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第一話 世界渡りの殺し屋

 

 

 

『――この度は、当船をご利用いただきまして、誠に、ありがとうございます』

 抑揚に乏しい機械音声のアナウンスが耳に届き、ふと私は目を開けた。

 目を右往左往させて、辺りを見渡す。新幹線のような座席が据えられた空間には申し訳程度の駆動音しかなく、また乗客も、私を除いて二、三人程しかいない。

『当船は後、十五分少々で、第一世界・ニッポン国・ナハ連絡港へと、到着いたします。現地の天気は、晴れでございます。本州方面へ、国内線旅客機をご利用のお客様は――』

 ああ、と軽く掌に、拳を打ち付ける。ここは、次元を渡って別の世界へと行く事のできる『次元渡航船』の船内で、私は第三世界で依頼をこなした帰りだった。微睡んでいるうちに、いつしか、“夢の世界”に入り込んでいたようだ。

 言い方は悪いかもしれないけれど、酷くボロい仕事だった、と思う。報酬は、六割が前払いで、しかも往復にかかる経費は全て向こう持ち。極め付けに、その標的が凡愚とくれば、人によっては笑いが止まらない。

 私は、そこまで悪趣味な人間でもないので高笑いなんてしないけれど正直、向こうの連中でもどうにかなる程度の依頼ではあった。

 まぁ、でも、依頼は依頼。程度はどうであれ、額面以上の報酬がもらえるのであれば私、玉網木麟那たもぎりんなとしては何の文句もない。

 荒波を越えて往く船とは違い、次元を渡る船は、揺れもしなければ雑音も最小限に抑えられている。そんなものだから、この船には窓すら据え付けられていない。そもそも、とある学者が言うには、“外”を見てしまったら、あまりにも不可解な色に目をやられてしまうそうな。

 とある出来事が、第三世界と私達の世界に交流の機会をもたらし、相互の協力によって生まれたこの船は、気軽に誰もが旅行感覚で乗れる代物じゃない。『次元渡航資格取得試験』という、途方もない難易度を誇る試験をパスできなければ、一般人には見ることすら叶わない。

 この船は“横”だけじゃなく、“縦”にも渡れるようだけれど、それは、私には毛の先程も興味がない。一説では、高次存在の世界があるという話。でも、死んでからも覗く機会すらなさそうな場所を気にしても仕方がない。

 携帯電話を開こうとして、手を止める。代わりに、座席に設置された、専用デジタルの設定を第一世界に切り替えて時間を確かめる。午前十時三十分――帰れば丁度、お昼くらいか。妹に電話を入れて、何か作っていてもらおうかしら。

 到着まで後、十分以上はある。私は、行く前に買った文庫本を開き――一分も経たないうちに放り投げた。

「……くだらないわ」

 今、流行の兆しを見せている『ライトノベル』という奴だ。全部が全部、駄目という訳じゃないのだけれど、これはとんだ大ハズレだった。ノリだけ良くて、中身は螻蛄おけらに等しい。それでも十分程度なら読んでいられるかもしれない、と思ったけれど、甘い考えだった。

 船内サービスで淹れられたコーヒーを一口飲み、別の暇つぶしを探そうとした時、ヴヴーヴー、と携帯電話が震え出した。ショート二回とロング一回の、普通じゃないバイブレーションの組み合わせに、電話を開いて画面を覗くと――


【超空間通信中 ― 着信アリ】


 案の定、そんなものが、画面に出ていた。誰かは大体、予想が付くけれど、出ない訳にもいかない。私は、急いでデッキへと行き、通話ボタンを押した。

「はい、もしもし」

『リンナですか? 私です』

 予想に違わない相手だった。セレナ・リキュシア・シュトルメルテ――シュトルメルテ王国の若き女王にして、第三世界の現指導者。同時に、私達の世界の指導者と恋仲の噂もある、話題のお人。

 本来なら、私のような日陰者が近づける存在じゃない。だけれど、何故か、私は気に入られたらしく、仕事を終えた後で労いの夕食に招かれ、あれよこれよという間に、友人の関係にされてしまっていた。

