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ミナトとミサキ   作者: トマトケチャップ
第一章 出逢い
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第十話 消えない過去

 土砂降りの雨の中、傘も差さず、ずぶ濡れになりながら抱きしめ合う二人の影があった。その二人の顔には雨以外のものによっても濡れていた。


「辛かった……。苦しかった! お兄ちゃんがもう戻ってこないんじゃないかって! 小雪の知ってるお兄ちゃんがいなくなるんじゃないかって!」

「うん……」

「小雪、頑張ったんだよ……? それでも何もできなくて、何も変わらなくて! 足掻いて足掻いて、でも『お前には関係ない』って言われて……、すごく辛かった!!」

「本当に、悪かったと思ってる」


 抱きしめ合う兄妹のうち、妹は泣きながら自分の思いを初めて告白し、兄は肩を震わせながらその思いを聞く。


「ばか……、ばかばかぁ……!」

「ああ……、俺はバカだ。すまない。もうお前を悲しませたりなんか絶対しない」


 そう口にし、強く抱きしめた。


 しばらく二人は何も言わず雨に打たれていた。


「そろそろ帰ろう。風邪引く。話しは家に帰ってからにしよう」


 何秒間、いや何分間黙ったまま抱き合っていたのかは分からないが、兄が言葉を発した。妹はコクンと頷く。それが分かり、「よし」と言って、兄は腕をほどき妹から離れた。


 兄は右手に持っていた折り畳み式の傘を開く。


「それ、どうしたの?」

「ちょっと、な」


 ばつの悪そうな顔をしながらそう言って、兄は手招きし妹を中に入れる。そのまま二人並んで家へと歩き出した。


 雨の中でも傘に描かれた花はよく映えていた。





⚫️





「うっ……」


 ぼんやりとした視界に眩しい電気の光が映り、瞳を刺激する。だんだん視界がクリアになっていき、脳も覚醒し、湊は状況を理解した。


「……寝てたのか」


 どうやらソファーで寝ていたらしい。


 近くに置いてあったスマホを開き、時刻を確認する。六時三十分と表示されていた。


「二時間くらいか」


 それにしても、と呟いて、


「また懐かしい夢を……」


 昼寝で睡眠が浅かったせいか、夢を見た。中学の時の夢だ。


「まあ、なんとなく理由は分かるが……」


 はあ、と溜め息を吐く。中学の時以来、過去の夢なんて見ていなかったのだが、久し振りに見てしまった。


 その夢はまだ鮮明に覚えている。


「……恥ずいな」


 過去、自分が行った行為とはいえ、土砂降りの雨の中、妹と強く抱きしめ合うのは今思えば少し羞恥心を覚える。まあ、そのくらい当時は必死だったのだ。


 湊は頭を一度手で掻いて、ソファーから体を起こし、顔を洗うため洗面台へと向かう。顔を洗う時、一年中冷水で洗うのだが、目が覚めてスッキリし気持ちいい。


 冷水で顔を洗い終え、タオルで顔を拭いてから鏡を見て気が付いた。


「制服のまま寝たんだな……。そんなに疲れることあったか……?」


 ふと、今日の昼のことを思い出す。三人の女の先輩が急に屋上に来て、無理やり一緒に食べさせられた。もっとも、湊は昼飯はもう終わっていたのだが……。そのまま予鈴がなるまでずっと居座られた。


 そのことを思い出して、少しイラっとした。特に髪が黒くて一番背の高いやつに対して。


 はあ、とまた溜め息を吐く。


 そして吐いた瞬間に、今日何度目だよと自分を罵り、またしても溜め息を吐きそうになって、それは我慢し洗面所を出た。


 だが、出た瞬間に湊は眉を寄せることになった。スマホが鳴っていることに気付いたからだ。


「いったい誰だ……」


 候補は三つ。


 一つ目は妹。だが、妹では恐らくない。こんな時間に電話してきたことがない。では、二つ目のバイト先。しかし、これもないだろう。今まで電話がかかってきたことがないからだ。まあ、どちらとも今日が初めてという可能性が無きにしもあらずだが。そして、三つ目にして、これが最も可能性が高いが、今日連絡先を交換したあの三人だ。


 湊は携帯が置いてあるソファーに足を向ける。携帯には【姫百合美咲】と表示されていた。 このまま切ってやろうか、本気でそう考えた。けど、もしかしたら一大事なのかもしれないと思い止める。


 電話に出る。


「いったいなんの──」


『助けて、九条くん!』


────助けて、湊!


「……ッ!」


 電話越しの耳を刺すような声が頭に反響し、湊は思わず顔を歪め、携帯を持っていない左手で頭を押さえた。


 その声が過去の記憶の一部を鮮明に切り取った。


 こちらに手を伸ばす少女。その少女を暗闇へと引きずり込もうとし、下卑た笑みを浮かべる数人の男たち。少女を助けようとして無念にも殴られる男。そして、少女の伸ばされた手を掴もうと手をほんの少し動かし、諦め呆然とする湊。


 その情景が湊の気持ちを変えさせた。


「どうした?」

『男の人たちが後ろからずっとついてくるの! 逃げてもだめで……。わ、わたし怖くて……!』


 声が震えてる。泣いているのか。


 だが、それも当然かもしれない。女の子なら誰だって知らないやつらに追いかけられたら怖いだろう。ましてや、今は六時半だ。外はもう暗いだろう。


「れっきとしたストーカーだな……。……そうか、よく頑張った。ずくに行く。今どこだ?」

『それが……、分からないの。無闇矢鱈に走ってたから』

「周りに目印とかないのか? とにかく、今いる場所が分かればそれでいい」

『……、いち……う』


 美咲の声はすごく小さくて聞き取ることができなかった。


「なんて?」

『位置情報!』

「位置情報……? まあいい。場所が分かるならそれで」

『うん……』

「じゃあ切るぞ。待ってろ。それとも電話してた方がいいか?」

『ううん、……大丈夫』

「よし、また後でな」


 耳から携帯を離し、電話を切る。湊はそのまま左手を強く握り、ドンッと大きな音が出るくらい思いっきり壁を叩いた。


「女々しいんだよ……! 乗り越えてなんかねぇじゃねぇか!! クソが!! 何が乗り越えた、だ! いつまで何も出来なかったときの事をネチネチ引きずってんだよ!」


 湊は自分自身に憎悪を向け、その感情を吐き出すように叫ぶ。


「だから俺は俺が嫌いなんだ。女々しくて、弱くて、カッコ悪くて。本当に自分が嫌になる」


 そう言って自暴自棄になっていると、


 ピロリン。


 携帯の着信音が鳴った。美咲からだ。おそらく、さっき言っていた位置情報だろう。地図が載っている。その地図の真ん中に矢印みたいなものがあった。


「ちっ」


 思わず湊は舌打ちをしてしまった。結構遠かったからだ。自転車があれば良かったんだがと思うが、生憎と持ち合わせていない。


 とにかく、すぐに出なければ。約束してしまったのだ。すぐに行くと。制服のままだが、仕方ないと思う。着替えている時間はないのだ。



 携帯を握りしめたまま、湊は玄関に足を向けた。



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