第七話 新鮮な時間
沈黙。
湊の言葉が理解出来ず、言葉を発するどころか、三人は時が止まったかのように固まった。
「ごめん九条くん。もう1回言ってくれない? なんだか幻聴が聞こえたみたい……」
しばらくたって、美咲はさっきの言葉は幻聴だったことにしてもう一度尋ねた。
「幻聴じゃねーよ」
「幻聴じゃ、ない……? それって……、え?」
美咲はますます頭が混乱して、うまく言葉に出来なかった。
「だから、それ俺だって」
少しイライラしながら湊は繰り返す。
「いやいやいや……」
美咲は少し笑いながら手のひらを体の前で横に振ってから、ちらりと湊の顔を見た。だが、湊が嘘を言っているようには見えなかった。
「え、嘘でしょ!?」
声に出して驚いたのは美咲だけだが、玲奈もゆいもすごく驚いていた。三人が三人ともスマホに写っている男子と目の前にいる湊を何回も往復で見比べた。
「何で嘘つく必要あんだよ」
「信じられない……、違いすぎでしょ……」
玲奈は開いた口が塞がらない。まさに唖然だった。
湊の言う通り、確かに嘘をつく必要はない。だが、美咲はまだ信じることはできないでいた。
「じ、じゃあ、横にいる子は……?」
「俺の妹だ」
「…………」
三人は言葉すら出なかった。
写真の男が湊だったのもあるが、写真に写っているとんでもないくらい可愛い女の子が湊の妹だというのに絶句する。
「信じられないか……?」
三人の反応を見て湊は呆れるように聞き、三人とも頷いた。
「まあ、似てないからな」
湊はスマホを操作してから、玲奈に自分のスマホを渡した。そこに映っていたのは、『九条小雪』という名前の人のトプ画と背景。その背景は、湊と同じだった。
「九条……」
美咲はそこにある事実を小さく呟いた。
「信じる気になったか?」
「……え、ええ、そうね……」
「けど、疑うのも無理はないか。妹と一緒にいたら毎回カップルと勘違いされるしな。初めて妹を見たやつらは全員、俺たちを兄妹だとは思わなかった」
仕方ないというように湊は呟き、肩を竦めた。
玲奈はもう一度スマホを見つめると少し頬を緩めて、
「九条くんって妹さんのことが好きなのね。背景にするぐらいだから」
「まあ否定はしないが、妹が好きだから背景にしているわけではないぞ。こっちに来る前に妹に一緒に撮らされて、その写真をラインの背景にされたんだが変え方が分からなくてそのままにしてたんだ。さっきまで、妹だけにしか見られないから良しとしてたんだが……。まさか妹以外に見られるとは」
「そういう理由なら別にいいんじゃない? 私たちは気にしないし。変えたいなら教えるけど」
玲奈が「ねぇ」と、美咲とゆいに聞く。二人はコクンッと頷く。
「そうか……。ならいいか」
湊もそれに納得した。
「でも、納得したわ」
話が一段落してから、突然玲奈はそう切り出した。
「なにがだよ」
「美咲と一緒にいて、動じてないことよ。私が見てきた中でキミだけだよ。他の男子は皆、オロオロして平然としてないもの。緊張しまくり」
「いや、平然としてられないのは副会長のせいだけじゃないと思うぞ?」
「……?」
どうやら、玲奈は鈍感らしい。それとも、皆がみんな自分のこととなると鈍感になるのだろうか。湊はクラスの男子が美咲だけでなく、玲奈やゆいのことも美人だとか、可愛いとか、言っていたのを耳にしている。
「……いや、なんでもない。で、なんで平然としてることに納得したんだよ」
「それはこの子よ」
玲奈は画面の中にいる小雪に触れる。
「こんな可愛い子がいたんじゃ、そりゃー、美咲が言い寄っても靡かないわけだ」
「それとこれとは関係ないだろ。たとえ、妹がどれだけ可愛くたって、可愛いやつは可愛いと思うぞ」
「じゃあ、なに? 美咲は九条くんにとって可愛くないわけ?」
「そんなわけないだろ。むしろ、副会長を可愛くないって言うやつなんているのか?」
「今のところいなかったわね」
湊が美咲のことを全く恥ずかしがる素振りも見せず可愛いと言い、美咲はもう言われ馴れているはずなのに顔を赤くして照れ、湊と玲奈はそんな赤面した美咲に気付かなかった。もしかしたら、玲奈は気付きながらも知らない振りをしているのかもしれなかったが……。
「美咲、顔赤くなってる……」
「しぃ!」
なおも湊と玲奈が話している時に、二人の会話を傍観していたゆいが美咲が赤面していることに気付き、小さな声で美咲に言った。美咲は自分が赤くなっていると理解していたため、ゆいにそう言われても否定することなく、ゆいに向かって立てた人指し指を唇に当てた。美咲にそうされ、ゆいはこれ以上何も言わず、再び玲奈と湊へと視線を移した。
「じゃあ彼女でもいるの?」
「いるわけないだろ」
「ならどうしてよ」
「知らねぇよ。……もういいか? この話。あんたらまだ昼飯終わってないだろ」
「……そうね。とりあえず、ご飯の続きにしましょうか」
どうやら、二人の会話は一応の終結を見たらしい。
「美咲とゆいもご飯食べましょ」
そう玲奈が言って再び三人はご飯を食べ始めた。
それからは三人が弁当を食べながら予鈴のチャイムが鳴るまで何気ない話をした。美咲はそれが何だか新鮮な感じがした。いつもは三人で食べているが、そこに湊が加わっている。湊から話しかけることはない。だが、話しかけられればそれに答える。ただ、それだけだが三人で食べるときよりも楽しかった。湊は不本意だったかもしれないが……。
だからか、美咲はいつもよりも時間が経つのが早く感じた。チャイムが鳴る。
「え……、もう予鈴?」
「そうみたいね」
三人は片付けていなかった弁当箱を鞄の中にしまい、立ち上がる。
「わたしたちは戻るけど、九条くんはどうするの?」
「俺も戻るが、先行ってくれ」
「そう……。じゃあ、また」
何となくだが、なぜ先に行ってくれと言ったのかもう分かっている。どうせ、誰かに見られるのが嫌だとか言うのだろう。それが分かったから理由を聞かなかった。
「またねー、九条くん」
「……バイバイ」
玲奈が手を横に振って、ゆいも小さく振る。それに湊は手を上げ答えた。
「……また……、ね」
またなんてなければいい……。
それが湊の本音だった。連絡先の交換をしてしまったからもう繋がりを絶つのは出来ない。だから彼女たちが言ったことは正しい。必ずまた逢う。だが、その繋がりが湊に痛みを与える。繋がりという名の糸が太くなればなるほど、その糸が切れたときの辛さは大きくなる。その辛さを湊は知っている。だからこそ湊は繋がりを持ちたくなかったのだ。
「……太くしなければいいか……」
糸が出来てしまったのなら仕方がない。だから太くせず、今の細さを保とうと湊は決めた。
「戻るか……」
立ち上がり、荷物を持って、屋上を去るためにドアの方へ足を向けて歩きだした。