元ヤンですけど、何か?
web版はちょっぴり、書籍は大幅に書き直します。
「あらまあ、おほほほほ~~」
今日もアタシは、かなり無理をしている。
持っていた扇を口に当て、上品(に見えるよう)に笑う。
一体何がおかしいんだか……。
「誰それが狩りに行った」だとか、「どっかの令嬢が玉のこし」だとか「イケメンの何たら子爵は、ほーとーもの」だなんて、はっきり言ってどーでもいい。楽しいのか? そんな話題。
でも、貴族のお嬢というものはこんな感じで良いらしい。いわゆる「社交じれー」とかいうヤツ? それとも「お愛想」だったかな?
こんな珍妙な世界に突然放り込まれたアタシとしては、生きていくため、周りから浮かないように振る舞うだけで精一杯。相槌一つを打つにしたって地が出ないかと冷や汗ものだ。いつ彼女達にバレて、血祭りにあげられるかはわからない。
……まあ、軟弱な貴族なんかまとめてかかって来ても、返り討ちにするくらいの腕はあるから、わけないんだけどね?
さっきだって「セリーナ様のお好きなものは?」と尋ねられたから「喧嘩とバイク」と、思わず答えそうになってしまった。
いかん、いかん。まともに答えて「何ですの?」とか「教えて下さいます?」とか言われたら、説明が面倒くさいだけだ。
結局「音楽を聴くことかしら?」と無難な答えをしたものの、この世界にもあるのか? バンドとかハードロック。
『セリーナ』という甘ったるい名前と水色の髪、緑色の瞳がどうやら今のアタシらしい。しかも、なぜか伯爵令嬢。なぜ町人Aとか通行人Bとか侍女Cじゃダメだったんだ? そっちの方が元の姿に近いのに……。せめて、自警団とか衛兵ならば、以前のように暴れられた。それが今や、生粋の貴族の令嬢らしい。
「セリーナ様、どうかなさいました? ご気分が優れないのなら、別室でお休みになってはいかが?」
「そうですわ! それがよろしいですわね」
「私、この屋敷には詳しいのでご案内致しますわ!」
夜会とやらで、ピラピラとフリフリがいっぱい付いたピンクのドレスを無理やり着せられて、「こるせっと」とかいうわけのわかんないヤツで罰ゲームのように腰をギュウギュウに締め上げられている。おかげで胸は通常の4割増(当社比)なものの、普段見慣れない谷間を出すのが恥ずかしくって仕方がない。
実際に気分も悪く、それが気を遣い過ぎたせいか、慣れない喋り方のせいか、はたまた「こるせっと」のせいなのかはわからないけれど。
でも、この人達は親切だ。どっかの男爵令嬢とか伯爵令嬢とか侯爵にゆかりがある子爵? 令嬢だとか名乗っていたようなんだけど、もちろん全く覚えられない。
せっかくだから、彼女達の提案に乗っかって、別室で堂々とサボろう。ちゃんと出席したから、とーちゃんかーちゃん……お父様とお母様もきっと許してくれるはず!
さっきいたぶとー場は、残念ながら「武闘場」ではなく「舞踏場」だった。最初聞いた時にはちょこっとだけ期待をしてしまったけれど。
ま、今のアタシはそこから遠く離れた一室で、クッションの効いた綺麗な長い椅子に腕を枕にして寝っ転がっている。隣には寝室もあると聞いたけれど、知らない他人の家で眠ってしまうのはちょっと、ねえ?
それにしても『夜会』って、いい歳した若者が「ええ、まあ」とか「そうですわね」とか適当に相槌打って飲んで喋って踊るだけとは……。あんたら何か仕事しろよ。
まあ、かくいうアタシもこの世界に転生したばかりで、何をすれば良いのかよくわかんない。貴族のマナーやダンスなんかも、覚えちゃいないし、興味もねーのにダラダラ話すのもなぁ。ダンスに誘われる前に、あの場所からさっさと逃げ出せたのは良かった。
あ、誰にも誘われないんじゃないかっていう疑いは、無しで。だって、この世界でのアタシの顔は、自分で言うのも何だが結構可愛い。
コンコン
ノックの音が響くけど、他人の家でこんな時に何て答えて良いのかわからない。「どうぞ」というのも変だし、「いいえ」とか「入ってます」って言うのもチト違う。
いろいろ考えているうちに、誰かがドアを開けて入ってきた。
「あれ? 先客がいたんだ。ここなら一人になれると思ったのにな。邪魔してゴメンね。でも、君が良ければ少しだけココに隠れさせて?」
「別に良いけど……」
顔に似合わず強引なこの男は誰だろう?
サラサラした若白髪(じゃなかった、銀髪というらしい)に海のような青い瞳で、鼻筋の通った背の高いイケメンが、こちらを向いてニッコリ微笑んでいる。そうすることで、他人を思いのままに動かそうとしているような?
イケメンとか優男に興味は無いけど、彼の物腰は優雅で丁寧だ。一目でどこか良いとこのお坊ちゃんだとわかる。昔、一つ下の妹が遊んでいた何ちゃらとかいうゲームに出てくる人みたい。
――ま、あたしゃ興味ないからどうでもいい。
後から入ってきたのはそちらだと、アタシは長椅子の上でゴロンと反対側を向き、銀髪男を無視してふて寝を決め込む。
「ねぇ、君って……え?……アレ?」
銀髪男は日頃無視される事に慣れていないのか、妙に慌ててキョロキョロしている。
メンドクセー。
あんた自分で隠れるって言ったんだろーが。放っておいてやんだから、おとなしくしていろよ!
いかんいかん。機嫌が悪くなると、アタシは元の言葉遣いに戻る。考えただけで、口に出さずにいて良かった。
だってアタシは、元ヤンキーだ。
あ、でも硬派な方。タバコや薬、援交なんかにゃ手を出さず、男とだって遊んでいない。女だてらにケンカやバイクに明け暮れてたから、ついたあだ名は『紅薔薇』。これでもケンカは強かった。
だからゴメン。
いくらあんたが惚れ惚れするほどイイ男でも、あたしゃ全く興味が無いんだわ。