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芽生えた気持ち

「セリーナ。この後出掛けるから、おりこうにしていて」


 きれいなお洋服を着たお兄様が、私にそう言った。

 聞いてたっけ? いつもならお出掛けの時は、前もって教えてくれるはずなのに。


「わかったわ、お兄様。私もすぐに仕度をするわね」


「いや、外出するのは私だけだ。お前には留守番を頼む」


「……え?」


 初め、聞き間違えたのかと思った。

 今まではどこへ行くのも一緒だったから。お兄様は嫌な顔一つしないで、私を連れて行く。


「どうして?」


 置いていかれるとは、ショックだ。

 そんなの、ここに来てから初めてだと思う。


「そんな顔をするな、用事で出掛けるだけだ。今日中に戻って来るが、帰りは遅くなるから先に寝ていてくれ」


 お兄様が私の頬に片手で触れた。

 視線が合うと、優しく微笑む。

 私の心臓が、ドキンと大きな音を立てた。

 近頃お兄様の笑顔を見ると、なぜかドキドキしてしまう。

 だけど――


「私を捨てるわけではないのよね?」


 冗談っぽく言ってみる。

 優しいお兄様がそんな事をするはずがないと思いつつ、確認したくなったのだ。


「バカだな、お前は。冗談でもそんな事を言うな。まあ、バカな子ほど可愛いが……」


 言いながら彼は、遠い目をした。

 もしかしてお兄様、バカな子が好きなの?


 見上げると、クシャっと髪をなでられた。何かをごまかそうとする時、お兄様はよくこの仕草をする。最近気づいたこのクセだけど、子供扱いされるたび、私はつらくなる。


「寂しいわ」


 つい本音をもらしてしまった。

 余計に頼りなく、幼く思われてしまったかもしれない。


「……私もだ」


 お兄様が絞り出した言葉は、私当てではない気がする。

 だって彼は目を細め、哀しげに遠くを見つめたから。


 ――お兄様はいったい、誰を思っているの?




 兄様が家を出てしばらく経った後、私は本を読むことにした。他に良い時間の潰し方があった気がするけど、覚えてないんじゃ仕方ない。


「お兄様がいないと、この家は広いのね」


 ページをめくる手を止めて、隣に向かって(つぶや)く。私の横では、侍女のオルガが()いものをしている。

 お兄様が言うには、彼女はずっと前から私の侍女らしい。オルガには食べ物の好き嫌いやほくろの位置まで知られているから、本当なんだろう。


「あらあら、お嬢様は甘えんぼさんですね? 前はオーロフ様の『お仕置き』が嫌で、逃げ回っていらしたのに」


「オーロフって誰? お仕置きって?」


「あらやだ、もちろん旦那様の事ですよ。もしかしてお嬢様、お兄様のお名前も忘れていらしたのですか?」


 何でだろう?

 今まで「お兄様」と呼んで満足していた私は、彼の名を知ろうともしなかった。自分が年相応の、大人の女性に近づいたとばかり思っていたのに。こんなに大切な事を他人から教えてもらうなんて、私はまだまだね。


「ええ。でも、オーロフってことは……お兄様ではないのね?」


「いいえ、お兄様で合っていますよ。といっても、血の繋がりはありませんけれど」


「血の繋がらない? それならお義兄様?」


 胸の鼓動がうるさくなる。

 お兄様は、本物のお義兄様?

 頭の奥で何かが閃く。

 今なら思い出せそう。

 この世界で過ごした何かを!


「ええ。旦那様は昔から、それはもうお嬢様を可愛がっていらして。セリーナ様の具合が悪い時など、見ていて気の毒なほどでした。『いつか外の世界を見せてあげるんだ』ってずっと言っておいでで」


 覚えてないせいか、他人の話を聞いているように感じる。


「でも、ようございました。お嬢様がこうして、旦那様と幾度も外出できる日が来るなんて。元気になられたことですし、あとは婚約だけですね」


 心臓が、今度は嫌な音を立てた。


「婚約? お兄様の?」


「え、いえ、あの……」


 オルガが目に見えてうろたえる。

 なぜ隠すの? もしかして、お兄様には……婚約者がいるの?


「お兄様は婚約していたの?」


「いいえ、まだ……。すみません、セリーナ様。私が言った事はどうか忘れて下さいまし」


 言うなりオルガは(つくろ)い物を片付け始め、慌てて部屋を出ていこうとする。

 もしかして、お兄様には好きな人がいたの? その人と一緒になりたいのに、私が邪魔をしているの? だからお兄様はその人を思い出し……時々、悲しそうな顔をしているのね!!

 気づいた私は、確認する。


「ねえ、オルガ。一つだけ教えて。今日お兄様は、その方に会いに行かれたのかしら?」


 答えを聞くのが怖い。

 だけど、どうしても知りたかった。

 そうだと言われたらどうしよう? 私がいろんなことを忘れたせいで、二人の仲を壊していると告げられたら。


 不安に思う私を、侍女のオルガが変な顔で見つめる。


「それだけは、絶対にありません。だってオーロフ様のお相手は……」


 言いかけて急に口をつぐむ。


「すみません。お嬢様には言えません!」


「そんな~」


 犯人がわかりかけたところでの『次回につづく』みたいな感じ。中途半端はやめてほしいのに。

 犯人? つづく?

 私は今、何を思い出しかけたんだろう。

 元いた世界のこと?

 

 私が考え込んでいるうちに、オルガはさっさと部屋を出て行った。

 結局、相手のことは何も教えてもらえなかった。あと、『お仕置き』ってなんだろう?


 お兄様にも、好きな人がいたのね。

 なんだか泣きたくなってきた。私だけのお兄様だと思っていたのに、私は彼の名前さえ知らなかったのだ。


 だから「バカだな」って言われたの?

 私ってまさか、バカだったの?

「バカな子ほど可愛い」というのが、皮肉だったら?

 お兄様にまで捨てられたら、私はどこへ行けばいい?


 頭がすごく痛い。

 私は前も、同じ思いを抱いたような――?


 私が何も思い出せないのは、お兄様と婚約者との仲を邪魔したいと考えているせい? 元に戻れば彼が、私から離れてしまうと知っているから? 

 いつも優しい兄様。

 私は彼に、ワガママをを押しつけているだけなのかもしれない。


 それでも――

 私はまだ、一緒にいたい。

 時々胸が苦しいし、笑顔に見惚れてしまうけど。


 彼の名は、「オーロフ」。

 私もそう呼んでみたい。

 お兄様は本当のお義兄様で、私に優しかった理由がわかった。それなのに、なんだか落ち着かない。


 なんでこんな気持ちになるんだろう?

 義妹なのに、どうして彼が気になるの?

 もしお兄様が、私の気持ちに気づいているのだとしたら……

 だから離れようと、私を置いて行ったの?


 どうしよう。

 私はどうすれば、ずっとお兄様の側にいられるだろう。


 記憶を取り戻したら、お兄様は好きな人の元に行く。婚約者が一番で、私は後回しにされてしまう。

 そんなのは嫌!

 だったら私は、思い出さないようにしよう。

おかげさまで、書籍化します(o^-^)。

大幅改稿によるヒロインとヤンデレ達との攻防戦。

活動報告にも載せました。そちらもよろしくお願いいたします。

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