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伯爵令嬢改造計画

『深窓の伯爵令嬢』とやらに化けるための特訓も、3週間目ともなるといろいろストレスが溜まって叫び出したくなってきた。



 朝からぴらっぴらの服を着るよう強要され、慣れるようにとご丁寧に『コルセット』まで締め付けられる。おかげで最近ボリューム増量キャンペーン中の自分の胸も見慣れるようになってきた。

 誰も来ない家の中だから移動するのに走り回っても大丈夫かと思いきや、それさえめいっぱい怒られるようになってしまった。アタシ……わたしは(こぶし)を鍛えたいのに、そんな暇もどこにもない。

  とはいえ運動不足かというとそうでもなく、ダンスレッスンはできるようになるまで何度も繰り返されるから、意外に運動になってとてもハードだ。


 一番直されているのは言葉遣い。

 やっぱりね、ってアタ……わたしも思うんだけど。きちんとしなけりゃ食事が抜かれてしまう。飯を抜かれるぐらいはどーってことねぇ……ないんだけど、そのアタシ……わたしの抜かれた分の豪華な食事は誰に回されるわけでもなく、そのままわざとゴミ箱直行。まだ食べられるものが無駄にザバーって捨てられてしまう感覚! 元貧乏人でもやしが常食のア……わたしにとってはとてもじゃないが耐えられない!! ああ、恐ろしい!





 兄貴、じゃなかったお兄様……ぐえっ舌噛んだ……に書斎に呼び出された日、囮として王女がダメなのはわかるけれど、なんでアタ……わたしなのか最後に聞いてみた。やっぱり見目麗しいから? まあ、自分でもそうじゃないかな、とは思ってるんだけど。


「お前は物事に動じないようだし、なぜか体術の心得があるようだからね? それに王太子であるヴァンフリード様にも必要以上に自分を売り込もうとしないようだし」


  くっそ、誰だ? 暴れたのバラしたヤツ。

 体術というよりただのケンカなんだけど……。

 それに、王太子なんて厄介な人種はできれば避けて通りたい。イケメンは、好きなヤツがキャーキャー言って楽しむものでアタシには全く関係ない。できれば金輪際接触を断ちたい。



 あれ? でも――。



 兄ちゃん本当はショック受けてない? さすがにもうわかってるよね? 溺愛していた大切な義妹の中身が違っているって。

  今セリーナと名乗っているのは、異世界から来た赤の他人のアタシ。気持ち悪くて今すぐ放り出そうという気にならないの?


 その時、一見冷たく見えるこの世界の兄の金色の瞳と目が合った。

 この兄は整った顔立ちだし将来性は抜群だから、一人で『夜会』に参加していたとしても、年頃のお嬢さん達や親達から十分歓迎されていたのではないかと思う。無理にアタシを連れて行かなくったって、大丈夫だったんじゃねーのか? そしたら正体がバレるような決定的な証拠も見せずに済んだ。



「そうだね。お前を連れて行ったこと、今はとても後悔しているよ」


 悲しそうな声で兄が(つぶや)く。

 それは、せっかく立てた計画がアタシのせいで潰されたから?

 それとも、大事な義妹が別人にすり替わったのだと、他人の証言で気づいてしまったから?


 一度死んでセリーナの身体に入れたこと。アタシはとっても感謝しているけれど、家族にとってはそうじゃないのかもしれない。だって病弱だった本当のセリーナは、きっともうこの世にはいないから――。



  ハッ! それなら!!


 アタシでも気付いたこの事実を、誰よりも頭の良い兄が今まで気づかなかったわけがない。彼は知ってて……それでも目を(つむ)ってアタシを家族として受け入れようと、気づかないふりをしてくれてたんだ。たぶん、今の両親も。

 ベッドから起き上がることもままならなかった自分の娘が、急に元気になって屋敷中を走り回ってたら、いくら何でもおかしいと気づくに違いない。それを『記憶障害』のたった一言で片づけて、アタシを家族として迎え入れてくれたんだ。


