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ミナトとミサキ   作者: トマトケチャップ
第二章 遥かな高みへ
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第十話 桜ヶ丘三大美人

「ねえ、九条くん。君おかしくない?」

「酷い言われようだな」

「だって………、桜ヶ丘三大美人を前になんでそんな平気な顔で居られるのさ!?」


 珀の悲痛な叫びも、湊は涼しい顔をしながら呆れる。


「桜ヶ丘三大美人って……」

「わたし達そんな風に言われてたんだ……」

「知らなかったわね」

「わたしも」


 当の三人も微妙な顔をしている。


「いったいどうして僕は、こんな人たちの前にいるんだろ……?」


 そりゃー珀だって憧れていた。いつか美咲たちのうちの一人だけでも話してみたいと。しかしそれは絶対に出来ないと理解していたのだ。あの高嶺の花には手が届かない。諦めるしかないと。


 それがどうだ。今目の前に憧れていた三人がいるのだ。常人ならば、喜ぶよりもまず困惑する。


「とりあえず、座ったら? 三人とも」

「ええ。そうね」


 時間はまだ7時前だ。話す時間くらいはあるだろう。


 いつもの如く、玲奈とゆいは対面で座っていたので、美咲は玲奈の横に、湊はゆいの横に座った。


「おい、新庄。お前も早く座れ」

「え……。ああ、うん」


 ぼーと立っていた珀に湊が座るように言った。慌てて湊の横に座る珀。しかし目線は下の方に向ける。なんたって、目の前には美咲がいて、その横に玲奈がいるのだ。目など合わせられない。恥ずかしすぎる。


「で、彼は……?」

「また紹介すんの?」

「当然でしょう。私たち知らないんだから」

「はぁ。さっき別に紹介しなくて良かったんじゃね? どうせまた後からするんだから」

「……ま、まあ良いじゃない!」

「何だよその間は」

「さ、早く!」


 美咲が目を泳がせ、急かした。美咲も確かにと納得してしまったのだ。


 湊は肘で珀を突く。


「おい新庄。お前自分で自己紹介しろ」

「えっ……!?」

「そのくらいは出来んだろ。早くしろ」

「えっ、ちょ……」


 どうやら今回は湊が自分を紹介してくれるわけではないと分かり、慌てる。しかし確かに、自分を人に紹介されるものでもない。


「し、新庄珀です。九条くんのクラスメイトです。よ、よろしくお願いします」


 少々片言になってしまったが、きちんと自己紹介は出来ただろう。


 ほっ、と一息つく。


「へー。珀、か。私、珀っていう名前結構好きだな」

「……お前もか」

「ん?」

「いや、何でもない」

「ねえねえ、珀くん。珀くんって呼んでもいい?」

「へっ……!? あ、あの…………どうぞ」

「うん。ありがと、珀くん」

「じゃあわたしも珀くんって呼ぶよ」

「わたしも呼ぶ」

「………おい、ちょっと待て」


 湊は額に青筋を浮かべる。


「俺とこいつで扱い違いすぎないか?」

「な〜に〜? 君も名前で呼ばれたいの〜? 仕方ないなあ。じゃあ呼んであげようか?」

「うぜぇ。呼ばなくていい」

「まあまあ、そう言わないでよ、湊くん」

「だから呼ばなくていいって言っただろ」

「そんな照れなくていいじゃない」

「照れてねーよ!」

「わたしも湊くんって呼ぶ」

「あ、ああ……」

「ねぇ、君こそ扱い違わない?」


 玲奈には名前で呼ぶなと言ったのに、ゆいには簡単に許可を出す。確かに全然扱いは違っている。


 だが、そこは無視だ。


「だから、湊くんもゆいって呼んで?」

「分かった」


 真横でそんな、見上げられるように言われたら断れるはずもない。


「えー、じゃあ私も名前で……」

「お前は却下」

「ひどい!」


 最後まで言わせることもなく、断る。玲奈が涙目になっている。だがこれも演技だ。騙されやしない。


 玲奈は、つまんないの、と言ってから、


「美咲も名前で呼んだらいいじゃん」


 美咲は首をブンブンと振る。


(そんなの恥ずかしくて出来ないよ……!)


