第十話 桜ヶ丘三大美人
「ねえ、九条くん。君おかしくない?」
「酷い言われようだな」
「だって………、桜ヶ丘三大美人を前になんでそんな平気な顔で居られるのさ!?」
珀の悲痛な叫びも、湊は涼しい顔をしながら呆れる。
「桜ヶ丘三大美人って……」
「わたし達そんな風に言われてたんだ……」
「知らなかったわね」
「わたしも」
当の三人も微妙な顔をしている。
「いったいどうして僕は、こんな人たちの前にいるんだろ……?」
そりゃー珀だって憧れていた。いつか美咲たちのうちの一人だけでも話してみたいと。しかしそれは絶対に出来ないと理解していたのだ。あの高嶺の花には手が届かない。諦めるしかないと。
それがどうだ。今目の前に憧れていた三人がいるのだ。常人ならば、喜ぶよりもまず困惑する。
「とりあえず、座ったら? 三人とも」
「ええ。そうね」
時間はまだ7時前だ。話す時間くらいはあるだろう。
いつもの如く、玲奈とゆいは対面で座っていたので、美咲は玲奈の横に、湊はゆいの横に座った。
「おい、新庄。お前も早く座れ」
「え……。ああ、うん」
ぼーと立っていた珀に湊が座るように言った。慌てて湊の横に座る珀。しかし目線は下の方に向ける。なんたって、目の前には美咲がいて、その横に玲奈がいるのだ。目など合わせられない。恥ずかしすぎる。
「で、彼は……?」
「また紹介すんの?」
「当然でしょう。私たち知らないんだから」
「はぁ。さっき別に紹介しなくて良かったんじゃね? どうせまた後からするんだから」
「……ま、まあ良いじゃない!」
「何だよその間は」
「さ、早く!」
美咲が目を泳がせ、急かした。美咲も確かにと納得してしまったのだ。
湊は肘で珀を突く。
「おい新庄。お前自分で自己紹介しろ」
「えっ……!?」
「そのくらいは出来んだろ。早くしろ」
「えっ、ちょ……」
どうやら今回は湊が自分を紹介してくれるわけではないと分かり、慌てる。しかし確かに、自分を人に紹介されるものでもない。
「し、新庄珀です。九条くんのクラスメイトです。よ、よろしくお願いします」
少々片言になってしまったが、きちんと自己紹介は出来ただろう。
ほっ、と一息つく。
「へー。珀、か。私、珀っていう名前結構好きだな」
「……お前もか」
「ん?」
「いや、何でもない」
「ねえねえ、珀くん。珀くんって呼んでもいい?」
「へっ……!? あ、あの…………どうぞ」
「うん。ありがと、珀くん」
「じゃあわたしも珀くんって呼ぶよ」
「わたしも呼ぶ」
「………おい、ちょっと待て」
湊は額に青筋を浮かべる。
「俺とこいつで扱い違いすぎないか?」
「な〜に〜? 君も名前で呼ばれたいの〜? 仕方ないなあ。じゃあ呼んであげようか?」
「うぜぇ。呼ばなくていい」
「まあまあ、そう言わないでよ、湊くん」
「だから呼ばなくていいって言っただろ」
「そんな照れなくていいじゃない」
「照れてねーよ!」
「わたしも湊くんって呼ぶ」
「あ、ああ……」
「ねぇ、君こそ扱い違わない?」
玲奈には名前で呼ぶなと言ったのに、ゆいには簡単に許可を出す。確かに全然扱いは違っている。
だが、そこは無視だ。
「だから、湊くんもゆいって呼んで?」
「分かった」
真横でそんな、見上げられるように言われたら断れるはずもない。
「えー、じゃあ私も名前で……」
「お前は却下」
「ひどい!」
最後まで言わせることもなく、断る。玲奈が涙目になっている。だがこれも演技だ。騙されやしない。
玲奈は、つまんないの、と言ってから、
「美咲も名前で呼んだらいいじゃん」
美咲は首をブンブンと振る。
(そんなの恥ずかしくて出来ないよ……!)
