『夜会』の真相
初めての『夜会』の後、家に戻って怒り狂った兄貴に散々ガミガミ怒られて、こってり搾られたのは言うまでもない。
王太子は何かを考え込むような顔をしていて、帰り際には「じゃあ、またね」って笑って言ってくれたけど、もちろんそれが『しゃこーじれー』だっていうのはアタシが一番良く知っている。
姫さんには悪い事をしちゃったけれど、でも、ちゃんと自分の立場をわかって欲しいし、もっと自分を大切にしてもらいたい。アタシの言葉で、それが伝わってたんなら良いけど……。
まあ、あんときゃあたしも怒っていたから、王太子や王女に対する態度がまったくなっていなかった。言うなれば、地方のレディースのナンバー2がヤクザの事務所に単身乗り込むようなもの。
え? 例えが余計にわかりにくいって? まあ、いいや。わかるヤツにはわかるから。
でもまあ冷静になって考えてみると、カッとして言い過ぎたってのはよくわかった。口調もいつの間にか素に戻っちゃってたし。
だからアタシは、てっきり捕まるか罰を与えられるかとそれなりの覚悟をしてたんだけど、未だに城からのお咎めは無し。その代わり、兄貴からすんげー叱られバカ扱いされて、書き取りや暗唱、苦手な刺繍やマナーの稽古なんかをガンガンさせられた。ああもちろん、勉強の量も倍返しだ。ただ、『こんなもんなんだ~』と、たかを括っていたことは認める。
そもそも『夜会』って夜に開かれるだけの会だと思っていたら、年頃の娘にとっては婚活の意味合いが強いらしい。この世界では16歳で成人と認められるから、女性は早く金持ちで身分の高い相手を見つけてゲットしなければいけないそうな。合意の上なら、お持ち帰りも有りみたい。何だ、いわゆる合コンか。
そっか、だからみんな、独身の王太子に目の色を変えてたってわけだね?
そんで夜会や舞踏会などで相手を見つけられなかった場合、今度は『釣り書き』(まあ要するに絵姿付きの身上書)による見合い話が待っているという。貴族の世界では政略結婚が当たり前。だからいきなり婚約、形だけの結婚、なんてのも有りなんだそうだ。
で、兄貴が怒り狂ってた理由がここからなんだけど――。
ある日、兄貴に書斎に呼ばれた。
『夜会』の日以来、アタシは比較的真面目にうちで過ごしていたし、与えられた宿題も逆らわずにおとなしくこなしていた。まあ、兄のいない所でぶーぶー不満は漏らしてたけど。だから、とうとう王城からの処罰の通達があったのかと思って身構えたら、実際は違っていた。
「お前にはやはり、事情を話しておこうと思う」
そう言って兄が切り出したのは、次のような内容だった。
最近、見目麗しい貴族の令嬢ばかりを狙った誘拐事件が多発していたそうだ。そもそも招待客しか入れないはずの夜会に、不審者が入り込むこと自体不思議なのだけど、何者かの手引きによって次々と年頃の女性だけが攫われていたという。
誘拐された女性は戻ってくることもあったが、どっかに監禁されてたようで、皆一様に衰弱して怯えて口を割らない。また、せっかく家に帰って来ても「傷物にされたのかもしれない」と、親や一族から疑われて肩身の狭い思いをしているのだとか。
基本、良いトコのご令嬢は『純潔であること』が結婚する上で重視されるらしく、どこの誰ともわからない者に誘拐されてしまった時点でアウトなんだそう。
「自分の娘だったら何があっても信じて愛してやれよ!」っていうのがアタシの感想なんだけど、どうやらそうもいかないらしい。
そのせいで、近頃のご令嬢は保護者やパートナー同伴での舞踏会や夜会への出席は当たり前。それでも誘拐事件は減るどころか増える一方で、このままだと安心して婚活もパーティーもできない! ってことで兄貴に事件解決の要請が来た。
「あれ? でもそれならこの前勉強させられた『合意の上のお持ち帰り』は? 親の前だし、それだと純潔じゃなくなるってわかってるよね?」
「話の途中だ。口を挟んではいけないというのはわかるな?」
そう言いながらも兄貴が説明してくれたところによると、それも含めた『お持ち帰り』だそう。親の了承を得た相手や未婚の令嬢なんかだと、そのまま婚約、結婚になだれ込めるらしい。また、散々遊んでいても公の場所でバレてなければ『経験が無いもの』と扱われ、相手の責任を訴えて結婚へ持ち込める例も過去にあったという。
そんなわけで兄貴も以前、見知らぬ令嬢に馬車に忍び込まれたらしい。
「乗る前にしっかり確認しないとな」
何っ、馬車に?! 必死な令嬢怖っ!!
