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ミナトとミサキ   作者: トマトケチャップ
第二章 遥かな高みへ
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第一話 キミのそばに

 チャイムの音がテストの終了を告げる。


「はーい、お疲れさま。解答用紙後ろから回してー。これで試験の全ての日程が終了なので、下校する人は順次帰ってね」


 九条湊の担任兼今回の試験官である、女の先生がそう締め括った。


 彼のクラスメイトたちは解答用紙を回し終えると友達と話したり、伸びをしたりしている。だが、湊はそんな話をする友達はおらず──欲しいともいまだに思っていないが──、ただこれからのことを考えて窓の外を眺めながら、憂鬱になるのだった。


 今日が試験最終日、つまり今日から学校の活動が再開するのだ。それは、生徒会も同じ。昨日の晩、姫百合美咲から連絡が入っているので間違いない。


(六時まで暇だな)


 美咲から連絡が入ったときに、六時に生徒会が終わるということも聞いた。


(屋上行って寝るか)


 することもないし、それしか湊の中には選択肢がなかった。


 とりあえず、美咲に『終わったら屋上まで来てくれ』という連絡を入れ、教室を後にした。




⚫️




 こんなに胸が踊ることが今までに有っただろうか?


 生徒会が終わることを今か今かと待ち続けている。もちろん、きちんと仕事はしている。むしろ、今までにないくらい順調だ。


 それを不思議に思った、高見沙弥がどうかしたのかと聞いてきたほどだ。


 美咲は、


『えっ!? ななななんでもないよ!?』


 と、上擦って答えてしまったが。


 高見は、絶対に何かあったと確信したが、これ以上追求はしなかった。美咲からしてもその方がありがたい。


「今日はテストもありましたから、そろそろ終わりますか?」


 まだ六時までには少し早いが生徒会長がそう切り出した。


「そうですね」


 美咲には異論がなかったので頷いた。他の三人の役員たちも皆一様に頷いている。


「では今日はここまでにしましょう」


 パンっと手を叩く。それが、終了の合図となった。


 荷物を整理し、ガガガとイスから立ち上がり、役員たちが生徒会室から順々に出ていく。


「会長、沙弥ちゃん、鍵はわたしが返しておくのでお先にどうぞ」

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」

「いつもごめんね……」

「ううん。いいの」

「それでは、また明日」

「バイバイ」

「はい、お疲れさまです」


 一礼して、会長と高見は生徒会室から出ていった。二人は家が近く、中学の時も生徒会で同じだったらしい。だから仲が良く、いつも二人で帰っている。


「いつも二人……か」


 自分もこれからは生徒会があるときは湊と二人で帰れる……。そう思い、ポッと顔を赤くし、すぐさま首をブンブン横に振る。


(途中までだよ! 途中まで一緒にいてくれるだけ! 勘違いしたらダメなんだから!)


 だけど、それでも嬉しい。途中まででも湊と一緒に帰れるのは。そこは本当に、玲奈に感謝しなければならない。絶対に自分だったら言い出せなかった。


(少し早いけど、構わないよね。どうせまた寝てるんだろうし)


 クスッと湊が寝てる姿を想像し笑みが溢れた。




 生徒会室を後にして、職員室に鍵を返しに行き、屋上に向かえば向かうほど、美咲の鼓動は速くなる。いつも通り屋上に向かうだけなのに、いつもとは全然違う。


 でも、それでも、胸は踊り出す。経験したことのない感情。いったいこの気持ちは何だというのか、どうしてこういう気持ちになるのだろうか。彼のことが気になってしかたがない。


 なぜか。


 それはなんとなく分かる。彼が普通の男とは違うからだ。自分に対してなんとも思っていない。それはそれでちょっとイラッとするが、それでも自分に対してなんとも思っていない異性は、彼がおそらく初めてで気になるのだ。


 それと、この前のこともある。初めて異性に助けを求め、そしてあんなにもカッコいい姿を見せられた。これは誰だって来るものがあるだろう。


(このまま九条くんに会ったら、心臓の音聞かれちゃう……)


 落ち着かなきゃ……。そう思い、屋上の扉の前で深呼吸する。


 すーはーすーはー。


「…………」


 よしっと頷く。少しは落ち着いただろう。心臓の音も小さくなっている。これなら、湊に会っても大丈夫なはずだ。


 ドアノブを回して、ギィーと扉を押す。屋上から流れ込んでくる風が、美咲の長い髪を靡かせる。視界に湊は映らないが、どうせいつものように端に居るのだろうと、視線を右にやる。


(やっぱり……)


 クスッとまた笑いが溢れた。予想通り、カバンを枕にして横になっていた。


 そっと近付く。寝るなら当然だが、眼鏡は外していた。これで見るのは二回目になるが、美咲たち三人がモデルと勘違いしてしまうくらい整った顔立ちにドキッとしてしまう。だがこれも湊だからだ。他の男で湊くらい顔が整っていても何とも思わなかったはずだ。


「九条くん、起きて」


 もう少し寝顔を見ていたかったが、その欲求を押さえつけて、スースーと眠る湊の横に膝をつけて、肩をそっと揺する。


 湊の瞼がゆっくりと持ち上がる。


「あや……せ……?」


 湊がそう呟くと、身体を起こし、突然美咲を抱き締めた。


(えっ!? ちょ、九条くん!?)