好きな人の名前を呼ぶこと。それがどれだけハードなことか。もちろん想像したことはある。彼の名前を呼ぶことを。そして、実際に言おうとしたことも。
だが、結局失敗した。
今回が千載一遇のチャンスだっていうことくらいは分かっている。しかしやはり恥ずかしくて出来ない。
「そ、そんなことよりさ! 早く玲奈も自己紹介しなくちゃさ!」
話を逸らすため話題を元に戻した。
「まあそうね。……私は安藤玲奈。美咲の親友で、湊くんの知り合いってところかしら。そして……」
「わたしは瀬川ゆい。同じく美咲の親友だと思ってる。よろしく」
「……よ、よろしく、お願いします」
未だに緊張しているのだろう。少し下を向いて、小さな声で呟いた。
「でさ、気になるんだけど……」
玲奈が湊を見つめる。
「なんだよ……」
「彼との関係は?」
「ただのクラスメイトだ」
「絶対違うよね?」
「は……? クラスメイトだって」
何を言ってるんだと玲奈を訝しげに見る。
「君がただのクラスメイトをここに連れて来るわけないでしょう」
「確かに……」
ゆいも同意する。
「あー、そういえば……」
美咲が思い出したように呟く。
「ここに来る前に珀くんが『先輩も助けられたんですね』って言ってたわね」
「だ、そうよ。湊くん」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって……」
「ただ助けただけだろ?」
何でもないことのように言う湊。
「でも、君が自分から行動するのって珍しいわね。何か理由があったの?」
「別に……。ただ、言いなりになっているだけのこいつに腹がたっただけだ。だからそのためにここに連れて来た」
「……?」
この湊の言葉には珀が首を傾げる。
「どういうこと?」
「お前、今日俺ん家来い」
「……え?」
「まずは眼鏡を外せ。そんなもんかけてるから舐められんだよ。それからその髪、染めるぞ。後は一人称。何だよ僕って。気持ち悪い」
「最後の酷くない!?」
「分かったな?」
「で、でも……」
「ちなみに拒否権はない」
「そんな……」
「俺たちの学校は素晴らしいことに髪に対する規則はない。つまり、染めてもなんら問題はないということだ。だよな? 副会長」
まるで出来の悪い生徒を諭すように言い放ち、美咲に間違いがないか確認する。
「……ま、まあそうなんだけど……」
「ほらな? 良かったじゃねえか」
「良くないよ! どうして髪まで染める必要があるのさ! 舐められないようにするためで髪まで染める!? 眼鏡だけで十分だって!」
「……そんなに嫌なのか?」
「当たり前だよ! いきなり染めて学校に行ったら、皆んなの視線が気になって仕方ないって! 後、母さんにも絶対なんか言われるから!」
「……はぁ。まあ髪はいいか……」
湊は必死な珀の説得で何とか、髪を染めることは諦めたようだ。
「なら二つだ。眼鏡と一人称。これだけは変えろ」
「……どうして……?」
「だから言ったろ。お前に腹が立ったからだ」
珀は首を振る。
「違う。そうじゃない。……どうして君はそこまでしようとするの? こんなどうしようもない僕のために」
「…………」
湊は口を閉じる。美咲たち三人は、また話さないんだろうなと思った。おそらく、その理由が彼の過去に関係するからだ。
故に、違う話題を提供しようとした、その時。
「……お前を見ていると、昔の俺を思い出すからだ」
ぽつりと湊が話した。
「弱さは罪だ。だから俺は……」
「九条くん」
美咲は湊を呼びかけて、首を振る。それ以上は何も言わなくていい、と。
本当は気になるくせに、自ら終わらしてしまった。見たくなかったのだ。湊の苦しそうな顔を。
前に、もう聞かないと言った。しかしそれは、一生聞かないということではなかった。
いつか──、いつかその時が来たら聞こう。
だが、今はその時ではない。そう思う。
「……さて、じゃあもう帰る?」
美咲が湊に聞く。
「ああ。そうだな」
「じゃあ、ぼ……じゃなくて、お……おれは湊くんの家に行かなくてもいいのかな?」
「お前まで名前か……。まあいいが。それなら、くんはいらない。……そうだな。髪を染めないのなら俺ん家に来る必要もないな」
「……分かった。湊」
まだ気恥ずかしそうに、湊の名前を言う、珀。まあそれも慣れだ。そのうち気にしなくなるだろう。
「じゃあ、お会計済ませて帰りましょうか」
玲奈がそう言うと、美咲が立ち上がって、それに続いて玲奈が伝票を持って立った。それを眺めていた珀が慌てて立ち上がる。
玲奈が会計を済ませて、そのまま五人は店を出ていった。