 とてもおしとやかで、水仙のような、でも中身はレ――

『むっ……今、失礼な事を考えていませんでした?』

「いいえ、全然?」

 危ない、危ない。内心を揺らしながらも、しれっと返す。

「それにしても、姫様自ら、電話を寄越すなんてね。そんなに暇なの?」

 不遜にも私は、セレナ女王を姫と呼ぶ。

 この携帯電話は機密保持に、とみに優れている。だからといって、油断はできない。どこに誰の耳があるのか、分からないのだから――

『……なるほど。まだ、船の中でしたか。それは、失礼いたしました』

「気にしなくても大丈夫よ。到着までにはまだ、猶予があるわ。何か、大事なご用事でも?」

『いえ、取り立ててはそうでもないのですが、次回以降も円滑にお仕事を依頼させていただくための――言うなれば、アフターサービスでもしようかと思いまして』

 自分で言っておかしいと思ったのか、受話器の向こうのセレナは、くすくす、と笑う。それはそうだろう。一国の女王が、一介の殺し屋のアフターサービスだなんて、普通ではまず、考えられない事だ。

「そう。ありがたく、受け取っておくわ」

『ありがとうございます。今度、来られました際は、是非とも滞在期間を長めに。第三世界トリイアス・フェリシーダの名所をご案内いたしますよ。もちろん、夜は私と――』

「切るわよ」

 どこの名所かは聞き取れなかったけれど、有無を言わさず通話オフ。

 全く、あの女王様は……妹のルーンだけじゃ飽き足らないのか。あんなのでも国を治められるって言うのだから世の中、不思議なものだわ。

 席に戻り、微温くなったコーヒーをすする。腐っても国営船。一級品の豆を挽いて淹れたコーヒーは、微温くても美味しい。

『長のご乗船、お疲れ様でした。終点、第一世界・ニッポン国・ナハ連絡港、です。どなた様も、お忘れ物のないよう、お気を付けて、お降りくださいませ。なお、当船は、この後、乗務員を入れ替えまして、第八世界行となります。現在の時刻は、午前十時四十分、です――』

 適当に残り時間を潰しているうちに、連絡港に到着する。

 忘れようもない小さな手荷物を持った私は、SF映画の背景を彷彿させる近未来的な構内に降り立った。



 地下の連絡港から、専用のエレベーターに乗って県庁の一階へ。外に出ると、十日ぶりにオキナワの太陽が、燦々と私を照り付けた。

「はー、この空気も久し振りね」

 両腕を垂直に伸ばし、思い思いに、嗅ぎ慣れた空気を吸い込む。向こうの世界では全く縁のなかった排ガスの臭いが、際立って鼻に付く。こればかりはいただけないけれど、このオキナワ特有の、甘みを感じる空気は嫌いじゃない。

 そんな感じに伸びをしていたら、手を上げている、と勘違いしたタクシーが、目の前で止まってしまった。

 ……歩いて帰るのも億劫だし、このまま利用させてもらいましょう。

「お客さん、どちらまで?」

「そうね。『サンライズ朱鳳』にやってもらえる?」

「へえ。お客さん、中々良い所に住んでいるんですね」

「余計な話は結構。私は疲れているの。さっさと出して」

「へい、失礼しました」

 バックミラー越しに見える、黒く焼けた顔。何だか、客相手とは思えない態度の運転手だけれど、下手にへりくだった態度よりは、ずっと好感が持てる。

 ウィンカーが点灯し、車はすぐに車道へと躍り出た。

「……ふう」

 ――一瞬、視界がぶれる。第三世界での一日は、時間にして、二十八時間。時差と、時間そのものの差異。今頃になって、本格的な眠気が襲ってきたようだ。

 欲に抗わずに素直に目を閉じて、ラジオからのトークを子守唄代わりに、身体をシートに沈み込ませる。けれど、パーソナリティの一言で、眠りの澱に沈みかけていた私の意識は覚醒させられた。

『今日は、五月十四日ですねぇ――』

「――」

 ああ。それで、あの夢を見たのか。

 正確には、夢じゃないのだけれど……私は、“私が産まれた世界での夢を見ることができない”から。

 五月十四日。この日ほど、私の心に深く刻まれている日はない。私と鈴那すずなが初めて出会った、とても大切な日――



 ――二年前の、この日。とある街をぶらついていた私は、鍛えられた聴覚で呻き声を聞き取り、うらぶれたシャッター街の奥で、まるで乳白色のペンキでもぶち撒けられたかのような状態で放心している、鈴那になる前の男の子――篠崎和也しのざきかずやと出会った。

