第二話 ファミレスにて
「えっと……、何やってんの? お前ら」
「見れば分かるでしょ。トランプよ。あ、美咲、おつかれ」
「いや、それは分かるが……、うちの学校の男どもが見たら泣くぞ」
美咲と学校を出て、二人と待ち合わせ場所だったファミレスに着くと、その二人は席でダラーンと机にもたれ掛かり、コップを傾けて飲み物にストローで息を吹き掛け、ブクブクブクと泡を出しながらトランプをしていた。そのだらしのない姿に二人の上品さがもったいないと思ったのだ。
「なんでうちの高校の男子が泣くのよ」
まあ、理想と現実は違うということだ。上品さを求めていた男もいただろうに。こんな姿を見たら幻滅するかもしれない。いや、これはこれで可愛いと思うのだろうか。こういうギャップとか、だらしなさとかに胸がキュンっとするものなのだろうか。もっとも、湊にはそういう経験がないので全くわからないし、今の彼女たちのことを見ても何とも思わなかったが。
「いや、なんでもない」
とりあえず話を変える。
「それにしても……、せっかく俺がここまでの道のりを目立たないようにして来たっていうのに、二人は呑気にトランプか」
そう。
湊は美咲をここまで送ってくるとは言ったが、やはり目立つのは嫌だったので、人通りの多い正門ではなくて裏門を出て、さらにまた人通りの少ない路地裏を通ってこのファミレスまで来たのだ。
途中美咲が、
『そーーーっんなに、わたしと一緒に居るの見られたくないわけ!!?』
と、怒ったのだが、
『ああ』
たった一言だけそう言うと、美咲は頬を膨らまし不貞腐れ、数分間口を利いてくれなかった。
「だって暇だったんだもん……、ふふん、ゆい。今度こそわたしの勝ちよ! ストレートぉ!」
「……フルハウス」
「えっ!?」
完全に勝ちを確信していて、勝利宣言までしたのに、ゆいがその上をいって驚きに目を開き、ゆいの出したカードを見たが、嘘でないことが分かり愕然とする玲奈。また勝てなかった……、と言ってから二人も席につくように促した。
「いや、もう結構遅い時間だろ。いいのか?」
「少しくらい大丈夫よ。ね?」
美咲もゆいも同意した。
「そうか」
湊が頷くと、先に美咲がゆいの隣に座った。湊は席に着かずに美咲の方に視線を向ける。
「姫百合、水いるか?」
「い、いいよ! 自分で汲みに行くから!」
「俺がどうせ汲みに行くんだ。お前は座ってろ」
「え……、でも……」
「いいから」
「……じゃあ、お願いします」
水を取りに背を向けた。
その二人のやり取りを見ていた玲奈が、
「ねえ美咲。九条くんと何かあった?」
「えっ!? ななななんで!?」
「いや、九条くん、さっき美咲のこと『姫百合』って言ったでしょ。この前まで『副会長』って呼んでたじゃない。私なんてフルネームよ、フルネーム。同い年くらいの男の子にフルネームで呼ばれたのなんて初めてだわ」
「ッ!? た、たまにはそう言う時もあるんじゃないかな!?」
「ねえ、ゆいもそう思わない?」
「うーん……、わたしは普通に『瀬川』だよ?」
「えっ、うそ!? なんで私だけ!?」
「さあ?」
酷い!っと玲奈は唇を尖らして、
「でも、やっぱりなんだか親密度上がってない?」
「それはわたしも同感」
「そ、そんなこともないと思うけどっ……!」
「色仕掛けでもしたの?」
「なっ!?」
ボッとリンゴのように美咲の顔が赤くなった。
「するわけないでしょ……!?」
「そうよね。美咲がそんな高等テク出来るわけないわよね」
「むっ……」
否定したいが確かに自分ではそんなことできない自信がある。そもそも美咲は自分の身体に少し自信がない。胸は一応Cカップだがギリギリで、ほとんどBカップなのでそれほど大きくないし、肌は白いが艶やかな肌をしているわけでもない。自分よりかは断然に玲奈の方が色っぽいのだ。胸も今Eカップだと言っていたが、まだ大きくなっているらしいし、肌だって自分より艶やかで、髪も真っ黒で綺麗だ。そういうところは本当に羨ましく思っている。
「なら……、スキンシップとか……?」
ビクッと美咲の身体が跳ねた。
「えっ……、うそ? ほんとに……?」
「そ、そんなこと、すすすするわけないでしょう!?」
「わーお、びっくり」
「──なにがびっくりなんだ?」
「く、九条くん!?」
どうやら、水を取って戻ってきたみたいだ。両手に水を持っている。
「ほら」
「あ、ありがとう……」
玲奈の横に腰を下ろし水を飲むと、訝しむような表情で美咲を見た。ずいぶんと美咲が大人しいのだ。
「どうしたんだ、お前。借りてきた猫みたいに」
美咲は、スキンシップという言葉を聞かれたのではないかと思って、俯いて水をちょびちょび飲んでいる。
「それに顔も赤いな。また熱でもあるのか?」
「九条くん、あれはね。熱のせいじゃなくて照れのせいよ」
「ちょ……!」
「照れ? なんでだ?」
「さっきの話、どこから聞いてたの?」
「聞くもなにも、『びっくり』しか聞こえなかったが」