 そう思うとたまらなく悲しく何とも言えない気持ちになって、アタシはセリーナと、彼女が愛し彼女を愛した家族の為に涙を流した。


「どうした? ……リーナ」


 そういえば、兄はアタシをセリーナとは滅多に呼ばない。最初愛称だからかと思っていたけれど、侍女が言うには以前はセリーナと呼んで可愛がっていたとのこと。だからもしかしたら彼の中では最初から、アタシと大事な義妹とは区別されていたのかもしれない。


「……だって、だって……セリーナは……もう……」


 兄は困ったような顔をしながらアタシに近づき腕を回すと、幼な子にするように背中をトントンと優しく叩いてくれた。


「何を言っているんだ。今はもう『お前がセリーナ』だろう?」


 やっぱり兄は気付いていた。

 アタシがこの後、彼の上着を涙でグショグショにしてしまったのは言うまでもない。兄とアタ……わたしが本当の意味での兄妹となった感動的な瞬間に、わたしは思わず上着で鼻水を拭いてしまい怒られてしまったケド。


 でもこれからアタシ……わたし頑張るから。

 ちゃんと伯爵令嬢っぽくなれるように努力をするから。

 この日を境にアタ……私は、伯爵令嬢らしく貴族らしく振舞おうと決めたのだった。




 *****




「で、どう? オーロフ。義妹さんの淑女教育は順調に進んでいる?」


 私――ヴァンフリードは、傍らの秘書官に尋ねた。


「ええ、おかげさまで。ですが、『相手を務められるよう短期間で仕上げろ』というのは、さすがに無理があるかと。相変わらず品もありませんし、バカですから……」


 ほら、またその顔だ。

 君は義妹を「バカ」と言いながら、とても嬉しそうな顔をしている。それは、残念ながら私には理解のできない感情だ。私は妹を大切に思えるようにはなったものの、目を細めて嬉しそうに話すには程遠い。賢いルチアはその事にきっと気づいている。気づいていて何も言わない。


「まあ、いざとなれば私が助け舟を出すから大丈夫だよ。それに妹のルチアも君の義妹さんに会いたがっているからね。マナーの練習がてら城に()んでみてはどうかな?」


「高貴な方の前に出すには、まだまだですが……」


 即座に断るオーロフに対して、私は尚も食い下がる。


「練習だから大丈夫。大抵の事には目を瞑るよ? それにせっかくだから、義妹さんの好きな物も用意しておこう」


「そうですか、好きな物……。兵舎や武器庫の見学を許可していただけるのなら、あのバカ……セリーナは喜んで飛んでくると思います」


「は?」


 こうして何度も秘書官であるオーロフから報告を受けているにも関わらず、残念ながら私は未だに彼女のツボがよくわかっていないようだ。そこら辺の女性ならドレスや宝石、装飾品などで喜ばせることができるのだろうけれど、セリーナ嬢は規格外。義兄であるオーロフによると、「ドレスなんかもう見るのも嫌だ」と今日も大騒ぎをしていたそうだ。




 相変わらず話を聞くだけでも面白く、心が躍る。

 妹を引き合いに出したが、本当は私が彼女に会いたいだけだ。心惹かれる楽しい女性に、私を見てもらいたい。


「そんなことで良いなら、許可は出す。然るべく手配をしておいてくれ」


「はっ」


 オーロフに任せておけば問題はない。このまま雑談に興じるより、やるべきことがたくさんある。

大雨による増水で、被害の多い村から要請が来た。被害額を算出し、多額の資金と人員を早急に手配しなければならない。

また、誘拐犯は未だ捕まらず、派遣した兵からの報告書を精査する必要がありそうだ。隣国との会談も近日中に予定されているので、草稿を確認しておこう。


 王太子としてするべき事は山積みだ。けれどほんの少しだけ、代わり映えの無い日常に楽しみを見いだせた気がした。




 *****



「セリーナ様、どうなされたんです?」


「いえ、何だか悪寒が……。おかしいわね? 今日はとても暖かいのに」


「お風邪を召されるといけませんので、今日は早めにお休みになって下さいね」


 できる侍女に感謝しつつ、アタ……わたしは今日は早めに床に就こうと決心した。


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