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ミナトとミサキ   作者: トマトケチャップ
第一章 出逢い
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第五話 困惑

 湊に家まで送ってもらった翌日。


 不思議なことに熱は下がった。ご飯を食べた後に薬を飲んでゆっくり寝たおかげか、自分でも驚くくらい元気になったのだ。もう学校を休む理由もない。


 いつも通り、歩いて友達とわいわい言いながら学校へと向かう。お馴染みの視線を感じていたが気にしない。


「なんか美咲、いいことあった?」

「え?」


 それまで普通の話をしていたのに、突然美咲に尋ねてきた。美咲は驚いて、そんなことを尋ねてきた友達に目を向ける。


「な……なにを言ってるのよ、玲奈。なんにもないわよ」

「えー、そうかな~。だって美咲いつもと表情違うし。ねぇ、ゆいもそう思わない?」


 玲奈と呼ばれた少女は、もう一人の友達、ゆいに同意を求めようとする。ゆいは小さく頷いて、


「わたしもそう思ってた」

「ほらね! 私たちの目はごまかせないわ。いったい何があったのよ!」


 玲奈は美咲にグイグイと身体を寄せてくる。


「だ、だからなんにもないってば!」


 この二人の友達は本当に目敏い。中学の時から何も変わっていない。


 安藤玲奈。身長は少し高く、髪は黒く肩まで届かないくらいの長さで、スタイルがよく可愛いというよりも美人だ。


 瀬川ゆい。こちらは身長は3人の中では一番低く、ミディアムヘアーのふわふわとウェーブした茶髪は愛らしく身長が少し低いのを味方につけている。


 この二人は中学で知り合って、それ以降ずっと友達だ。


「嘘ね。昨日なんかあったんでしょ」

「ううん! ほんとに何もなかったよ!」


 手を上げ、首を左右にぶんぶん振る。


 玲奈は、じとーっと美咲を見て、


「怪しいな~」


 胡乱な眼差しを彼女に向けた。


「そ、それより、二人とも急がないと!」


 話を反らして二人を急かす。


「ほ、ほら早く!」


 まだ何か聞きたそうにしていたが、玲奈は仕方なく従うことにした。




 学校に着くと、さらに視線は増える。美咲だけでも視線を集めやすいのに、玲奈とゆいも一緒にいることでとんでもなくなる。


 特に1年生はまだ入学して1ヶ月しか経ってなく日が浅いので、「や、やべー!」「お、俺、目合ったんじゃね!?」「うおおお!」などととても興奮していた。


 対して、本人たちは中学から受けていてもう馴れたもので、どこ吹く風だ。もちろん目が合ったのは気のせいである。


 運良く今年は三人とも同じクラスだ。だから、何をするにしても一緒だった。休み時間の時も教室移動の時も昼食の時も。


 まあ生徒会は美咲しか入っていないため(それも無理やり)帰りは一人になることがあるのだが……。


 本当に三人は気が合う。本人たちには言わないが、美咲はいつも本当にいい友達が出来たと思っている。そしてそれは、玲奈もゆいも一緒だ。


「次、理科室行かなくちゃ」

「あ、そっか」


 美咲が言ってくれたおかげで思い出したが、完全に玲奈は忘れていた。


「ゆいも行こ?」

「うん」


 ゆいは二人に比べたら口数は少ない方だ。だが、それも男子生徒からしたら高評価になる。


 三人で教室を出て、理科室へと向かう。理科室は2年がいる棟とは別にあり、少し遠い。


 そして、1階の棟と棟を繋ぐ場所を歩いていると、偶然一人でいる彼を見つけてしまった。


 背が高く、少し茶色の髪を寝かせていて、黒縁眼鏡をかけてポケットに手を入れた彼、九条湊。


 湊もチラッと美咲を見て、目を逸らす。


 湊が歩いて近づいてくる。美咲は思わず声をかけた。


「九条くん。おはよう」


 しかし湊は美咲を見て、


「……すみません……、どこかでお会いしましたか?」


 困ったような顔をして聞いてきた。


「え……?」


 美咲は呆然とする。


 知らない振りをされ、あまりのことに声を出そうとしても出なかった。


「あの……、用がないなら俺はこれで」


 湊は美咲の横を通って、美咲たちの教室がある棟へと消える。


「美咲、知り合い? 向こうは知らないみたいだったけど……」


 しばらく無言のままだった美咲に玲奈が声をかける。


 知らないみたいだった……? そんなはずない! 昨日一緒に帰ったんだもの!


