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1.存在証明

 俺の妹は、すべてのことにおいて完璧だった。俺と同い年なのにも関わらず、料理や洗濯の家事もこなせ、男の俺よりも運動が出来たり、学校の成績も常にトップ。それでいて人当たりもよく明るい性格で、いつも周りに友人がいたし、近所付き合いも良好、誰からも好かれるような非の打ちどころのない女の子。もちろん身内補正が全くないとも言い切れないが、運動も勉強も普通以上、何事もそつなくこなすことはできるがそこまで役にはたたない、いわゆる器用貧乏と呼ばれるような俺から見たら。まさに天才とでも言えるような女の子だった。



「にいさん、今日のごはんはなににしたらいいですかね? そうだ! 佳代さんの好きなカルボナーラでも作ってみましょうか! どうです? 異論はありませんかっ?」



 何故か嬉しそうに俺の隣を歩く湊は、そんなことを聞いてきた。



「いいんじゃないかな? 佳代さん最近仕事で疲れてたみたいだし」


「ですよねー、最近心配だったんですよー、あの人、帰ってくるなり上司の愚痴を言いながらお酒ばっか飲んでるんですもん」



 そう他愛のない話をしながら大切な妹と歩く、春の暖かい日差しが差す昼下がり、急に彼女が立ち止まったかと思うと、俺のパーカーの袖を引っ張ってきた。



「あっ、にいさん見てください!! あそこでソフトクリームが売ってますよ!」



 そう彼女が指を差す方向を見てみると、なるほど、確かにケーキ屋さんがソフトクリームの店頭販売を行っていた。時期的にはかなり早い気がするけどな。



「ああ、ほんとだ、……え? なんだよあれ、酢昆布味って書いてあるんですけど湊さん」


「こうやってどうしても気になってしまう味で売りだすなんて、お店側もずるいことしますよね……」


「いや、さすがにあれはたとえ気になったとしても買う奴なんて――」


「ここにいるんじゃないんですか、ねっ!」


「あ、おいちょっとまてっ!」



 と言って湊は俺が止める間もなく彼女の綺麗な黒髪を風になびかせ走り出していた。俺の妹は高校生になっても全然変わらないらしい。仕方なく俺はここで湊を待っていることにした。

 


 しばらくして湊が戻ってくると、その手には見るだけで食欲をなくしそうな緑色のうずまきが二つ、握られていた。彼女は無言で片方を差し出してきていたので俺は顔に笑顔を張り付けたままその緑色を受け取ろうと手を伸ばす――――ふりをして全力で逃げ出した。



「すまん湊っ! 俺にはどうしても無理だっ!」


「あ、ちょっとにいさんっ!?」



 俺が急に逃げたからなのか湊は若干慌てていた、しかし彼女は運動神経は俺より格段に上だ、たとえアイスで両手がふさがっていたとしても簡単に追いつかれるだろう。ならば彼女が慌てている隙に距離をとって物陰に身を潜めることが最善だと思われる。なんとしても俺はあの緑の悪魔が完全に溶けるまで逃げ切らなければならない。




「この辺かな、っと」



 しばらく走って疲れた俺はいい感じに隠れられそうな裏路地へ逃げ込んだ。荷物持ちの件に関してはまた後で湊の携帯に連絡して合流すればいいだろう。

 二、三分経って吐く息も落ち着いたころ、壁の陰から辺りを見渡してみた、すると遠くから黒髪の女の子が走りながらこちらへ向かって近づいてきているのが確認できた。手には緑色の……おお、神よ。



「諦める、か……?」



 なんかもう隠れていても見つかる気しかしない。素直にあの悪魔を食すとしようか……。俺観念して両手を上げ、降参の意を示しながら表通りに姿を見せることにした。



「はいはい、兄さんの負けです、俺は素直にそいつを食すことに決めまし――」


「ちょ、ちょっと待って止まらないってぇーいっ!!」



 湊の走るスピードが俺の思っていたより早かったのと、相手も、自分の兄がそんなところから出てくるとは思っていなかったらしく、急に減速できなかったこともあってか、俺たちは派手にぶつかってしまった。



「兄さん、大丈夫ですか……?」


「うん、やっぱまずいわ」



 湊が手に持っていた例のアイスは見事に二つとも俺の顔に直撃していた。わずかな酸味の後にくる変に甘ったるい味はどう頑張っても俺は好きにはなれそうにないと思う。それを見た湊はまるで何とも思わない様子で、俺の顔にべったりついたアイスを小さな舌を出してちろっとなめた。



「んー、私は嫌いじゃないですかねー」


「……なにしてんの?」


「いや、その。私が買ったのににいさんだけ食べるなんてずるいじゃないですか」



 どうやら湊は自分のしたことの恥ずかしさを認識したらしい。普段は雪のように白い肌がわずかに紅潮していた。やめてくれこっちも恥ずかしくなってくる。



「ま、まあこれは――――」



 と俺がそこまで言いかけたところで俺の目はある光景を映し出していた。それはまるで言うことを聞かなくなったかのような速度でまっすぐこちらへ向かってきている鉄の塊だった。急展開過ぎないですかこれ、相手が妹だったとはいえさっきの甘い雰囲気を返してください神様。



「どうかしたんですか? にいさん?}



 湊が不思議そうな顔でこちらを見上げてきていた。早くこの場所から逃げないと俺たちは兄妹共々天国行きだ、なんとしてもそれだけは避けたい。



「湊ッ! 早く立ってここから離れろッ!」


「えっ!? なんですかどうしたんですかっ!?」



 彼女はまだ俺たちの置かれた状況を理解していないようだった。それに二人ともぶつかって転んだままの体勢で、湊が俺の上に乗ってる状態だったので、俺がなんとかしようにもうまく体を動かせない。



「後ろだ! 後ろを見てくれ!!」


「うしろ? …………ッ!?」



 湊が気付いた時にはもう遅かった。目の前には制御を失ったトラックが今まさに俺たちにぶつかろうとこちらへ迫ってきているところだったのだ。



「悪いな湊ッ!」



 俺は思い切り彼女を真横に突き飛ばした。体勢的に無理があるとは思ったが、火事場の馬鹿力というやつだろうか、もともと軽かった彼女の体を、トラックの進む経路からは外す事が出来た。後は俺がどうするかだけど、はっきり言って無理そうだ。ああ、これは完全に詰んだ……。




「にいさ――――!!」



 湊が叫ぶのと同時に、俺は自分自身の頭蓋が割れる音を聞き、意識が途切れた――――――。



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