好みのタイプ?
「うわ、マジで~~!」
あに……兄様から城に招待されたと聞かされた時、私は思わずのけ反ってしまった。そのせいで言葉遣いも戻ってしまい、すかさずギロリと睨まれた。
だって、何が悲しくて一番マナーのうるさそうな城なんかに行かなきゃいけないわけ? それに行った所で何があるってわけでもないし……。運が悪けりゃ、あの腹黒王太子サマに会ってしまう。まあ、妹姫なら可愛かったし、もう一度会っても良いかな?
声に出したわけでもないのにあに……兄様は何かを察したようで、「ルチア王女がお茶に招いて下さっている」と、付け足した。なあんだ、それなら……って、やっぱり気乗りがしないんだけど。
「ああ、それから。ヴァンフリード様の特別な計らいで、訓練場と武器庫の見学が許されている。一般開放していないから、これを逃すともう二度と見られないかもしれないが、どうする?」
その言葉を聞いた瞬間、急にアタ…私のテンションは上がった!
何、何、武器庫? 剣とか棍棒とか鎧とかが見られんの?
それに訓練場って? 本物の軍の演習とか兵士の鍛錬とかが見られちゃうわけ? それなら良いかも。プロの動きを参考にして、今後のケンカに役立てよう!
突然目を輝かせた、わた……(間違ってなかった)私を見て、兄が苦笑した。最近いろいろ考えている事が読まれているようで困る。それだけ私を見て大事にしてくれているのだろうけれど、私の方は兄の事をほとんど知らない。ああ、そうだ。せっかく城に行くのなら!
「お兄様の仕事場も見学して良いかしら?」
兄のオーロフは突然ビックリしたような顔をして、金色の両の瞳を見開いた。あれ? わたし、何か言葉遣い間違えてた?
兄は目を細めると、嬉しそうな表情を浮かべて何度も頷いてくれた。
あに……お兄様ったら、笑うと結構若く見える……て、まだ22だったか。普段無表情か怒った顔しか見た事が無かったから、もっと老けてる印象だった。でも、笑顔の兄はとても新鮮だ。少しだけ兄妹の絆を深められたようで嬉しくなる。こんなに喜んでくれるなら、もっと早くに言い出せば良かったかな?
兄を笑顔にさせた事が嬉しくて、私はすっかり忘れていた。
彼の仕事は王太子の秘書官。つまり、兄の仕事場には必ずあの男が待っているという事を――。
*****
城までは兄の馬車に同乗させてもらうことにした。
小娘がいきなり乗り込んで行っても、門番に変な顔をされてしまう。そう言ったら兄は笑って、「事前に申請して確認を取っておけば大丈夫だ」と教えてくれた。でもまあ初めての登城だから、兄のオーロフと一緒の方が心強い。
この頃なぜか兄の機嫌が良い。良いことでもあったのかな? 私も私で頑張って、最近はなるべくボロを出さないようにしているから、心労が少し減って仕事に集中できるようになったからかもしれない。それか、元のセリーナに近づいてきたとか? まあ、溺愛してたってぐらいだしね。
招待されているお茶の時間までは、城内の許可された区域を見学できるということだった。ただし、兄は仕事とのことで、真っ直ぐ仕事場に向かうそうだ。
城に入るなりすれ違うたくさんの人たちに挨拶されたから、兄がそこそこ偉いんだなって事はわかった。けれど、隣に私がくっついているのを見て驚く人が多い。まあ、見た目も違うしパット見全然違うから、義理とはいえ兄妹だとは思われないだろうな。
じゃあ何に見えているんだろう? まさか愛人? 堅物兄に限ってそりゃないな。隠し子? そっちの方が近いかも。考えただけでおかしくなって私はクスクス笑う。
兄の代わりにと紹介されたのは女性の部下で、彼女が今日一日私の案内をしてくれるという事だった。
「初めまして。セリーナ=クリステルと申します。どうかお見知りおきを」
「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。私はエミリア=ロイゼルと申します。事務官で、オーロフ様には日頃より大変お世話になっております。こんなに可愛らしくて素敵な妹さんなら、あの方が溺愛なさるのもわかる気が致しますわ!」
あ、それ。たぶん前のセリーナだわ。
おとなしくて病弱な方の。
でも、真実を話した所でややこしくなるだけなので「ふふふ」と笑って言葉を濁しておく。
まず向かった先は厩舎。
いかにも戦闘向きの立派な馬がたくさんいた。G1レースに出したら優勝するかもしれない。バイクに乗ったことはあるけど、馬には乗った経験がないから心を惹かれる。羨ましくって凝視していたら、エミリアに「伯爵家にも、オーロフ様所有の立派な馬がありましたでしょう?」と、不思議な顔をされてしまった。
言えない。こっちの世界に来たばかりで、しかも毎日屋敷の中で勉強やマナー、ダンスの特訓ばかりをさせられていたから、ほとんど外出してないなんて言えない……。厩舎どころか自分ちでもある伯爵家の中すらまだよく知らないなんて言えない……。
「あ、そういえば。申し訳ありません、私ったら! ずっとご病気で臥せってらしたと伺っておりましたのに……」
必死に頭を下げ、謝るエミリア。
うん、まあいいや。そういう事にしておこうか。つーか、そんなにかしこまらなくても良いからね?