 死んだ魚の目。そこかしこから立ち昇る雄の臭い。何をされたかは、一目瞭然だった。時間をおいて話を聞けば、あの子の置かれた環境がどれほど劣悪だったか……本当に、反吐が出る話だった。

 賭博好きのイカれた両親から、事あるごとに虐待を受け、ご飯も満足に食べさせてもらえない。身体付きもあまり良くなく、女の子みたいだから、学校でも虐められる。家と学校という名目のプレスヤードに挟まれた、苦痛に極まる生活を送り続け、そのうちに家の金も尽き、食い扶持を減らすために、あの子は情けの欠片もなく捨てられた。

「お姉さん、悪い人でしょ? 僕を殺してよ……」

 話し終えて、力なく手足をだらりとさせたあの子の目から、一粒の涙が零れ落ちた。一瞬で死ねるように、拳銃で心臓を撃ち抜けば、それで終わり――あの子の灯火を消すのは、赤子の手を捻るよりも容易かった。

 でも、私は、それをしなかった。

「あなたに、生きる意味を与えてあげる」

「えっ――」

 反論する間を与えずに、即効性の麻酔薬で昏倒させ、ドクター・ヌマを呼び、渋る彼を説得して手術を行わせた。篠崎和也を、玉網木鈴那にするために。

 鈴那が“生まれる”前に、私は、篠崎和也にかかる全てを断ち切るために動いた。堕落を貪る、唾棄すべき者達の家に押し入り、男の腹を裂き、喚き散らすそいつの目の前で、女の指を一本ずつ、ナイフで落とした。泣こうが許しを請おうが、手は止めず、最後は家ごと焼いて灰にした。残った親戚と係累には、当時の上司から上に働きかけてもらい、金と言葉で圧力を掛けてもらった。

 こうして、篠崎和也は死に、玉網木鈴那が生まれた。それから、元のパートナーが起こした騒動に巻き込まれた私は、解決の折に、組織を抜けた。今は、フリーランスの殺し屋として、まだ十六歳の鈴那を養いながら、上司から最後に贈られた高級マンション『サンライズ朱鳳』の一室に、ふたりで暮らしている――



「――着いたよ、お客さん」

 過ぎし日を思い返していたら、何時の間にか目的地に着いていたらしい。今度は微睡んでいた訳じゃないので、運賃分の金を運転手に手渡す。

「へい、毎度」

 目だけを動かして確認し、私が降りたのを見届けると、小麦色に焼けた肌の運転手は、車を急発進させて去っていった。今更、気にしても仕方のない事だけれど、素っ気無くしすぎて少し、怒らせてしまったのかもしれない。

 マンションに入った途端、縫い針で肌を撫ぜられるような感覚が、すう、と引いていった。相変わらずの効き具合だ。この時季、既に焼け付く暑さだからといって、薄着で初めて入ってきた人は、肌寒さを感じるに違いない。

 硝子製の、自動扉の近くにある指紋照合機に人差し指を置き、扉を開ける。最新鋭の高級マンションだけあって、部屋主とその家族以外は、中から招かれなければ決して入ることのできない仕組みになっている。

 降りてきた住人と入れ替わりに、エレベーターに飛び乗る。十五階、『1521号室』――そこに着くのに、二分とかからない。

 自分の“家”の前に立った私は思わず、呼び鈴を鳴らすのに躊躇する。ギャンブル好きの好事家が、たまに家に帰ってきた時の心境って、こんな感じなのかしらね。


 ――押すなよ、絶対に押すなよ、なんてね。


 どちらにしても馬鹿馬鹿しい考えに、軽く首を横に振って、ふふ、と笑いながら、呼び鈴を押す。来客を告げる軽快な音が、部屋にも聞こえたはずだけれど、何も返ってこない。

 そういえば、電話をかけるのを忘れていた。そんな、心の言葉に答えなど返ってくるはずもなく、もう一度、呼び鈴を押そうとした時――勢い良く、鋼製の扉が開いて、腹に強い衝撃を受けた私は、思わず尻餅をついてしまった。

「おかえりっ、麟那姉さん!」

「ぐえぇ……た、ただいま鈴那……」

 十日ぶりに見る、面倒くさがって伸ばしに伸ばした黒髪のポニーテールが、肌をくすぐる。

 妹――鈴那の、エクストリームな出迎えを受けた私は、蛙が潰れたような声で、帰宅の挨拶を返したのだった。

13/09/06

第一次添削加筆 完了

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