第八話 圧倒的強者
昼休みが終わり、午後の授業も終わった放課後。皆がこの後の話をしている時、静かに席を立つものがいた。
新庄である。
そのことに対して気になるものはいなかった。湊以外は。
そそくさと教室を後にする新庄。それを気付かれないように後をつける湊。
今日は生憎と美咲が生徒会の仕事があり、放課後は少し時間が空く。その空いた時間に新居浜秀斗と新庄の関係性を調べることくらいはいいだろうと結論付けた。何もなければよし。湊が思っている通りならば、助けるのもよし。そう思った。
そのまま後をつけて行き、辿り着いた場所。そこは、
「旧校舎……?」
なんてベタな……、と湊は愕然とした。これはもうお決まりのパターンだろう。
新庄はキョロキョロと辺りを見渡して、誰もいないことを確認すると、角を曲がった。湊はその角まで歩いて行き、曲がった先を隠れながら窺い見る。
そこには五人ほどの生徒が新庄を囲うようにして立っていた。その中には昼に新庄を呼びに着た生徒までいる。
少し遠くてなんて言っているのかは聞こえない。聞こえないが、これは雰囲気的に恐喝辺りだろう。
新庄が首を振る。すると背の高いリーダーらしき生徒(恐喝犯Aとしよう)が思いっきり、新庄を蹴った。新庄は壁まで飛ばされ、頭を強く打ったようだ。苦悶の表情をしている。
何に対して首を振ったのかは分からないが、蹴られた。ならばもう迷う必要はない。助けるには十分な理由だ。
湊は角から飛び出し、一目散に恐喝犯Aの元まで走る。
「おいっ!!」
再び恐喝犯Aが新庄を蹴ろうとしていたが、湊の声にその動きを止め、声のした方を向く。そして、ちょうど湊の方へ向いた瞬間に、湊の飛び蹴りが恐喝犯Aの横っ腹に直撃した。
恐喝犯Aは思いっきり吹っ飛ぶ。
「……な、なんだお前!?」
あまりの突然の出来事に唖然としていた、他の恐喝犯たちが荒げた声を出す。
「なにって……、ただのクラスメイトだ」
「クラスメイト、だと……。テメェ、ふざけろよ」
「いきなり出て来て、何してくれてんだ!」
「うっせぇーな。お前らにそんなこと言われる義理なんてないっつの」
「なんだと……!?」
「お前ら、新庄を脅してたんだろ? いや、イジメてた、か。ならお前らはもうクズだ。やっぱどんな学校にもイジメってあるもんなんだな。吐き気がする」
おそらく恐喝などではない。いや、恐喝も入っていただろう。苛めの中に。
まだ記憶に残っている、新庄の怯えた表情。あれは苛めに対する恐怖だ。間違いようもない。かつて見た表情と同じなのだから。
「へっ! だから助けに来たってか? 正義気取りかよ! だが、残念だったな。この人数だ。助けに来たところで、どうしようもねえだろうが! それにお前、分かってんのか?」
「あっ? 何をだ」
「お前が蹴った人、新居浜さんだぜ?」
「まじか……」
まさか、あれが新居浜秀斗だとは思わなかった。ちらっと、少し先で口を開け伸びている恐喝犯Aもとい、新居浜秀斗を見る。温和怜悧など見る影もない。
「へへっ。お前終わったな。新居浜さんを蹴ったんだ。これからどうなるかが楽しみだな」
「どういうことだ?」
「知らないわけないよなぁ。新居浜さんはこの学校一の優秀者で通ってる。教師だって手玉に取れる。今やあの姫百合美咲と同等なほどの人気者と言ってもいいくらいだ」
「なるほどな。つまりそんな優秀者が苛めなどするはずが無い。そして、新居浜を蹴った俺は、学校一優秀者に一方的に暴力を振るった悪者。そういうわけか」
「ああ。全くもってその通りだ」
「……ふっ。バカが」
「なにっ……!?」
そんな証拠も残さずに蹴る訳がない。湊はそこまで馬鹿ではない。むしろ、湊はとても頭の良い方だ。
湊は徐に自分の鞄の中に手を入れ、ある物を取り出す。それは、スマートフォン。
「……テメッ! まさか!?」
「そのまさかだ」
湊は、新庄を虐めていた奴らに画面を向ける。そこに流れている映像は、先ほど新居浜が新庄を蹴っていた時の一部始終である。
そう。湊は、スマートフォンで撮影していたのである。きちんと証拠を残すために。
「どうだ? これで言い逃れは出来まい。残念だったな」