次に向かったのは武器庫。
待ってました! 博物館級(行った事無いけど)のお宝コレクションが見られるぞ! と思って張り切っていたら、ただの道具置き場みたいな所だった。何だここって兵卒用? 黄金の鎧とか深紅のマントとか宝石を埋め込んだ剣なんかは? 棍棒や釘バットも無いし、これじゃあどう見ても体育倉庫。しかも、今は外で訓練中らしく、剣や鎧もほとんど置いていない。
「えっと、ドラゴン用の剣とか盾とか輝く鎧なんかはどこですの?」
「さあ? そういう物は管理が厳しくて、王家の方専用の保管庫にしまわれていると聞いたことがありますが……」
何だそっか……って、あるんだ? ドラゴン用。
でも、残念ながら一般見学者は見られないという事で諦めるしかないみたい。ちぇっ、話が上手すぎると思ったぜ。兄貴に騙された感じで、期待していただけにがっかりだ。まあ、今日の所は引いてやるけどね?
「では、訓練場にまいりましょう。ただいまちょうど演習時間中です」
そう言われて向かった先には既に土埃。
騎士団同士の模擬戦らしく、剣や槍の激しくぶつかり合う音がする。
うわあぁぁ~。久々に血が滾るぜ!
騎乗したまま闘うのは、言うなればバイクに乗ったまま鉄パイプを振り回しているのと一緒……ってちょっと違うかな? でも、意外と似ているようだから、見ているだけで強い者と弱い者との差が何となくわかる。
大きな槍を馬上で振り回している大男は、周囲の敵には有効だけど、その実脇ががら空き。懐に飛び込まれたらひとたまりも無いだろう。剣を持つ小柄な男は動きが素早い。上手く立ち回って避けているけれど、後ろからの攻撃には弱いみたい。同じく剣の中肉中背の男は、剣さばきは良いけれど馬の扱いが今一つ。せっかくの剣技を騎乗しているせいで台無しにしている気がする。
そこへいくと、大将クラスは違うみたい。
ひときわ輝く銀の鎧と黒い鎧の両者は、激しく打ち合ってはいるもののどちらも一歩も譲らず、二人とも全く危なげが無い。他の騎士を見ていたとしても、いつの間にか彼らに目が吸い寄せられて引き込まれてしまう。
両者とも槍を使用しているからか、リーチが長くて遠くからでも攻撃できている。もちろん、模擬戦用の槍だからか先には布のようなものが巻いてあるけれど、まともに当てられたら馬から振り落とされる事は必須だ。けれど、美しいとさえ言えるような流れるような動きには、どこにも隙が無く無駄が無い。馬さえ乗れればアタシ……私も参加してみたいけれど、この人たちの相手はちょっと、遠慮したい。
どこにいるかも忘れて私は二人の大将……おそらくは騎士団長? の対戦に見入ってしまっていた。
プォォォ~~
あ、角笛の音。
それが合図だったようで、「戦闘止め」の掛け声がかかる。
大将戦……の決着は残念ながら時間内にはつかなかったようだ。何だ、残念! でも私は、時間が経つのも忘れて夢中になって見てしまった。いいなぁ~~、軍人。
「さ、セリーナ様。お時間ですのでそろそろ行きませんと」
「えぇぇ~~。お願い、あともう少しだけ。ね? せめて兜を取るまで!」
せっかくだから大将二人の顔は拝んでから帰りたい。アタシは強い男が好みなんだ。たとえおじ様でも鼻が曲がっていようとも、独身で男らしければどストライク!
時間を気にするエミリアを必死に拝み倒して、あと少しだけ、とねばった。
体格の良い黒騎士は、兜をとっても黒かった……髪が。彫りの深い顔立ちでちょっとイタリア人っぽいその人の顔には汗が浮かんでいる。年は20代後半かな? 乱れた黒髪と渋い笑顔がカッコいい!
でも、実は私が見たかったのはもう一人の騎士の方。彼の方が動きが優雅で無駄が無かった。相当訓練しているベテランのおじ様だと思われるけれど、あんな動きはちょっとできない。もし誰か一人をチームにスカウトできるのなら、私は迷わず彼を選びたい。
で、その銀色の騎士様。
兜を取ったらやっぱり銀色で……って、お前だったんか~~い!!