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村娘Cの苦悩  作者: 藤魁 真
1/3

ルエ・リアスの悲劇




「増援はまだか!?」


「あと十分はかかるだそうだ」


「チッ………くたばるんじゃねーぞ水帝!」

 


ひたすら剣をふるう二人の男たちに群がるのは大量の魔物。

先程から倒しても倒しても一向に減る様子はなく、この場で戦えるのは左腕を負傷した炎帝と少女を庇いながら魔物の相手をする水帝と呼ばれた男しかもう残っていない。



頼りの援軍はまだ現れず、体力も魔力も残り僅か。

  

限界をとっくに超えたであろう二人の肉体と意識は、少女の回復魔法という名の命綱によりギリギリ繋ぎ止められている状況だった。

 


「すまない……もう少しだけ、耐えてくれ」


その命綱を手にする少女もまた、とうの昔に限界を超えて何時命を失ってもおかしくない状態にある。



絶対絶命。今の状況を一言で表すならばまさにこの言葉が当てはまるだろう。



少女が欠ければ水帝と炎帝の死は確実。

そうなれば少女も当然死は免れず、少女の住む村も村の人々もただではすまない。


そう考えると声に出して祈らずにはいられなかった。



「クソがっキリがねえなオイ!!!」


だからだろうか。

肉を断つ音を遮ってしまうような炎帝の声が酷く頼もしく感じる。


大丈夫だ、まだ戦える。

自身に暗示をかけるように言い聞かせ水帝はこちらに伸ばす魔物の手を切り落とす。

普段なら寸分の狂いもなく一撃で仕留められるであろう魔物でさえ、今の状況ではこの程度のダメージしか負わせることができない有り様だった。

 


「来たぞ水帝っ」


同時に炎帝がちらりと少女を見て剣を構え直す。

この絶望的な状況を嘲笑うかのように奴は転移してきた。



「───まだ生きていたか、人間」


一言放たれた言葉には隠すこともない嘲りの色。深く碧い奴の眼は確かに此方を捉えている。

顔色一つ変えることなく生存確認をする様はまるで御伽噺にでも登場しそうな神のようだと水帝は思った。


人間のようでいて人間でない奴は涼しげに整った顔を歪ませることなく炎帝の構える剣を掴む。赤い液体が指と指の間から滴り落ちていった。



「見りゃあ分かるだろうが魔族野郎!」


現れたのは魔族。それも人型の魔族だった。最悪だ。今までにない最悪の状況だとかしか言いようがない。



「俺の名は魔族野郎ではなくリエルだ」


「魔族で野郎なら魔族野郎で十分だろうよ…!」


魔族野郎ことリエルは挑発とも受け取れる炎帝の発言を軽く流し魔物を下がらせた。数え切れない程に姿を見せた魔物らは何事も無かったかのように離れていく。



「相手をしてやりたいのは山々だが、あいにく時間がなくてな。我々の目的はあくまであの村にある」


時間切れか。二人の脳内に死の一文字が頭を過ぎる。


「だそうだ、水帝さん。いいよな、もう」


人型(リエル)に掴まれた剣を手放すと炎帝は少女に視線を向けたまま尋ねる。表情は伺えなかった。間を置くことなく一言だけ返す。こうなってしまった以上余計な言葉は不要だろう。



「ああ、もう十分だ」


大量の魔物が視界に映らなくなる程に下がったことを確認して剣を納め地面に置いた。



「リエルさんよぉ、一つ取引しねぇか。お前さんらには悪い話じゃないぜ」

  

「貴様ら二人の命と引き換えにそこの小娘だけは見逃せとでも言いたいのか」


「ああその通りだ。こんなちんちくりんをお前さんがどうにかしたって仕方ねえだろう」


説得にも近い取引を進めようとする炎帝にではなく俯いたままの少女を見てリエルは僅かに目を細めた。



少女は無言のまま俯いたまま反応がない。

だらりとした少女の腕には微かな光さえ宿ってはおらず、魔力がほぼ尽きているとを考えると本当にもう限界の形容値を迎えたようだ。


年は13、14くらいだろうか。全体の雰囲気は魔力を使い果たし疲労困憊の状態であるからか、それよりも大人びて見える。背中辺りまで伸ばした長い青髪からして水属性の魔法が得意なのだろう。



