に興味はないかな。嘘泣きも見飽きたし。ああ、彼女なら……」
涙を見たいと思う女性が、たった一人いる。彼女なら涙だけでなく、困った顔も笑顔も全てを目にしたい。
「……彼女?」
「いや、こっちの話。ま、あと少し近衛で頑張るのもいいかもね」
「副団長ともあろうお方が、何を言っているのですか」
ムッとしたように答えるガイは、やはり真面目だ。といっても一つしか違わないし、腕の立つ彼はすぐに出世するだろう。なんといっても僕の見た目に惑わされなかった、数少ない内の一人だ。もちろんあっさりねじ伏せたが、彼は純粋に剣の腕で僕を慕ってくれる。
近衛騎士は他の騎士や兵士とは大きく異なり、見た目や家柄がものを言う。王族や要職に就く高位貴族に同行することが多いためだ。部下のガイは伯爵家の三男。均整のとれた体格で、当然顔もいい。
僕は体格は良くないものの、実年齢よりかなり若く見える。自分で言うのもなんだけど、顔の造りもまあまあだと思う。おかげで弱く見られがちだが、その分相手を油断させられるので、今まで負けたことはない。
その後は夕食を黙々と口にし、考えに耽る。
こう見えて、僕は侯爵家の次男だ。家督は長男である兄が継ぐと決まっているが、ある程度の財産と自分専用の屋敷を所持している。
昔の僕はひどかった。財産を食いつぶして遊んで暮らすこともできたので、王立学院入学当初は全くやる気がなかったのだ。そんな時、同級のオーロフが僕に痛烈な一言を放つ。
『それでお前は? 目標もないまま、貴族のバカ息子として生を終えるのか?』
次男とはいえ侯爵家の僕に、伯爵家の彼が意見する。身分を気にするなら、口にしてはいけないはずの言葉だ。当時、遊んでいてもそこそこ勉強ができた僕は、プライドだけが高く、彼の発言が許せなかった。
『生意気な、思い知らせてやる。どこからでもかかってこい!』
『……仕方がありませんね』
後日、オーロフに体術での勝負を申し込むが、あっさり完敗。ならば、と筆記試験で張り合うも、順位はかなり離された。また、得意としていた剣術の訓練でも、一方的に負けてしまう。
僕はそこでようやく、己を過信していたことに気づく。家柄以外の全てにおいて、オーロフの方が上だ!
オーロフに負けたくなくて、剣の腕を磨いた。学院創立以来の秀才だと言われる彼に、勉学の成績では敵わない。だったら他のことで負かすしかないだろう?
王立学院最後の年には、体術はほぼ互角で剣術は僕が上。
それだけのことが嬉しかった。だって生まれて初めて努力をして、自ら勝ち得た成果だ。
オーロフが文官を希望したと知り、僕は武官を志望する。遊んで暮らそうという考えは、微塵も思い浮かばなかった。童顔で甘ったれた侯爵家の次男でも、役に立てることがある。僕は元々、机に貼りつくよりも身体を動かす方が好きだし、身体は鍛えれば鍛えるほど強くなるから面白い。
騎士団でさらに腕を磨いた結果、22歳にして近衛騎士団の副団長の職を拝命するまでとなった。出世に興味はないけれど、くれるというならもらっておこう。それなりの役職に就いていた方が、舐められなくて済む。
肩書は重要だ。
近衛の副団長としてルチア王女の警護をしていたため、セリーナと知り合えた。人生は面白く、どこでどんな出会いがあるかはわからない。初めて会ったセリーナは、オーロフから聞いた話とだいぶ違っていた。学院にいた頃、彼は義妹のことを『病弱だ』と語っていたように思う。それなのに、あそこまで健康的だとは……
そんなセリーナに、今は僕が稽古をつけている。優越感……とは少し違うが、義妹を溺愛するオーロフの悔しがる顔は見ものだ。もちろん、くるくる変わる彼女の可愛い表情も。
「ジュール様、さっきからいったいどうしたのです? 一人でニヤニヤ笑うなんて、貴方らしくもない」
口元を慌てて手で隠す。
セリーナのことを考えると、楽しくて仕方がないのだ。
水色の髪と緑の瞳が、僕を捉えて離さない。必死な様子も焦る姿も可愛いくて、思い出すと笑ってしまう。僕の部屋についてきた時は、慣れてないようだから冗談で済ませてあげた。だけど次から、容赦はしない。
やっぱり、近衛騎士で良かった。
そうでなければセリーナと出会うことはなかったし、こうして近付くことはできなかった。それに、彼女だけは純粋に顔や肩書ではなく、僕の強さ――努力した結果を見てくれる。それが意外に嬉しくて、心躍ることだと知った。彼女ならきっと、一生一緒にいても飽きないだろう。
次の稽古はどうしよう?
ぐったりして、僕の下で懇願する彼女の姿を見てみたい気もする。今日よりもっと疲れさせ、「参った」と言わせようか? それとも何か理由をつけて、街に誘い出す?
セリーナの動きは、素人にしては上出来だ。けれど、毎回騎士団の連中と同じメニューでは無理がある。一生懸命に話を聞く態度や、尊敬のまなざしが自分に向けられるのは心地いい。だからといって調子に乗れば、今日のように無理をさせてしまう。
「今頃、全身の筋肉が悲鳴を上げているかもね」
想像してくすくす笑う。
部下のガイは、これ以上の忠告を諦めたようだった。