 そう思っていると、ふと彼が言った言葉が脳裏をよぎる。


──もし学校で俺と会っても知らない振りをしてくれ


 その時は深く考えていなかった。だがその言葉を思い出して疑問に思う。なぜそんなことを言ったのだろうかと。


「う、ううん。勘違いだったみたい」


 微笑みを浮かべ玲奈に言う。


「そっか……。でも珍しいわね」

「な、なにが?」

「ほら、いつもは逆じゃない。美咲が男に声をかけられる方でしょ?」


 そう。美咲が声をかけられることはあっても声をかけることはない。


「わたしだって男の人に声をかけるわよ。それより、早く行きましょ。遅れちゃうわよ」

「そうね」


 二人には今は彼のことを忘れてもらえるように話題を打ち切り、そのまま三人は理科教室へと向かった。





 美咲は授業中、湊のことを考えてしまって授業に集中出来なかった。テストも近いから集中しなければいけないと分かってはいたのだが、ダメだった。どうしても思ってしまうのだ。なぜあんなことを言ったのか。なにか理由があるのだろうか。そんな考えが頭の中を掻き乱す。


 はぁーと大きな溜め息を吐き、机に突っ伏した。結局、授業に最後まで集中出来なかった。


「どうしたの?」


 ゆいが隣に来て心配そうに聞く。


「なんでもない……」


 なんでもないと言う割には覇気がなかった。


「ゆい、これはね……恋煩いよ」

「な!? ち、違うわよ!! 彼のことなんて!」


 いつの間にか来ていた玲奈がなぜ美咲がこんなにも覇気がないのかの理由をゆいに教えて、それを聞いていた美咲は思わずバンッと机を叩きイスから立ち上がって玲奈の言葉を否定する。


 しかしそこで美咲は、玲奈の悪戯が成功したように笑みを浮かべているのを見て、しまった!と思い慌てて口を押さえる。が、時すでに遅し。


「は、嵌めたわね!」


 キッと玲奈を睨むが彼女は意に介した様子もなく、


「もしかしたらとは思ってたけど……まさか美咲がねー」

「だから違うって言ってるでしょ!」

「で、誰なの? 美咲の好きな人」

「話聞いてる? 好きでもなんでもないってば。ただちょっと気になってただけよ……」

「美咲に気になって貰えるなんて羨ましいなあ」

「何言ってるのよ……」


 玲奈を呆れたように見て、吐息を漏らす。


「でも、わたしもちょっとその人のこと気になるかも……」

「ちょっとゆいまで!」


 玲奈に比べたら随分と大人しくてまともなゆいまでもが興味を抱いてしまって、美咲は愕然とするほかなかった。


「残念だけど二人には言えないわ、約束だもの。まあわたしも忘れてたんだけど……」


 美咲は大きく溜め息を吐き、イスに再び座り二人に告げる。


「約束?」

「ええ。知らない振りしてくれって頼まれたの。だから二人には言えない。……知らないから」


 玲奈とゆいは顔を見合せて、疑問符を頭に浮かべる。


「どういうこと?」

「わたしにも分からないわよ……」


 玲奈が聞いてきた言葉に自分でも分からないと、首を振る。


「なるほど、それで悩んでいたのね」


 今まで今日のような美咲を玲奈はもちろん、ゆいも見たことがないから何事かと思っていたのだが、その悩みの内容が分かり、玲奈は納得のいったような顔をする。


「まあその話は後にして、とりあえずお昼ご飯食べに行きましょう」


 今は昼休みだ。このまま話し込んでお昼ご飯を食べられず、お腹が鳴ってしまったら恥ずかしすぎると玲奈は思った。


「そうね」


 玲奈の提案に賛成し、イスから立ち上がる。そこで美咲は、はっとなって一つ提案する。


「ちょっといいかしら」

「なに?」

「今日はこっちの校舎の屋上で食べない?」


 三人はいつも屋上でご飯を食べている。食堂に行くと、周りからチラチラ見られて落ち着いて食べられないからだ。でも屋上だとほとんど誰もいないため気が楽なのだ。


「別に構わないけれど、どうして?」


 玲奈は首をかしげて美咲に聞く。


「なんとなく」


 ふと思ったのだ。湊は昨日、屋上で寝ていたと言っていた。だからもしかしたら屋上でご飯も食べている可能性だってゼロではない。彼には知らない振りをしろと言われているがやはり、少し彼のことが気になるのだ。


「ふーん……」


 妙に長く伸ばし、訝しげに美咲を見る。


「な、なによ……」

「なんでもないわ。ゆいも別に構わないよね?」


 ゆいが「うん」と頷くのを見て、玲奈は歩き出す。


「それじゃあ行きましょう」


 美咲とゆいもその後に続き、三人は理科室を出た。




 理科室は3階にある。桜ヶ丘高校の校舎は全て4階。屋上に行くには2回分上らなければならない。


「ここも懐かしいわね」


 4階にある階段を上がり、屋上に向かっていると玲奈が呟いた。


「そうね。懐かしいって言っても、まだ1ヶ月しか経ってないけど……」


 2年になる前はずっとこの校舎の屋上で食べていた。


「到着っと」


 全ての階段を上りきる。


 美咲は扉の前まで来て、二人に聞こえないようにそっと息を吐き、落ち着かせる。そして美咲はそっと扉を開ける。


 三人は眩しい光に目を細めながら外へと出る。


 美咲は彼を探すが見当たらない。やっぱりいなかったかぁ、と思ってチラッと横を見る。


「あっ……!」


 湊はそこにいた。ばっちりと目が合う。湊はどうやら美咲が気付くよりも前に気付いていたようだ。


 湊は左足はゆるく伸ばし右足は膝を立てて壁にもたれ掛かりながら、缶コーヒーを口に含んだまま固まっていた。


 湊はそっと座ったまま身体の向きを変え、背中を向けた。

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