「ッ! この野郎……!」
新居浜の取り巻きの一人がそう呟いた後に、そいつが急に笑い出した。
「アッハハハ。お前、な〜んも分かっちゃいねえな。お前をここでぶっ潰してその動画を削除すれば意味ねぇだろうが!」
「まあ、そうだな。それが出来ればな」
「出来ない訳がないだろうが。こっちは四人だ! お前一人で何が出来るんだよ」
「なら、一つ聞いといてやる。……いいのか?」
「は? 何がだ」
湊はネクタイを緩め、メガネを外しながら、こう言った。
「───たった四人でいいのかって聞いてんだよ。ボケ」
プチンッ!と何かが切れる音がしたのと同時に、湊と話していたやつが湊に殴りかかって来た。
湊は危なげなく横に避け、そのまま他の四人のうちの一人がいるところ目掛けて、殴りかかって来たやつを遠慮なく思いっきり蹴った。まさか味方が飛んでくるとは思ってもいなかったのだろう。回避も出来ずに二人同時に吹っ飛ぶ。
「この野郎ッ!」
それを見ていた、残り二人のうちの一人、昼に新庄を呼びに来た生徒が怒り、殴りかかってくる。対して湊は後ろへ下がるではなく、あえて前に踏み込み、鳩尾に蹴りを入れる。
「うッ……!」
カウンターの如き蹴りが入ったのだ。そのまま腹を抑え、そのまま地面へと倒れる。
最後の一人は、湊自ら向かう。前の三人が圧倒され驚いているところに、一瞬で近づいて行き、新居浜を吹っ飛ばしたように、最後の一人をその勢いのまま蹴る。偶々なのか狙ったのか、最後の一人は新居浜と並ぶようにして伸びた。
瞬殺。
だがこれも当然だ。喧嘩慣れもしていないただのチンピラ。そんな奴らは湊の敵ではない。湊だって自分の敵ではないと分かっていた。しかし少々スイッチが入った。
新庄を虐めていた奴らは、いや新庄をではなくても、虐めをする奴らを湊は許すつもりはない。徹底的に叩き潰す。そう考えていた。
「……さて、後始末するか。面倒だが」
まず五人を同じ場所に集める。次に財布の中を調べ、学生証を取り出し、写真を撮る。
すると、
「……あの、何を……?」
今まで、ただ呆然と見ていた新庄が訝しむ様に聞いてきた。
「証拠を残すためにな」
「証拠……?」
「あの動画だけじゃ不完全なところがあるからな。あの動画と学生証。これさえあれば、もうこいつらは何も出来ない。俺やお前にちょっかいなんて出せない」
「はあ……」
いまいちよく分かっていない様な表情だ。だがまあいい。
「あっ! その……、まだお礼言ってませんでした。ありがとうございました! 助けてくれて」
思い出した様に新庄が湊に礼を述べる。
「今はそんなことどうでもいい。それよりも……、こっちの方が先だ。おい、起きろ!」
全て写真を撮り終えると、湊は全員を蹴って起こす。
「状況は呑み込めてるよな。つーか、呑み込め」
五人が同時にコクコクと首を縦に振る。もう完全に湊が圧倒的強者だと理解している様だ。
「いいかお前ら。お前らの学生証を俺のスマホで撮った。もし新庄にまたちょっかいを出してみろ。動画と写真。これを学校にばら撒く。さらにはネットにも投稿してやろう。新庄だけじゃない。他の奴にも同様だ。俺がそのことを知った時点で流す。いいな?」
ネットに流された時のことを想像したのだろう。全員青い顔をしながら、さっきよりも早く首を縦に振った。
「それから、俺に復讐なんてしようと考えるなよ? 今回はこの程度で済ませてやってるが、もし俺に復讐しようってんなら───」
「今度こそ、叩き潰す」
今までとは全く異なった雰囲気を醸し出す湊。かつて一度、美咲の前で見せたのと同等のもの。
五人は首筋にナイフでも当てられているかの様な途轍もない悪寒が背筋を走った。もう首を縦に振ることすら出来なかった。もし振れば殺されてしまいそうで。
「おい、新庄。行くぞ」
これでもう話は終わり。十分脅しも効いただろう。もう誰かに手出しする勇気すらないはずだ。勿論湊にも。
「………」
「おいっ!」
「は……! はい!」
どうやら、新庄も湊の雰囲気に当てられていた様だ。はっとして我に帰った。
こうして二人は、まだ呆然としている五人に背を向け、旧校舎から出た。




