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はれがちょっと引いた辺りで、私の準備は終わった。
前日にトランクに詰めた荷物を手に、私の部屋を振り返った。
こんなに大きかったんだ、私の部屋。
すぐに散らかしてしまい、母親によく怒られた部屋。
父親の絵画好きがうつり、油絵ばかりになった部屋。
弟にクサいクサいと言われ、かなり気にした部屋。
海外の寮へ送ってしまった大きな荷物はもうない。
その隙間を、私の涙が埋めようとした。
こらえて、私の部屋だった空室を出た。
トランクを車に詰め込み、家族との最後の会話をする。
これで終わりなんだ。
そう思うと悲しくなり、私は車の中でみっともなくわんわん泣いた。
「うるさいな、もう」
そう言ってバカにした弟のリョウタは赤い目をこすり。
「そうよ、もう会えないなんてことはないんだから」
そう言って諭す母親の鼻はひどく赤くなり。
さっきから黙って運転している父親は黙って鼻をすすった。
高校へ行くために歩いた駅までの長い道のりが、今日はやけに短く感じた。
いつもおかえり、いってらっしゃい、を言ってくれた八百屋のおじちゃん。
いつも犬に吠えられ、早足で歩いた大きな和風の家。
理不尽なほど赤信号が長い、大通りの交差点。
何故かクリスマスイヴにイルミネーションが終わる大きな公園。
シャッターがおりている店の多い、駅前の大通りにそびえ立つ商店街。
ありがとう、私を育ててくれた街。
ありがとう、私を育ててくれた両親。
感謝が胸につまった。
「お父さん、お母さん、リョウタ。ありがとう」
「もう、そんなのやあねえ」
「この際もう帰ってくんなよ花姉(笑)」
「こらリョウタ!」
母親に頭をげんこつされ、弟はいじけていた。
いつも通り、優しい家族が私の目の前に広がっていた。
「じゃあね、また」
家族としばしの別れをし、私は駅へ入る。
さっき別れたばかりの私の友達たちが駅で待っていてくれた。
ユウヤの姿も、そこにあった。
「よお、花!」
「花泣かないでよ、こっちまで悲しくなっちゃう」
雪が私をぎゅっと抱いて、私の肩をそっとぬらす。
「ありがとう、みんな」
「いいってことよ!」
「そうだ、俺らからのプレゼント!」
ユウヤが、私の手を取って指輪をくれた。
耳まで真っ赤になっていたと思うけど、ユウヤの目も私の耳ぐらい赤かった。
「これ、全員でおそろいなんだ」
「みんな、これで繋がってるからね」
雪も、アキラも、さつきも。
そしてユウヤも。
右手の中指にシンプルなシルバーリングが光っていた。
私の右手の中指に、ユウヤからシルバーリングが通される。
よく見ると、「HANA」と文字が彫ってあった。
ありがとう、私の大切な友達。
ありがとう、雪。
ありがとう、アキラ。
ありがとう、さつき。
ありがとう、ユウヤ。
さっきもらったシルバーリングが、あたたかいもので濡れた。