つかの間の休息?
だからといって、本気で延長戦ってわけではなかった。ちょうど両親が帰ってきたため、いちゃつくのはお預け。
――いや、別に。
両想いになれたからすぐにベタベタしたいとか、愛の言葉を囁いてほしいとか、そんな恥ずかしいことは思ってないから。
だけど義兄様――オーロフは私の手に指を絡めると、両親に近づき堂々と報告する。
「結婚の了承がもらえました。近々婚約しますので、お許し下さい」
戻るなり庭でそんな話を聞かされ、戸惑う義父。けれど、驚きが醒めると意外にもすんなり受け入れてくれた。
「いつかこうなると、わかっていたよ」
「オーロフ、あなたならもっと良いお嬢さんが、たくさんいるでしょうに。何もこんなので妥協しなくてもいいのよ?」
母ったら失礼だ。それに対する義兄の答えはこうだった。
「いえ、私にはリーナ……セリーナしかいません。一生大事にします」
感動した母がちょっとウルっとしたのを、私は見逃さなかった。母は当然「持ってけドロボー」状態。
誰も私の意見を聞かないのは、なぜだろう?
家族揃って応接室へ。
早速義父から質問された。
「たとえ血は繋がっていなくても、二人は兄妹だ。そこはどうする?」
義父様、至極ごもっとも。
しかしオーロフは、涼しい顔だ。
「セリーナの籍をいったん外し、ある貴族の養女にします。そこからうちに嫁ぐ、という形にすれば問題ないかと。すでに話は通していて、協力の確約ももらっています」
「そうか、随分手回しが良いことだ。まあ、お前に任せておけば安心だがな」
「はい。契約関係の書類を日頃扱っておりますので」
確かに。職場での義兄をちらっと見たけど、尋常じゃない仕事量だったもんね。あれに比べたら私の籍を動かすくらい、なんてことなさそう。でも、先方に話を通してあるって……
じゃあ、私が義兄の気持ちに応えるずっと前から、彼は私との未来を考えていたってこと? だから「段階が」とか「時期が」っていう話をしたのかな?
オーロフが、そんなに前から私を好き……。今更だけど気持ちがわかって、とっても嬉しい!
私は彼の深い愛情を、ひしひしと感じていた。
*****
「だからって、まさか養女の受け入れ先が、リーガロッテ公爵家とはねえ」
「わたくしだってビックリです! でもまあ、あなたのお義兄様……失礼、未来の旦那様になる方となら良い関係が築けそうですもの。『彼は伯爵といえども有能だ。我が公爵家のためになる』と、父が一番喜んでいますわ」
「だけど貴女方、書類上とはいえ義理の姉妹になるのよね。その点は良いの? やっぱりお姉様には、本当のお義姉様になっていただきたかったわ。お兄様ったらガッカリし過ぎて、仕事も手につかないのよ」
「ごめん、ルチア姫。でもそれって、からかう相手がいなくなっただけだから。それに、ベニータ様が妹で、私は嬉しい。もちろん、ルチアちゃんも妹みたいで可愛いよ!」
「あら」
「まあ」
私達は今、仲良くルチア王女の部屋でお喋り中だ。
誘拐事件の解決以降、三人揃うのは初めて。私の養女の受け入れ先は、なんとベニータ様のいらっしゃる公爵家だった。オーロフったら、そんな難易度高い家に頼まなくても良かったのに……
もしかして、先日掴んだ悪事の証拠を盾に、言う事をきかせたのだろうか?
ベニータ様もベニータ様だ。
秘書官であるオーロフを利用して、今後王太子の情報や予定を把握できると喜んでいる。利害関係が一致したため、すんなり決まったのかもしれない。ちなみに公爵家では、私を養女とすることに反対する人物は、いないそうだ。
王太子とグイード様だけが、義兄に文句を言ったらしい……なんでだろ?