 声にすらならないほど突然のことに驚愕する。


「すまない……。結局俺は、お前も大和も助けられなかった……。恨んでるよな……。許してくれなんて言わない。俺が弱かったのが全部悪いんだ。俺が弱かったから、お前まで巻き込んじまった……。すまない……」


 泣きそうなくらいに、か細い声だった。最後にギュッと美咲を抱き締める。


 美咲は最初こそ驚いたが、今まで一定以上は踏み込んでこず、湊のことがよく分からなかったが、彼が初めて見せた心の内、その弱さを見て落ち着きを取り戻し、そっと頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。


「わたしには分からないけど、九条くんが全部悪い、なんてことはないと思うよ。それに、あやせさんも九条くんのことは恨んでないよ、きっと。大丈夫だよ。わたしが保証してあげる」

「そうか…………って!」


 湊はガバッと抱き締めていた手を離し、美咲から離れる。そして、美咲の顔を驚きながらその瞳に映した。


「ひめっ……!」

「おはよう。九条くん」


 美咲は笑顔で挨拶をする。湊はばつの悪そうな顔で尋ねる。


「俺、なんか言った……?」

「うーん……、言ってないって言えば嘘になるね」

「いや、分かってる。何を言ったのかも……。……忘れてくれ……」


 湊は溜め息を吐いた。美咲は首を横に振る。


「忘れないよ」

「頼むから……」

「忘れない」

「おいっ……!」


 湊が美咲に出会ってから初めて、彼女に怒鳴った。


 それでも、美咲は、首を横に振る。


「だって……、もしわたしが忘れちゃったりしたら、九条くんがまた一人で、辛いこと、苦しいこと抱え込むんでしょう? だったらわたしは忘れない。……九条くん……」


 今度は美咲から湊を優しく抱き締める。


「人は一人では生きていけないんだよ? 誰かに支えられながら生きていくの。だからね、九条くん……。もう一人で抱え込まないで? わたしがいる。ううん、わたしだけじゃない。玲奈だって、ゆいだっている。辛いなら……、苦しいなら、わたしたちが九条くんを支えるから。だから……、一緒に立って歩こうよ」

「そんなことは分かってる!! 俺は弱いッ……! 守りたい奴も守れないくらいに! だけど、だから俺は……、失うくらいなら一人で生きて行きたいんだッ!!」


 美咲は湊の頭を自分の胸に押し当て、今にも泣きそうな子どもを落ち着かせるように、心まで浸透していくように澄んだ声音で呟く。


「そんなことないよ。九条くんはわたしのこと守ってくれたじゃない。大丈夫……、わたしはどこにも行かないよ。キミのそばにいる。それでも一人で生きたいのなら……わたしはキミを離さない」


 そこまでの言葉を美咲が紡ぐと、湊はまた溜め息を吐く。


「分かったから……、離してくれ」

「あ……、う、うん」


 自分から抱き締めておいて、今更ながら自分が何をしたかが分かり、頬を少し朱に染めた。


 湊は頭を掻いて、


「くそっ……、またアンタに説教食らうとはな……」

「また……?」

「いや、何でもない……。さて」


 立ち上がり、座っている美咲に手を伸ばす。


「ありがとう……、きゃっ!」


 湊の手を取り、立ち上がろうとしたが、湊が思いっきり引っ張ったせいで、湊の胸に飛び込んでしまった。そして、湊はそっと抱き締め、耳元で囁く。


「ありがとな、姫百合」


 それだけ言うと美咲を解放しカバンを拾い上げる。


「じゃあ帰るか」


 コクッと美咲は頷いたが、そこから顔を上げることができない。おそらく今、耳まで真っ赤になっているに違いない。そう思うと、恥ずかしくて顔を上げられないのだ。


「おい、何やってんだよ。置いてくぞ」

「ちょ、ちょっと中で待ってて、すぐに行くから!」

「はあ? まあいいけど。早く来いよ」


 ガチャッという音とともに湊は消えていった。


 美咲は深呼吸するが、まだ顔が火照っているのが分かる。一、二分、落ち着くまで深呼吸して、やっと火照りが気にならなくなった。それから、美咲も荷物を持って、湊の元へと歩いた。

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