第一話 最悪の出逢い
空はもう暗くなり出していた。
時間にして午後6時半。
「ちょっと……頑張り過ぎたかな……」
姫百合美咲は生徒会室の鍵を閉め、職員室に鍵を返し階段をふらふらした足取りで降りる。
彼女は今日は朝から少し体調が優れなかった。だが、学校は休みたくなかった。もうすぐ定期テストで、前回、つまり1年の最後の定期テストで学年1位を取り、その成績をキープしたくて授業を受けたかったのだ。
そして、生徒会の仕事が忙しいのも理由のひとつだった。テストが終われば体育祭が待っているのだ。だから、生徒会はその準備に追われている。
生徒会は人数が少なくて1人休むとそれだけ他の役員に迷惑をかけてしまうのだ。
美咲は体調が悪いことは誰にも言わず、その素振りすら見せず(見せてしまうと心配されて授業を欠席することになるかもしれないため)、なんとか授業を乗りきり、放課後になった。
結局、生徒会役員にも体調が悪いことを言わず、生徒会の活動が終わる6時まで仕事をこなすどころか、役員が帰った後も1人で活動を続けたのだ。
美咲はふらふらする頭を押さえながら、一段一段ゆっくりと降りて行く。
そして、最後の一段を降りようとした時、油断してしまったのか、後ろの足を踏み外してしまった。
「きゃっ!?」
最後の一段を降りようとして右足を前に出していために前屈みになっていた時に後ろに残っていた左足を踏み外してしまったのだ。体重が前に載っていたのが一転、後ろに載ってしまったのだ。
常時なら対応出来ていたかもしれない。たが、今は体調不良+働き過ぎだ。対応出来ようはずもなかった。
つまり、このままでは前に向いたまま後ろへと倒れ、頭を階段の角へとぶつけてしまう。
しかし、美咲にはどうすることも出来ない。
彼女は反射的に目を瞑った。
──ぶつかる!
が、妙だ。階段の角へとぶつかったなら痛いはず。だが、ふわっとして柔らかかったのだ。
「……?」
目をおそるおそる開けてみる。すると、美咲の身体の左側に男子生徒が立っていた。その生徒が右手で美咲の頭を支えていたのだ。
後ろへと倒れたから自然、少し上向きになっていたので背の高い彼の顔を見ることが出来た。茶色がかった髪は寝かせられ、黒縁の眼鏡をかけていた。
「あ、ありがとう……」
美咲は助けられたことを理解して、男子生徒に向かって礼を言った。が、
「あんた、バカじゃねえの?」
男子生徒は礼を言われて、美咲に向かっていきなりそう言った。
「な……ッ!?」
頭をぶつけそうになるところを助けてもらい感謝の言葉を言った直後にこれだ。
美咲は何か言おうとしたが、体調不良だからか頭が回らず、何を言えばいいのか分からなかった。結果、口をぱくぱくするのだった。
「ぶっ倒れそうになるまで生徒会の仕事するなんてな。そんなに生徒会の仕事楽しいか?」
男子生徒はそんなことを口走ってきた。
美咲は頭を起こしてよろけながらも自分の足できちんと立ち、少し冷静になる。
「キミ、さっきからなんなの? それにあなた……」
すると美咲は男子生徒の胸元を見る。彼女の目線の先には、彼が巻いているネクタイのピンがある。その色は茶色。
「やっぱり、あなた1年生ね! 言葉に気を付けなさい!」
桜ヶ丘高校の学年を見分けるにはネクタイピンの色で識別する。1年が茶色、2年が青色、3年が赤色だ。
「あーはいはい。で、そんな身体で帰れんの?」
全然分かっていなかった。
「か、帰れるわよ……このくらい……」
「全然そうは見えないな」
美咲は肩で息をしていて、今にも倒れそうだった。実はこうして立っているのも辛いのだ。
「保健室寄って行けば? 空いてるかは分からないが」
「だ、大丈夫だって…言ってるでしょ……、うるさいわね……」
そう言った瞬間だった。
頭が今以上にくらくらして平衡感覚を失ってしまい、前に倒れそうになる。そこを男子生徒が軽く抱き抱え倒れないようにする。
「ほら、言っただろ。大人しく俺の言うこと聞いとけよ」
彼女は彼の胸で小さく頷いたのだった。