第二話 帰界がてらの依頼
薄汚れた雑居ビルの階段を昇り、無駄に豪華な装飾の扉を開ける。相変わらず中は閑古鳥――という訳でもなく、店の規模に相応しい喧騒に包まれていた。
耳に心地良い、小夜曲を聞きながら、カウンターに向かう。パリッ、とした黒のスーツに、つややかな黒髪が目に留まる。私はその、ホスト調の男の隣に遠慮なく座り、グラスを磨いていたバーテンに向かって軽く手を振った。
「はぁい、マスター」
「おや。これは多野本様。お久し振りでございますね」
多野本は私の偽名。ここには、私みたいな殺し屋だけじゃなく、各組織のエージェントも顔を見せる――悪の社交場とでも言うべきか。
でも名前は麟那のまま。“八割の嘘に、二割の真実”――裏社会では、基本中の基本だ。
「ええ、お久し振り。少しばかり、旅行に行っていたのよ」
こんなビルの中に存在するとは思えない程の高級バー『アレクサンドリア』 ここに通うようになって大体、半年くらいになる。
「左様でございましたか。それで、本日は如何様になさいますか」
「バカルディ・ロンにミックスパエリャの大盛、フラメンカ・エッグ。それと、タコのマリネも頂戴な」
『アレクサンドリア』は酒も中々のものを揃えているけれど、腕の良い調理人が厨房にいて、自慢の料理で私達を楽しませてくれる所でもある。
「かしこまりました。それでは、暫くお待ちくださいませ」
バカルディ・ロンのボトルとグラスを私の前に置いて、オーダーを伝えにマスターが奥に消えると、私は横でマティーニをやっている男の手を目掛けてコインを弾いた。放ったコインはカウンターでくるくると回っていた途中で、ハッシと、男の手に収められる。
「時間よ」
切れ長の目――整った顔に誂えたような黒の双眸が、私を射抜く。優男の風体でありながらその実、猛禽の爪を内に隠す、危険な男。
「晩上好、麟那。今更に過ぎますが、このような場所に来てラムを頼むのは、貴女くらいなものですよ。それと毎回、ここで食べる晩飯はいったい、その細い身体のどこに入っていっているのでしょうかね」
呆れたように言って喬司は、プラスチックの楊枝に刺さっているオリーブを齧った。
栂喬司――“和”とこの国の裏社会勢力を二分する“蟒”の幹部で、その立場を利用して依頼の仲介も行っている、やり手の日系中国人。勿論、ビジネスの関係でしかないけれど、私はこの男を気に入っている。身体を重ねたことも、一度や二度じゃない。
「私の身体は、あまり燃費が良くないの、ほっといて頂戴。それで喬司。私がいない間に何か、面白い事はあった?」
「面白い事は、特にありませんでしたね。面白いかそうでないか、はっきりしない事案は、ありますが……」
過去形じゃない、という事は、今もまだ、続いている。興味を掻き立てられた私は、本革張りの丸椅子ごと喬司に寄った。
「何があったの?」
「ええ……本来であれば、一笑に付すべき話なのですが……“蟒”のオキナワ支部近隣の共同墓地で、チャンシーを見たと、若い者が言うのですよ」
チャンシー……僵尸、か。
「なるほど。確かに、笑って切り捨てる類の話だわ。アレは“お隣”の専売特許でしょう。見間違えじゃないの?」
笑いながら私は、喬司の顔を覗き込む。けれど、彼の顔は真剣そのもので、一片の笑みも浮かんではいなかった。
「確かに、私もそう思います。しかし麟那。僵尸を見たと言う者は、ひとりやふたりに収まらないのです。それに……私の旧知に占師がいるのですが、彼女によれば、ここの所、陽の霊気が酷くざわめいている――とも」
喬司は、こういう場面で嘘や冗談を言うような人間じゃない。でも、私には、霊や術の話は解らない。そういう話があった程度に留める事にする。