嫁入り前の娘を巻き込んでこれか。情けない。

あらゆる感情が沸々と湧き上がるのを感じつつ、少女に労いと謝罪の言葉をかけようと水帝が屈もうとした時だった。



「小娘、お前は……」


リエルの表情が歪む。



「ああ、その声はリエルかしら」


お前は、の先は聞こえなかった。風にかき消されても可笑しくない程の細い声が耳を掠めていく。ただ、確かに少女は人型である魔族リエルの名を口にした。

ふっと浮かび上がった疑問。だが今更何故二人がどうしてと問い詰める必要はないだろう。そう、今更だ。



少女とリエル。二人が顔見知りであれば少女は死なずに済むかもしれない。それならばそんな問いは今この状況においては不必要だと判断した。たとえ、少女が魔族と通じていた罪人の疑いがあるとしてもだ。


しかし、まあ現実とやらはそんなに甘くないもので。




「なんだ、ちんちくりん。お前魔族野郎とは知り合いだったん────」 


安堵の色を浮かべる間もなく、刹那。


短刀よりも小さい鋭利な刃物が二人の右頬を掠めた。

それが一体何処から飛んできたのか理解できなかったのだろう。二人は訳が分からないと言った表情でリエルに視線を向ける。



「小娘から離れろ!!」


荒げた声が周囲に木霊した。状況を理解出来ずにいた二人は瞬時にはっと我に返る。同時に少女から放たれた刃は容赦無く彼ら利き腕を襲った。




「何故」


「ちんちくりん、お前何で今……!」


信じられない、有り得ないといった感情が剥き出しのまま二人は言われるがままに後ろに下がる。一瞬眩んだ視界にはあの少女。

少女もまたいつの間にか、立ち上がって持ち手に穴の開いた奇妙な刃物を指先で回しながら此方を見ていた。



「貴方方には消えてもらおうと思いまして」


二人を捉えたのは射ぬかんばかりに此方を見据える彼女の目。

視線を交わらせたままボソッと人に聞かせる気の無いような声で少女は衝撃的な一言を告げる。



「何故我々が君に─────なんだ、リエル」


一体何がどうなって─────。

つい先程まで続いた戦闘のことを思い返す余裕はなかった。

何故殺されなくてはならないんだ、と言いかけた水帝をリエルが右腕で制止する。


 

「小娘、お前は彼奴の家に居たな」


「はい」


リエルの問いに無表情のまま答える少女。

その表情のまま自身を睨み付ける炎帝にちらりと視線を向ける。

 


「なら話は早い。彼奴は今何処にいる」


視線をリエルに戻すと同時に二つ目の問い。

少女は二、三度リエルを見つめ、再び俯く。そして下を向いたまま意味深な言葉を返した。思考は読めない。感情さえも。その姿は人形のようだと水帝は顔をしかめた。


「そんなこと王都の皆さんなら誰でも知ってますよ」


ヒントですよ、と言わんばかりに少女は水帝と炎帝を交互に見るが、二人は互いに首を傾げながら分からないといった表情を浮かべる。



「ちんちくりんどういう意味だよ」


「そのままの意味ですよ、お二人さん。

国民が知っていて貴方方帝が知らないことなんて滅多にないでしょうに」


帝らが知っていて、国民も知っていること。

国民が知っていて、帝らも知っていること。

リエルを含む魔族らが知らずに、少女や帝らが知っていること。



「彼奴ってまさか、な」


水帝の頭に過ぎったのは一人の男の名。


「そのまさかだ水帝」


苦虫を噛み潰したような顔のリエルが少女の言葉を代弁する。


彼奴と呼ばれた男の名は“ルエ・リアス”

魔族に通じた国賊として二週間程前に捕らえられた男だった。

 