「そう……、だってさ美咲」
それを聞いて、ホッとした。もし聞かれていたら、自分から抱き締めたことを思い出されるかもしれないと思ったからだ。今思ったら、本当に恥ずかしい。よく自分から出来たものだと思う。
「なんの話をしてたんだ?」
「ちょっとねぇ」
意外なことに玲奈はこの話で美咲や湊をからかわなかった。おそらくだが、湊と別れてからじっくり聞くつもりなのだろう。
「そういえば、九条くんって体育祭の種目何に出るの?」
この話はこれで終わりと、玲奈が話題をもうすぐ開催される体育祭に持っていった。
「何も出ないな」
「うわぁ、相変わらず不真面目ね」
「え、でも、クラスで強制のやつあるよ」
「そうなのか? まあ、どのみち体育祭の日は休もうと思ってるからな」
湊が肩を竦めながら、何気なく呟いた言葉を美咲は聞き逃さなかった。
「それはダメよ!」
机をバタンと叩いて、美咲が身体を机に乗り出すようにして抗議する。
「せっかくの体育祭よ! 体育祭でみんな一致団結して、友達になる子だっているんだから!」
「いや、友達とかいらねぇし。それにどうせ暇だろ? だったらバイトとか入れた方が有意義だ」
「暇にならないようにわたしたちが頑張っているのよ! キミのような不真面目な子でも来てもらえるように!!」
「いや、俺が出たところで逆にクラスのムード悪くするかもしれないし」
「ダメです、来なさい!」
「だが……」
湊が美咲の勢いに呑まれながらも、なおも食い下がろうとする。だが玲奈が、苦笑いしながら二人の会話に割って入る。
「諦めなさい九条くん。こうなった美咲はもう無理」
その玲奈の、アドバイス?が正しいとでもいうように、さらに美咲から追い討ちがかかる。
「九条くん、家の場所教えて」
「なんで……」
もう嫌な予感しかしない。頬が引き攣る。
「当日、きちんと来てもらうためです。家まで迎えに行きますから」
「分かった! 分かったから! 行きますから!」
「ほんと……?」
ジーと胡乱な眼差しを湊に向ける。
「ほんとだって……」
「怪しいなー」
「あーもう! 分かったよ! お前もう家に来い!」
頭を掻いて、乱暴な口調で告げる。そこには多分に自棄が入っていたが……。
「ふふっ」
その二人のやりとりを見ていた玲奈が笑みを溢して湊を見る。
「美咲には頭が上がらないんだね」
湊は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そんなんじゃねーよ。しつこいのは面倒なんだよ」
「へー」
と、ニヤニヤしながら言葉を返す。
湊は舌打ちをした。
「おい、副会長。今日は家まで送ってやるから俺ん家寄って帰れ。少し遠いが我慢しろ」
「えっ? いいの?」
「いいもなにも、お前から言い出したんだろう」
「そうだけど……」
面倒ごとを嫌う湊がそんな面倒くさいことをするのかと思ったのだが、送ってもらって家まで教えてくれるというのならありがたい。
「分かった。じゃあ、お願い」
「ああ」
「なら私たちも九条くん家行く。キミが美咲と一緒に帰れって言ったんだがら文句ないよね?」
「……ああ」
正論すぎてぐうの音も出なかった。渋々頷く。
「じゃあ、もう帰るぞ。そろそろ帰らないと遅くなる」
湊はスマホで時刻を確認して席を立った。湊が少し席から離れたのを確認すると、
「良かったじゃない、美咲」
玲奈が耳打ちする。
「な、何がよ……」
美咲も小声で聞き返す。
「こんなに早く九条くんの家知ることが出来るなんてさ。なんだかんだ言って、美咲もやり手ね」
「ちょっ…! 別にそんなんじゃないわよ!」
もう…、と頰を膨らませながら、耳元まで近づいていた玲奈を軽く押しのける。すると先に行っていた湊が振り返り、
「おい。何やってんだ。早く行くぞ」
「は、はいはーい。すぐ行くよー」
湊の急かす言葉を聞くと、慌てたように美咲の背中を押した。
「さ、行きましょう」
美咲は玲奈の顔を見て、
「うん!」
満面の笑みで頷き、小走りに湊の横へと並び、笑いかける。
「なんだよ」
「ううん。何でもないよー」
ふふっと笑う。
その美咲の一部始終を見ていた玲奈はというと、
「か、可愛い……!」
「うん、可愛かった」
ゆいも同意する。
「はっ! しまった! 写真撮ってない!」
「大丈夫だよ。わたしが撮ってるから」
ゆいがサムズアップして、その撮った写真を玲奈に見せる。そこには湊に笑いかけた美咲の笑顔が映っていた。
「や、やばい。……可愛すぎ。ゆい、今すぐ送って。携帯の背景にするから」
「ん」
ゆいがその写真を玲奈に送る。写真を送られた玲奈は嬉しさのあまり、「キャー」とその写真を見ながら飛び跳ねている。が、再度湊からの呼び声に我に返る。
「は、はいはーい!」
慌てて二人が湊と美咲のもとへ行く。そのまま、玲奈とゆいが飲んでいたドリンク代をレジで支払い、四人はファミレスから出て行った。




