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心を閉ざした理由

 *****


 みんなと別れの挨拶を交わした後。

 私ーーオーロフは考えていた。

 これで心置きなく王都を離れ、誰にも邪魔されずにリーナと二人だけの時間が持てる。


『セリーナ嬢が亡くなった事にして、偽の葬儀を出してほしい。伯爵家に犯人をおびき出し、黒幕の名前を吐かせたい』


 そんな提案をされた時、初めは断った。

 たとえ嘘でも、愛する人の葬儀を行うのは嫌だった。リーナが元に戻らない以上、首謀者がわかったところで意味は無い。けれど、「協力してくれるなら、どんな条件でも飲もう。本当にすまない」と、王太子に何度も頭を下げられたのだ。


 王太子のヴァンフリード様は、ずいぶん成長した。

 実務の能力が向上したのはもちろんだが、今回の事で受けたつらい気持ちを上手く隠している。父親である国王をも追い込む覚悟で自ら指揮を執る姿は、頼もしい。これならもう、私が側にいずとも安心だ。


『では、リーナと静かな場所で暮らすため、仕事を辞めさせてください』


 私はそう、希望を述べた。

 王位継承に関わる書類の作成や引継ぎなどは、全て済ませてある。実行犯が捕まり、事件は一応の解決を見せた。後はグイード様やジュールが、王太子を側で補佐してくれる。

 陛下はしらを切り通すだろうが、退位と新国王の誕生は時間の問題だろう。

 ヴァンフリード様が王太子よりも国王として辣腕(らつわん)を振るう方が、この国はもっと栄えるはずだ。




 王都を出立する前日、執事に声をかけられた。


「旦那様、どうしてもセリーナ様に会っておきたいという方が、いらしております。お嬢様のご友人で、『大事な話がある』とおっしゃるので、別室でお待ちいただいておりますが。いかがなさいますか?」


 リーナの友人が面会を求めているのだとか。

 リーナは、彼女とはよく話をしていた。

 そう思って会う事を決めた女性の名はコレット・シャルゼ。

 城内の図書館で、司書をしている人物だ。


「オーロフ様、急に申し訳ありませんでした。セリーナ様に直接お会いして、どうしてもお話しておきたい事が……」


 ――ああ、彼女もか。

 誰もが明るかったリーナの現状を、受け入れられない。もちろん私も。


 リーナと仲の良いコレットを、私はここで何度も見かけた。彼女は先日の偽の葬儀には参列していなかったため、リーナの今の様子を知らないのだろう。実際に対面し、納得してもらった方が早そうだ。

 私はそう考え、二階の部屋にコレットを案内する事にした。




「セリーナ様、大丈夫? こんな展開は『ラノベ』にも、確か『ゲーム』にもなかったはずよ?」


 コレットは近づくなり、リーナにそう声をかけた。私は腕を組み、その様子を近くで見守る。

 やはりリーナは動かない。

 心を閉ざした彼女は、人形のようにじっとしている。


「セリーナ様、私の言う事わかる? あなた『元ヤン』でしょう? 元気と明るさだけが取り柄でしょう?」 


 ひどい言われようだ。

 以前ならクスっと笑ってしまうセリフも、今は耳を素通りするだけ。だが、『モトヤン』とは何だろう?


「ちょっと、セリーナ様ったら! 【あ、痛っっ!】」


 近づき過ぎて勢いあまった彼女は、椅子の角に足の小指をぶつけてしまったらしい。あれは痛い! 

 

 だがそこで、彼女の叫んだ意味のわからない声に、リーナがわずかに反応した。

 意外に思って凝視する。コレットと名乗る女性も、同じく気づいたようだ。


 茶色の髪の小柄なコレット。

 彼女が突然、聞いたことのない言葉をゆっくりと話し出す。


【日本語ならわかるのかしら?】


 リーナが、ハッとしたように彼女に向き直る。

 私は驚きのあまり、目を大きく開く!

 今まで何の反応もなく、なにごとにも関心を持たなかったリーナ。

 そのリーナが事故後、初めて動きを見せたのだ!