「お待たせいたしました、多野本様。ミックスパエリャの大盛にフラメンカ・エッグ、タコのマリネです」
話を切り替えようとした時、ジャスト・タイミングで目の前に料理が並べられた。今日の夕食は豆腐のハンバーグだったから、このまま匂いを嗅いでいたら、今にも口から涎が垂れてしまいそう。でも、がっつくのは、淑女としては失格。
「――僵尸の話は一先ず置いておいて、お仕事の話に移りましょうか。行儀悪で申し訳ないのだけれど、食べながらでも良い?」
ムール貝の紫鮮やかな色、ぷりっぷりの海老の煮え具合。もしお預けなんて言われたら、彼を食べてやりましょう。ええ。
「はい。勿論、構いませんよ」
「悪いわね。それじゃ、遠慮なく――いただきまーす!」
やれやれ、といった様子で、マティーニのお代わりを要求する喬司を横目に私は、お待ちかね――スプーン山盛りのパエリャを口に運んだ。貝、海老、烏賊、蜊――煮汁に染み出た魚介類のエキスに、サフランの香りが口の中で混ざり合い、えもいわれぬ気分になる。堪能した所で、タコのマリネで口を直し、ロンで一気に流す。アルコール度数、四十五度の液体が喉を焦がす感触が、これまた気持ちが良い。ロンを飲りながら、フラメンカ・エッグをゆっくりと食べる。安っぽいけれど、至福の一時。
喬司の視線が、段々と白いものになってきているのは、気にしてはいけない。
「……相変わらず、良い食べっぷりですね、麟那。ま、とりあえず……今回、貴女に殺しを依頼したいのは、この男です」
私は、ロンのお代わりを注ぎながら、空いている手で写真を受け取った。グッ、とグラスの半分まで飲んでから、写真に写っている男に目を向ける。中々のイケメン――盛りの女なら十人が十人、振り返る度に甘い息を吐くタイプだろう。私にとってはターゲットでしかないのだけれど……この男は少々、勝手が違うようだ。
「八匹の蛇が絡み合ったバッジ……“蟒”の構成員じゃないの。わざわざ私に依頼しなくても、貴方の所で処理すれば良いのではなくて?」
スプーンでフラメンカ・エッグを崩しながら言う。
「麟那、貴女の言う通りです。ですが……この男は、我が“蟒”の一員でありながら、“耶麻”のスパイである事が判明したのです。“蟒”と“和”と“耶麻”の関係は、貴女もご存知だと思いますが」
「ええ。勿論」
“耶麻”のスパイ、か。それなら、大っぴらに組織を動かせないのにも納得がいく。
国内第三位の組織“耶麻”は、“和”や“蟒”とは違い、暗殺者やエージェントだけの集団じゃない。高名な霊媒師や術者、宗教家も数多に抱えている異端の組織だ。
そんな邪道の存在にありながらも未だ、三強に君臨しているのは、とりわけバックボーンの存在が大きい。そのせいで、“和”も“蟒”も攻めきれないでいる。“耶麻”も、直接の戦力はそれほどでもないので、二強を相手に攻勢に出る事ができない。言わば、三すくみの関係を強いられている。
「なるほど、ね。貴方との交友もあるのでしょうけれど、それでフリーランスの私に白羽の矢が立った訳か。報酬は幾ら?」
「そうですね……これくらいで、如何でしょう」
喬司がジェスチャーで弾き出した数字を見た私は、見て分かるまでに眉を上げた。並の相場の半分程度。人ひとり殺すのにこれでは、とてもじゃないけれど割に合わない。
「幾ら何でもそれは舐めすぎよ、喬司。本気で言ってるのではないとしたら、他に取引材料でもあるの?」
パール・ラメの入ったマニキュアで飾ったネイルで、催促するように首筋を撫ぜ上げると、喬司は前髪をかき上げながら不敵な笑みを見せた。
