アホなサイトウと親友の最上
いつも通り学校に行き、教室の扉を開ける。
そんな単純なことが理解不能な世界への入り口になっていることもある。
異世界転生?いやいや違う。
女神や時空の渦みたいなファンタジーな話じゃない。
原因はこのクラスに変人の中の変人、サイトウがいるせいだ。
教室の扉を開けると今日のサイトウは麦わら帽子をかぶって蚊取り線香を肩にぶらさげながら虫取り網を持っていた。
ある意味夏の風物詩セットだが、虫除けと虫取りのセットは相性が悪すぎるのではないだろうか。
あとここは室内だ。帽子を脱げ。
俺がこいつを無視してどういう具合に教室に入ろうかと考えていると、サイトウに先手を取られた。
「おー!そこにいるのは運命の親友。最上ではないか!」
ちなみにサイトウのいう運命の親友というのはスピリチュアルな話ではない、俺の名前が最上と書いてサイジョウと読むからだ。あいつからすると俺たちは生まれたときから出席番号が隣り合わせという縁でつながっているるらしい。
「…サイトウ。お前今日はなにしてるんだよ?あと5月にその恰好は少し早いんじゃないか?」
俺の呆れが混じった問いに虫とり網を持ったままサイトウはにんまりと笑いながら答える。
「良い質問だ最上。お前バタフライ効果って知ってるか?」
アホのサイトウに俺は鞄を下ろしながら答えた。
「漫画の知識程度なら知ってるよ。蝶が羽ばたくと台風が起きるとかそういう話だろ?」
「答えとしてはサンカクだな最上。正確に言うと、ブラジルでの蝶の羽ばたきがニューヨークで嵐の原因になる。ある場所で起こった小さな現象が別の場所で大きな現象の原因になるという考えだ。どうだ最上!聡いお前のことだ。そろそろ俺が何をしているのかわかってきたんじゃないのか?」
俺は正直さっぱりだった。しかし、教室にいるやつらから発せられる空気は完全に「さっさとお前が訊けよ」になっている。無理やり与えられた非公式の係であるサイトウ係の名前は伊達ではない。
「面倒くさいよサイトウ。さっさと言えよ。」
「ふふふ、よかろう。想像力の残念な最上に説明をしようではないか。良いか?ブラジルで蝶が羽ばたくとアメリカで嵐が起きるんだぞ。この事実を踏まえれば、日本で蝶が羽ばたけば恐らくオーストラリア辺りでは大変な嵐が起きてるのではないかと推測できるわけだ。あの可愛らしいコアラが吹き飛ばされるさまを想像してみろ。最上よ、今俺たちが日本でできることは蝶々をとらえ、少しでも蝶の羽ばたきを押さえ、オーストラリアへ迷惑をかけないことだろう。どうだ?俺のやってることがわかってきたか?さぁ!運命の親友最上よ!共にコアラを守ろうじゃないか!」
そう言って満面の笑みでサイトウから差し出された虫取り網を俺はサイトウの目の前でへし折ってやった。
「うわぁぁああ!なんてことをするんだ最上ォォォ!お前には動物を愛する心がないのかぁ!?」
「うるさい、黙れサイトウ。そもそも俺はコアラよりカンガルー派だ。」
折れた虫取り網を抱きしめながら「裏切り者ォォォ」と叫んで教室から出て行ったサイトウを無視して俺は自分の席に着いた。
さてと、一時間目は数学だ。宿題はちゃんと持ってきてただろうか。先生にサイトウがどこにいるかを訊かれなければ良いな、きっとそれは訳も分からず走っていったサイトウ本人だってわかっていないだろうから。
結局昼休みになってもサイトウは帰ってこなかった。
サイトウがいない心穏やかな昼食をとっている時、急に俺の携帯が鳴った。
通話を押すと途端に大きな声が響いてくる。相手はもちろんサイトウだ。
「最上ー!やったよ、俺やってやったよ!台風の原因になるくらいだから、きっとでかい蝶だと思ってずっと探してたらさ、俺見つけちゃったよ!もうすっごいでかいやつ。モ●ラの子供みたいなの!これならきっと、台風も止まると思うわ。あ!写真送るから、俺の雄姿をぜひ見てくれ!」
言うだけ言って電話が切れるとすぐに届いたメールの件名には「ストップThe台風!!」と書かれていて、添付された写真には密林の中で大きな蝶を捕まえて満面の笑みのサイトウが写っていた。
…サイトウ、一体そこはどこなんだ。一応は都会のこの町でそんな大きな蝶、俺は見たことないよ。本当に国内かよ。あとモ●ラの子供はイモムシだよ。
色々と呆れが混じった思いがぐるぐると頭の中を回るが、ふとあいつに言い忘れたことがあったなと思い出し、きっと届くことはないだろうが空に向かってつぶやいた。
「サイトウ。オーストラリアは南半球だから今は台風こないよ。」
あいつのせいで逆に台風が来たりしてなんてバカなことを考えながら、俺は昼食に戻るのだった。