 好きな人の名前を呼ぶこと。それがどれだけハードなことか。もちろん想像したことはある。彼の名前を呼ぶことを。そして、実際に言おうとしたことも。


 だが、結局失敗した。


 今回が千載一遇のチャンスだっていうことくらいは分かっている。しかしやはり恥ずかしくて出来ない。


「そ、そんなことよりさ! 早く玲奈も自己紹介しなくちゃさ!」


 話を逸らすため話題を元に戻した。


「まあそうね。……私は安藤玲奈。美咲の親友で、湊くんの知り合いってところかしら。そして……」

「わたしは瀬川ゆい。同じく美咲の親友だと思ってる。よろしく」

「……よ、よろしく、お願いします」


 未だに緊張しているのだろう。少し下を向いて、小さな声で呟いた。


「でさ、気になるんだけど……」


 玲奈が湊を見つめる。


「なんだよ……」

「彼との関係は?」

「ただのクラスメイトだ」

「絶対違うよね?」

「は……? クラスメイトだって」


 何を言ってるんだと玲奈を訝しげに見る。


「君がただのクラスメイトをここに連れて来るわけないでしょう」

「確かに……」


 ゆいも同意する。


「あー、そういえば……」


 美咲が思い出したように呟く。


「ここに来る前に珀くんが『先輩も助けられたんですね』って言ってたわね」

「だ、そうよ。湊くん」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって……」

「ただ助けただけだろ?」


 何でもないことのように言う湊。


「でも、君が自分から行動するのって珍しいわね。何か理由があったの?」

「別に……。ただ、言いなりになっているだけのこいつに腹がたっただけだ。だからそのためにここに連れて来た」

「……?」


 この湊の言葉には珀が首を傾げる。


「どういうこと?」

「お前、今日俺ん家来い」

「……え?」

「まずは眼鏡を外せ。そんなもんかけてるから舐められんだよ。それからその髪、染めるぞ。後は一人称。何だよ僕って。気持ち悪い」

「最後の酷くない!?」

「分かったな?」

「で、でも……」

「ちなみに拒否権はない」

「そんな……」

「俺たちの学校は素晴らしいことに髪に対する規則はない。つまり、染めてもなんら問題はないということだ。だよな? 副会長」


 まるで出来の悪い生徒を諭すように言い放ち、美咲に間違いがないか確認する。


「……ま、まあそうなんだけど……」

「ほらな? 良かったじゃねえか」

「良くないよ! どうして髪まで染める必要があるのさ! 舐められないようにするためで髪まで染める!? 眼鏡だけで十分だって!」

「……そんなに嫌なのか?」

「当たり前だよ! いきなり染めて学校に行ったら、皆んなの視線が気になって仕方ないって! 後、母さんにも絶対なんか言われるから!」

「……はぁ。まあ髪はいいか……」


 湊は必死な珀の説得で何とか、髪を染めることは諦めたようだ。


「なら二つだ。眼鏡と一人称。これだけは変えろ」

「……どうして……?」

「だから言ったろ。お前に腹が立ったからだ」


 珀は首を振る。


「違う。そうじゃない。……どうして君はそこまでしようとするの? こんなどうしようもない僕のために」

「…………」


 湊は口を閉じる。美咲たち三人は、また話さないんだろうなと思った。おそらく、その理由が彼の過去に関係するからだ。


 故に、違う話題を提供しようとした、その時。


「……お前を見ていると、昔の俺を思い出すからだ」


 ぽつりと湊が話した。


「弱さは罪だ。だから俺は……」

「九条くん」


 美咲は湊を呼びかけて、首を振る。それ以上は何も言わなくていい、と。


 本当は気になるくせに、自ら終わらしてしまった。見たくなかったのだ。湊の苦しそうな顔を。


 前に、もう聞かないと言った。しかしそれは、一生聞かないということではなかった。


 いつか──、いつかその時が来たら聞こう。


 だが、今はその時ではない。そう思う。


「……さて、じゃあもう帰る?」


 美咲が湊に聞く。


「ああ。そうだな」

「じゃあ、ぼ……じゃなくて、お……おれは湊くんの家に行かなくてもいいのかな?」

「お前まで名前か……。まあいいが。それなら、くんはいらない。……そうだな。髪を染めないのなら俺ん家に来る必要もないな」

「……分かった。湊」


 まだ気恥ずかしそうに、湊の名前を言う、珀。まあそれも慣れだ。そのうち気にしなくなるだろう。


「じゃあ、お会計済ませて帰りましょうか」


 玲奈がそう言うと、美咲が立ち上がって、それに続いて玲奈が伝票を持って立った。それを眺めていた珀が慌てて立ち上がる。


 玲奈が会計を済ませて、そのまま五人は店を出ていった。

 


 

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