「ははっ、これは参りましたねぇ。まぁ、貴女を欺けるはずもありませんか。この依頼を受けていただけるのであれば、我が組織の“中継チャンネル”に働きかけ、貴女に他世界からの依頼を優先的に回しましょう。ああマスター、彼女にマルガリータを」
「かしこまりました、栂様」
それは、私にとって、極めて魅力的な条件だった。他世界からの依頼は、難易度に反比例して、報酬が高いものも多いのが特徴だ。
今のマンションにだっていつまでも住めるとは限らないのだから、金は幾らあっても良い。これを蹴るなんて真似、私にはできない事も見越して言っているのでしょうね。相変わらず食えない男だこと。
私は、彼から贈られたマルガリータを一口飲み、ピンクベージュのルージュを濡らして笑みを浮かべる。
「マルガリータ、ね。ふふっ、アウトローな私には、上品に過ぎるカクテルだわ。 ――良いわ、喬司。引き受けましょう」
「謝々、麟那。標的の死亡を確認でき次第、速やかに全額を例の口座に振り込みます。手段は問いませんが、証拠が残らないようにお願いしますね」
「万事、心得ているわ。腐っても、元“和”の暗殺者よ、それは要らぬ老婆心というもの。乾杯――」
カクテル・グラスを掲げ、喬司のマティーニとフレンチ・キスさせる。テキーラベースのマルガリータは先味よりも、オレンジキュラソーや果汁の後味が鮮烈。似合わない科白を吐いた後の気分の入れ替えには、うってつけの味だ。
刺殺、銃殺、毒殺――証拠が残らないやり方は、選り取りみどり。得手ではないけれど、二百ヤードまでなら問題なくこなせるから、今回は狙撃にする。大したターゲットでもないようだし、狙撃の勘を取り戻すに相応しい相手だろう。
「それでは、私はこれで――」
腕時計をちらりと見た喬司は、一万円札をカウンターに置いて立ち上がり、しかし私は身支度を整えようとしたその手を掴んだ。目を瞬かせる喬司を節目に、金栗色のウェーブ・ヘアを彼の、長く細い指に巻きつける。獲物を前にした、絡新婦のように。
「麟那?」
「やっぱり、定石を並外れた条件ですものね。先払いくらいはあっても、罰は当たらないんじゃない?」
目を細めて、自分の髪を巻きつけたままの指に軽くキスをする。数回は身体を重ねてきた関係だ。意図を察した喬司は濡れ烏羽の後ろ髪を柔和に掻いて、降参、とでも言うかのように、手で波を作った。
「なるほど。その蠱惑的なドレスといい、今日の貴女は、女郎蜘蛛なのですね。しかし、妹君が待っているのではないですか?」
「あの子なら――強烈な出迎えをくれた後、夕飯時まではしゃいで、ご飯を食べたらそのまま寝ちゃったわ。今はもう、夢の中よ」
おかげで、今もまだ少し、お腹が痛い。パエリャのお代わりを頼む気すら起きなかった。恨み言を言ってやりたい。
「それは何と言いますか……ご愁傷様です。 ――まっ、私の気分も満更ではありませんし、妖毒の泉に敢えて飛び込むのもまた一興でしょう。お付き合いさせていただきますよ、麟那」
「ええ――」
今頃になってアルコールが回ってきたのか、ふうわりと、身体が宙に浮く感覚に捕われる。私はカウンターに一万円札を二枚置き、青いワンピースドレスの裾を掃って立ち上がった。
「それじゃマスター、ご馳走様。今日も美味しかったわ。お代は、ここに置いていくわね。お釣りは、チップとして取っておいて」
「いつもありがとうございます、多野本様、栂様。またのお越しを、心よりお待ちしております」
マスターの見送りを背に『アレクサンドリア』を後にする。喧騒が遠ざかった所で私は、甘えるように喬司に枝垂れかかってみた。
「前から聞こうと思っていたのですが麟那、貴女は私の事をどう思っているのですか?」
「そうねぇ…………カサノヴァ」
「ははっ、これは手厳しい」