 リーナはなぜか異国の言葉がわかるようで、コレットに応じている。


【どうしてここにいるのか、わからないの……】


【仕方がないわ。ひどい事故だったから】


【じこ? お父さんは?】


【伯爵はいらっしゃらなかったはずよ。ええっとあなた、どこまで覚えているの?】


【どこまでって? ここはどこ? 日本のどこ?】


【ここは日本ではなく、異世界よ!】


【いせかいって?】


 残念ながら私には、彼女達が何を話しているのか全くわからない。けれどリーナの人間らしい反応に目を逸らさず、耳を澄ませて聞き取ろうと試みる。


【あなたまさか! ねえ、あなたは誰? 今いくつ?】


【わたしのなまえは、みずさわ べに。六さい。あのね。ずっとまってるのに、お父さんがかえってこないの……】


 コレットと名乗った女性はリーナの話す声を聞き、一瞬戸惑う。大きくうろたえ、息を呑む。


「そんな!」


 驚く彼女は、その後幾度となくリーナに質問をした。答えを得ると途方に暮れたような表情で、私を見つめた。思い悩んだ様子のコレットは、不思議なことを語り出す。


「何からお伝えすれば良いのか……」

「できるだけ、包み隠さず話してほしい」

「わかりました。驚かないで聞いてください。実は、セリーナ様は……」


 私のリーナは予想していた通り、本来の義妹であるセリーナとは別人だった。しかも元々、この世界の人間ではないらしい。亡くなったセリーナと交代するようにやって来たのは、別の次元に住む違う世界の女性だった。


 荒唐無稽な内容に私がついていけないと思っているのか、コレットは言葉を選んで告げる。けれど私は、リーナのことならどんな情報でも知りたいし、元気になるのなら、何でもしてやりたかった。


「それで? 心配は要らない。どんなリーナでも、私は大事にする」


 その言葉を聞いて安心したのか、コレットが先を続ける。

 リーナは今の自分を、別世界にいた以前の自分――『ベニ』だと思っているとの事。こちらの世界で過ごしたことやセリーナと呼ばれた自分を、全く覚えていないのだという。

 なぜわかったのかというと、コレットも、同じ世界の記憶を持っているのだとか。


 今のリーナはこちらの記憶の全てと、元いた世界の記憶がほとんど失われているそうだ。その上、自分を六歳の子供だと信じているらしい。


「どうしてなのかは、わからないのですけれど……」


 困ったようにコレットが告げる。

 私達の会話は、今度はリーナ――今の『ベニ』には理解できないようで、いつものように黙ってこちらを見つめていた。


 ……だからだったのか!

私達の話や呼びかけに反応がなかったのは、きっとそのため。リーナは心を閉ざしたわけではなく、知らない場所に突然放り込まれたと感じ、怯えていただけなのかもしれない。

「セリーナ」や「リーナ」と呼びかけられてもその記憶がないのでは、それが名前である事すら認識できなかったのだろう。


『幼児退行』


 ふと頭に浮かんだのは、昔、義妹であるセリーナの病を治そうと読み漁った本の中に出ていた言葉だ。厳密に言えば違うのかもしれないが、大人の身体のまま子供に戻ったような症状が、今の彼女に近い。

 過去につらい事があったり、子供時代に過度の精神的ストレスを受けていると発症する、と読んだ覚えがある。 


 幸せそうに見えていた彼女の過去に、いったい何があったのか。時々寂しそうな顔を見せたのは、そのためだろうか? セリーナとしての記憶もリーナとして過ごした時間も忘れて、子供に戻ってしまった彼女。

当然、私と過ごした時間も今の彼女の中には無いようだ。


 だが少しだけ、希望の光が見えた。

 無気力で無感動なリーナが、元に戻る方法がわかったような気がする。異なる言語を話すなら、私がその言語を学べば良い。その後、こちらの世界の言葉や習慣を、一から丁寧に教えてあげれば良いだけだ。

 今の彼女がこの国について勉強したり言葉を覚えたりしていくうち、自然にリーナとしての記憶が甦るのではないか?




 私は明日の出発を延期し、別世界の言語をコレットから教えてもらう事にした。以前の彼女、セリーナの身体を途中から引き継いでいたリーナは、自然にこちらの言葉が話せた。しかし、昔の記憶があってもこちらの世界で赤子として産まれたコレットは、他の子供と同じように、この国の言葉を一から学んだのだという。そのためコレットは、両方の言葉を自然に話す。以来コレットは、私の最良の教師となった。


 学ぶ事は苦にならない。

 異なる言語も規則性や文法を覚えれば、すぐに身につけられたから。現に私はそうして、諸外国の言語を覚えた。それにリーナと元のように話すためだと思えば、むしろ楽しい。私は今までにないくらい貪欲に習得し、リーナとの会話に活かす。

 

 再び応えてくれて嬉しい。

 私は最愛の彼女に、ここでの名前は『ベニ』ではなく『セリーナ』なのだと、何度も教える。


 けれど――


 義妹として過ごしたリーナ。

 私を好きだと笑う彼女。

 愛する人の大人としての面影は、今はもうどこにも残っていなかった。


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