「ねえ、セリーナ様。わたくしも嬉しいですわ! 貴女がヴァン兄様に手を出さないのなら、わたくしいくらでも協力しましてよ? 書類上の姉妹とは言わず、今後も仲良く致しましょうね」
ベニータ様も腹を割って話せば、いいやつっぽい。先日の一件で本性がバレたせいか、意外にはっきりものを言う。変に上品ぶっているより、そっちの方がよっぽど話しやすい。
「ベニータばっかりズルいわ。私も本当の義妹になりたかったのに……。もうお兄様ったら! ぐずぐずしているから、こんなことに……」
「ぐずぐずって、何を?」
「「ええっっ?」」
二人とも何を驚いているんだろう。
今ってヴァンフリード……様の話をしていたよね?
ルチア王女が、興奮して立ち上がる。
「まさかお姉様! この期に及んで全然気づいていないの?」
「ルチア様、蒸し返すのは止めましょう。ヴァンフリード様なら、わたくしが責任を持ってお慰め致しますわ」
「そう。なんだか力が抜けてしまったわ。可哀想なお兄様! 頬をぶつけたとかで、やっと腫れが引いたと思ったら、オーロフとお姉様との婚約の予定を聞かされてしまうなんてね」
額に手を当て、力なく椅子に腰かけ直すルチアちゃん。ベニータ様が寄り添い支えてあげている。
でもこのタイミングで、「セクハラされそうになって仕方なく。王太子を殴ったのは私です!」なんて言えやしない。それに王太子は、私の方が先に婚約するから悔しがっているようだ。張り合ってるつもりはないんだけどな?
ルチア王女が復活し、口を開く。
「話しすぎて喉が渇きましたわ。お茶のお代わりを用意して下さる?」
ショックを受けたと言っているが、貴婦人達はとても優雅だ。冷めたお茶など飲めないのか、カップごと交換するよう給仕に頼んでいる。
別にこのままで良いけどな?
だけど、「もったいないからちょっと待って!」との言葉を、私は呑み込む。そのうち伯爵夫人になるから、私も彼女達のように本物の淑女のマナーを身につけたい。
それぞれの前に温かく香り高い紅茶のカップが置かれた。残念ながら私は猫舌で、冷めるまで当分飲めない。今回、私だけミルクを入れてもらったが、熱そうなのでもう少し待とう。
「それで? ここからが本題よ。婚約が決まったって事は、いったいどこまでいきまして?」
カップを置いたルチアちゃんが身を乗り出してくる。
「そうそう、わたくしもそちらを伺いたかったの。オーロフ様ってクールで読めないところがあるでしょう? だから、どんな感じかと気になって……」
ベニータ様の目も爛々と輝く。
「どこまでって? ベニータ様のいらっしゃる公爵家と城にしか行ってないけど……」
修学旅行じゃあるまいし。
婚約もまだなのに、新婚旅行先が気になるのかな?
「違いますわ! 男女の仲の事です!」
「そうそう、どこまで懇ろに?」
出た! 久々の懇ろ。
じゃあ、何を聞かれているのかというと……
「……!!」
気づいた瞬間動揺しまくる。
私は落ち着こうと、目の前のカップを慌てて持ち上げた。
「もう、もったいぶらずに早く教えてくださいな。最初はやはり、その……痛いんですか?」
「どわっっ!」
王女らしからぬ遠慮のない物言いに、恥ずかしくってカップがカタカタ震えた。まだ一口も飲んでいないのに、思わず紅茶をテーブルの上にこぼしてしまう。
突然、部屋の扉が開かれた。
「待て、リーナ! 飲むんじゃないっ」
大声で入って来たのは、何と噂の主のオーロフだ!
まさか話が聞こえて、自ら釈明会見に現れたとか?
でも、深い関係にはなってないよね。覚えがないから、焦る必要どこにも無いと思うんだけど?
大股で近付いて来た義兄は、テーブルを見るなり唸った。
「やはり毒か……。王女、ベニータ様はお変わりありませんね?」
「ど、どういう事なの?」
「そんな、怖い!」
オーロフは何を言っているのだろう?
二人はどうして怖がっているの?
私の紅茶にスプーンを浸すオーロフは、いったい何をしているのかな?
「間違いない、狙われたのはリーナだ!」
彼が顔を歪めた。
さっきまで、私の紅茶に添えられていた銀のスプーン。
その一本だけ――……持ち手と紅茶に浸した部分が、黒く変色していた。