その質問に、大した意味は込められていなかったのだろう。酔いが回ってきている私の適当な答えに喬司は、ペチ、と掌を額にあてて新月の空を仰ぎ笑った。
*
「ねぇ鈴那。何時までむくれているの?」
朝はふたりで掃除して、昼はふたりでトリハス――スパニッシュ・フレンチトーストを仲良く食べて、午後は騒ぎながらテレビを――なんていうのは、私の手前勝手な希望で……現実に私の前で膨れている鈴那は、朝からすこぶる機嫌が悪かった。
「うぅぅ~」
起きて朝の挨拶をした時からこんな調子だ。まるで河豚のように膨れた顔は、それなりに可愛いけれど、いい加減に機嫌を直して欲しい。お昼に食べたトリハスは、あまりにも味気がなさすぎた。ご飯は美味しく食べたい。
そういえば、どこだかの偉い人が「言葉が届かなければ、道具を使えばいいじゃない」って、言っていたような気がする。早速この、ねこじゃらしで実践してみましょう。
「ほーら鈴那、ねこじゃらしよ。おいでおいで~」
「う~! 鈴は猫じゃないもんっ!」
ニトログリセリンの海にダイナマイトを投入してしまったか。それはそうだ。ねこじゃらしくらいで人の機嫌が良くなるなら、誰も苦労はしない。
「やっぱり、まだ昨日の事を怒っているのね。帰ってきた日に行ったのは悪かったって――」
「……さ、さくやはおたのしみでしたねっ!」
「……それ、誰から教えてもらった?」
「喬司さん」
あいつめ……だから、帰り際に笑っていたのか。
私が仕事に出ている間は、喬司に鈴那の面倒をよく見てもらっているから、その時にでも教えたんだろうけれど、これは余計だ。
「うぅー、麟那姉さんなんて~!」
「はいはい、分かったわ。それじゃあ今回のお仕事が終わったら、ふたりで街へ買い物に行きましょうか」
「ホントっ!? やたー♪ 欲しいの、いっぱいあるんだ~」
いとも簡単にフィッシュ・オン。一瞬で機嫌を良くした鈴那は、眼前の餌に飛びつくように、私に抱きついてきた。勿論、反故にするつもりは毛頭ないし、またこの子が乗せられやすい子だとも思わない。それは、この子の心が、私の都合のままに植え付けられた紛い物だから。
下種に極まりない両親によって壊し尽くされた“鈴那”の心は、身体を作り変えても元には戻らなかった。だから私はドクター・ヌマに、性転換の施術とともに、投薬と催眠療法による記憶の書き換えを依頼した。
結果、苦くて痛い記憶は『無かった事』になり、その紛い物を“鈴那”の身体は受け入れたけれど、今も精神は不安定のまま――
「どうしたの? 麟那姉さん」
ふと気付けば鈴那が、きょとんと、上目遣いで私を見ていた。いけない、少し不安にさせてしまったか。場所問わずの思考は、私の悪い癖だ。
安心させるように、今日はポニーテールにしていない鈴那の、黒艶の後髪を優しく指で梳いてやる。
「うにゃ、くすぐったいよぉ~」
「ふふ、可愛いわね鈴那は。そういえば私がいない間、お薬は大丈夫だった?」
「うん! ちゃんと毎日飲んだよ! 偉いでしょ~」
「ええ。良い子良い子」
ご褒美に頭を撫でてあげると鈴那は、身を捩って逃げようとする。本当に猫みたいな子。
改プレマリン錠――ホルモン生成器官を持たない身体の鈴那に欠かさず服用させているこの薬は、ドクター・ヌマ所縁の製薬会社がプレマリンを元に研究・開発した試薬。従来のプレマリンに比べ、副作用の発生率は、概算コンマ以下にまで抑えられている。ドクター曰く、かのプロセキソールよりも効果的で、卵胞ホルモン――エストロゲン補充と身体の女性化に特化した薬だそうだ。
男女問わず、ホルモン分泌の低下は、老化の促進に繋がる。鈴那の同意を得てテスターになる事で私はこの薬を、ドクター・ヌマから定期的に支給してもらっていた。