実は、兄貴の立場は『王太子の首席秘書官』。もちろん事件の捜査は、王太子に許可をとっている。すると王太子自ら「解決のため私も協力しよう」と言い出したそう。
だけど、それに異議を唱えたのが妹姫。お兄様大好き、超ブラコンのルチア王女が「それなら私が囮になります!」と言い出した。何でも以前、別の事件で王太子が出張った時に協力した女性が、解決後もそのまま王城に居座って我が物顔で振る舞っていたからなのだという。「お義姉様と呼びなさい!」と強制させられ、かなり嫌な思いをしたらしい。
だからといって、王女にそんな危険な真似はさせられない。初めは容姿の面で王女には劣るものの、軍関係の女性を用意していたのだという。けれどそれを、「貴族としてのマナーがちょっと……」という理由で王女自身が却下した。
王太子が久々に「出席する」と約束した公爵家主催の『夜会』の期限は迫っている。貴族の誰が関わっているのかわからない以上、秘密裏に事を進める必要がある。しかも急な交代で、代わりの要員は確保できない。
王太子と相談した兄は、悩んだ結果、王女に腕利きの近衛騎士を護衛としてつける事で、彼女の参加を認めた。
犯人が王女に目を付けたら、わざと誘拐させてアジトと黒幕を探る。何も無ければそれで良い。無論、王女の安全が第一で、犯人確保は二の次。事件解決のための費用や手間は惜しまない……。
んで、それを見事にぶち壊してしまったのが、このアタシ。
暴れまくった挙句、関係者全員に偉そうに説教をしてしまった。
夜会にさり気なく出席しようと、兄は義妹のアタシを連れ出した。会場でそのままおとなしくしてりゃあ良かったんだろうけど、別室でサボっていたから王太子の目に留まってしまったのだ。
王太子の考えでは、妹姫を囮にしている間に「自分は何も気づいていません」って事を会場中の貴族連中にアピールしたかったんだろう。だから『夜会』に初めて出席した誰にも知られていないアタシは、彼にとっては都合の良いパートナー。貴族達の目をわざと自分に惹きつけておいて、裏で部下を誘拐捜査のために働かせる。
せっかくの計画が、人助けと思って動いたアタシの余計な行動のせいで全てパー。ああ、でも。もし王太子が別室でアタシをそのまま放っておいてくれたなら、そもそも逃げ出して男達をぶちのめすなんて事はしなくて済んだのに……。まあ、今ぐちゃぐちゃ考えても、全てが後の祭りだ。
結局捕えた男達にアジトを吐かせたものの、既にそこはもぬけの殻。誰が用意したものかも判明しなっかったという。連絡手段は文書だけのため、黒幕どころか連絡係の顔すらわからない。まあ、確かに弱かったし、下っ端そうだったもんね!
「それなら男達の仲間のフリをしてた、王女付きの護衛のジュールとやらに聞いたら?」
残念ながら、ジュール自身が当日連絡係のフリをして男達に近づいた。そのため、あの段階では何も掴めていなかったそうだ。
「ご……ごめん。私、邪魔しまくってたんだね。済みませんでした。私に手伝える事なら何でも……」
そう言ったのがたぶん良くなかった。
その瞬間、兄がすごく黒いイイ笑顔をしたから。
それからというもの、アタシは朝昼晩休みなく、貴族令嬢としての常識や作法の指導を徹底的に家庭教師達から受けている。以前のように逃げ出すことは許されない。今まで受験勉強をした事が無かった分、ここで一気に来たって感じ。
歩き方や姿勢、ダンスの練習なんかは言うに及ばず、テーブルマナーや社交術、主な貴族の名前や一般教養なんかも全部ひっくるめて覚えさせようとしているみたい。
相変わらず王城からは何も言ってこないからお咎め無しかと安心していたら、その考えは甘かったようだ。何でも王女を囮にするのはやっぱり無理があるとかで考え直してくれたらしく、アタシに変更するみたい。この毎日の地獄の特訓はだからか――。
王太子も兄貴も怖えぇ~~!!