「ちんちくりんお前はルエ・リアスの」


「ええ、ルエ・リアスの愛弟子です」


緑みのかかった青い瞳が揺れる。読めない表情から一転して、その目に滲むのは憤怒の感情。

唐突な少女の告白に驚きの色はあまりにも大きく隠せない。自分で愛弟子だと言い切った少女は無表情のままリエルからの問いに答えようとゆっくり口を開いた。




「そして、私の師であるルエ・リアスは先程魔族と通じた国賊として処刑されました」


少女の口から語られた事実は嘆くようでもあり、まるで自分自身に言い聞かせるようにも聞こえる。




「先生は傷だらけで血だらけでした。

処刑する必要が無くなる程、ボロボロで衰弱していた。それなのに何故」


ぐしゃりと表情が歪む。まくしたてるように感情を吐き出すように一つ一つ言葉を紡ぐと理解に苦しむような表情を浮かべ、リエルを含めた三人を見た。



「────いや、今更話を聞いても仕方がない。

貴方方から話を聞けたとしても、私がやることは変わらないですから」


「そうか。ならさっさと殺ってくれ」


水帝は炎帝を一瞬だけ見て、口を開く。

二人には最早小娘一人に抵抗する気力さえ残っていなかった。



少女は躊躇することなく胸元から取り出した術符を片手に声を震わせる。

異変を感じ取った黒猫の如くリエルは咄嗟に反応したが、もう遅い。



「我が鮮血を贄として、術式零番【氷鎖(ひぐさり)】」


一言。たった一言と一枚の紙切れで二人の手足から体の内側に向かって氷状の鎖が蛇のように巻き付いていく。

みるみるうちに身動きが取れなくなってしまったこの姿は手枷足枷と共に生きる囚人のように感じられないこともない。



一、二、三、一瞬き、二瞬き……。

二人は十も数えない内に少女の手によって氷漬けにされた。やがて視界がゆっくりとぼやけて真っ暗になる。


「小娘、今直ぐに術を解け!!」



焦り、怒り、悲しみ、それから────。

氷越しに少女のあらゆる感情が伝播した。ありったけの声量でリエルは少女の制止を試みるが、彼の声はそれでも尚届かない。


リエルの叫びと共に二人の視界と触覚が完全に遮断された。



「ざまあみろ」


かすかに聞こえた少女の声は内容に反して酷く哀しげで。



「……何故、君まで」


漏れたのは、微かな嘆き。

飛び散った鮮血。手足に巻き付く鎖。氷漬けとなった体。

薄れゆく景色の中で二人が最後に見たのは同じ様に氷漬けになった少女の姿だった。

 


「なんてことだ……。ルエもお前も、何故」


三体の氷象は微動だにしない。


何故、何故、何故、何故、何故。

機械じかけの人形のように、ただただリエルは繰り返す。


全てを嘲るように静寂は訪れようとしていた。






─────リレット村事件。


リレット村事件とはリレット村付近で起こった前代未聞の事件。



この事件において重要人物となる少女は帝二人を氷漬けにするなどの重傷を負わせ、自らも氷漬けとなった。


当初リエルと名乗る人型の魔族が疑われたが、事件から数日後に目覚めた炎帝により、同じ様に氷漬けになっていた少女が傷を負わせたという事実が発覚する。



事件については今尚曖昧な点が多く、調査は打ち切られた為少女についても余り分かっていないが水帝は少女について次のように語っている。



「彼女が我々に武器を向け氷漬けにしたことは事実です。しかし、少女がとった行動は敵討ちのようなもの。


ルエ・リアスの刑を妥当ではないと考えている我々にとっては当然の報いであったと思っております。


その上、私と炎帝は彼女の回復魔法によって救われたにもかかわらず、“さっさと殺せ”などという心無い言葉を彼女に向かって吐きました。


それらの点を考えれば、彼女に非はあるはずもなく寧ろ我々が彼女に謝罪すべきなのです」



少女に対して厳しい声が挙がる一方で、水帝や炎帝のように彼女を擁護する声も多数挙がった。


この事件をもって魔族と人間との関係は驚く程に改善された。

両族の交流も再び再開された為、擁護する声の中には、少女と少女の師であるルエ・リアスは罪人ではなく英雄だという声も少なくはない。




この出来事は少女の師の名前をとって、後にルエ・リアスの悲劇としても語られる。



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