「鈴那。今日の夕ご飯は何を食べたい?」
言いながら鈴那の髪を、赤いリボンふたつで飾る。リアでツインテールを作るとまた雰囲気が変わって、これはこれで可愛い。
「う~ん……あっ、あれ食べたい! シュールストレミングとかいう缶詰! 喬司さんが美味しいって言ってた!」
喬司の奴め……また適当な事を。後で実物を送り付けてやろうかしら。
「あれは劇物。触れてはいけないわ」
「そうなの? でも鈴はお魚食べたいから、お魚なら何でもいいよ~」
魚は確か、冷凍庫に鮭の切り身が入っていたわね。ムニエルかバター焼きにしましょう。
夕飯の準備まで、他愛もない再放送のお笑い番組を見ながら、鈴那との会話を楽しむ。
鈴那が身に着けているオードトワレの香りが終始、私の鼻をくすぐり、それは全く別の――どこか、懐かしい花の匂いが含まれているような気がした。
*
――生微温い夜風が、幽かに頬を撫でる。
気持ちが良いとは、決して思わない。オキナワの夜は不快で、どこに行っても蒸している。こうして待っているだけでも、仕事用の黒い上下に汗が染み込んでくる程に。
「……まだ十時、か」
何気なしに呟いた言葉が、やけに空しく聞こえた。
喬司から紹介された“キリ”という情報屋からターゲットの行動情報を入手した私は、オーナーに金を一束握らせて口止めしたビルの屋上で、百九十メートル先に見える居酒屋からターゲットが出てくるのを待っていた。この場所からなら左右どちらに行っても、タイミングさえ見逃さなければ仕留められる。
期限は特に言っていなかったけれど、仕事が早いに越した事はない。不安定に過ぎるビジネスにおいて、クライアントとの信頼関係の構築は、第一に優先すべきもの。今後の関係を築く上での保険にもなる。
「南東の風、一メートル」
水で濡らした指先で風を確認してから、狙撃用の高倍率スコープの照準を、店の暖簾に合わせる。それらしい男はまだ出てこない。狙撃の準備は既にできている。“和”所属時に上司から贈られたハンドメイドの狙撃銃が今か今かと、久しぶりの出番を待ちわびている。あまり待たせると、本当にせっつかれてしまうかもしれない。あるはずのない腕を伸ばしてきて――
再び腕時計を見る――十時半。銃を構え、スコープを通して店の暖簾を凝視する。唾を飲み込む事すら忘れる、ピンと張り詰めた時間。全神経を指先に集中させる。
暖簾が揺れ、ふたりの客が店から出てきた。脳内に叩き込んである写真と、その顔を照らし合わせる。
――あの男に間違いない。
ターゲットが後ろ姿を見せた瞬間を見逃さず、引き金を引く。ソーダを開けた時のような気の抜ける音――スコープの先で、ターゲットが頭から彼岸花を咲かせ、不思議な踊りを周りに披露してから前のめりに倒れた。鍛えられた耳に、煩い、女のつんざめく悲鳴が届く。
これで終わり。人ひとり殺すのに、三秒とかからない。
人間、命はひとつ。今日死ぬか、明日以降死ぬか、所詮はそれだけの違いでしかない。
手早くバラした銃を内革張りの、ファスナー付きトートバッグに詰め込む。黒の上下とはいえ、女の私服の範疇だ。この中に銃が入っているなんて、誰も思わないだろう。
外からは完全に見えない位置に移動して、喬司の携帯に電話を入れる。三回のコール音を確認して、通話を切る。三回コールは、“完遂”を意味する。後は、報酬の振込みが確認されれば、今回の仕事はお終い。さっさと帰って、ブラッディ・マリーでも作って飲みたい。
長居は無用――と、救急車とパトカーのサイレンを背に受ける私は、ひび割れた階段を降り、堂々とその場から立ち去った。
13/09/07
第一次添削加筆 完了