第8話 馬鹿力と低技能
ギルドランクがEになった翌日、俺は朝食を済ませて朝から町へ繰り出していた。
昨日発行してもらったギルドカードに穴を開けてもらうためだ。
地図もなんとかしないとなぁ……手にしている町の地図は薄らと緑づいている。
無用心にバウスイモムシと戦っていたものだから、濃緑の体液が地図にもべっとりと。
川で慎重に洗ったのだが、羊皮紙でもないので水に濡れて所々破けている。
そういえば転写の魔法ってのもあったよな。
あれが使えると、いろいろと便利そうだ。
魔法そのものについても調べてみないとな。
まだまだこの世界でやる事は山積みだ。
今後について思考を巡らせていると、町の地図に記されている鍛冶屋へと到着する。
地図にはガルノスの鍛冶屋と書かれている。
おそらくは鍛冶屋の主人の名前だろう。
鍛冶屋の中へ入ると、金属と油が混じったような臭いが鼻をつく。
狭い部屋には武器や防具が所狭しと並べられている。
「すいませーん」
店内に誰もいなかったので、俺は店の奥の方へ声をかける。
やがて白髪混じりの口髭と顎髭をたくわえた、ガタイの良い初老の男が奥の方から現れる。
厚手の前掛けにボロボロの手袋、目つきも鋭く、いかにも職人という風体だ。
「何の用だ」
発した声はしゃがれていて、いかにも気難しそうな雰囲気を漂わせている。
「えっと、ガルノスさんですか……?」
「そうだが?」
初老の男、ガルノスは少し不機嫌そうに答える。
「えっと、ギルドカードに穴を空けてもらいたいんですが……」
俺は財布からおずおずと銅板のギルドカードを取り出す。
「ふん、Eランクか。貸してみろ」
ガルノスは俺の手からギルドカードをぶっきらぼうに取り上げると、奥の方へと戻っていった。
作業場は立ち入り禁止の雰囲気がぷんぷんしている。
きっと一歩でも足を踏み入れようものなら怒鳴られるに違いない。
さっきの口調からギルドの事は知っているみたいだし、ギルドカードに穴を空ける仕事は日常茶飯事なのだろう。
その間に俺は店内の武具を物色してみる。
やはり金属製品だけあって高い物が多い。
柄の部分も合わせて俺の背丈程もある長さのロングソードは金貨8枚だ。
同じ長さでも、刀身の幅が広いブロードソードは白金貨1枚と金貨2枚。
おそらくは白金貨は金貨10枚分なのだろう。
……触るだけならいいよね?
俺はテーブルに置かれているブロードソードの柄を握ってみる。
普通に持ち上げようとしても持ち上がらない。
少し力を入れてみると、俺の広げた掌ほども幅のある刀身のブロードソードは簡単に持ち上がった。
転生能力が無ければ、両手で持ち上げられるかどうかも怪しい。
俺は天井にぶつけてしまわないように、慎重にブロードソードを掲げてみる。
幅の広い刀身が光を受けて輝く。
やばい、かっこいいこれ。ねえこれ欲しい。
こんなのをぶんぶん振り回して戦いたいなぁ……。
「おい坊主、そいつは片手で持つモンじゃねぇぞ」
ブロードソードに見とれていた俺は、ガルノスの声にびくりとする。
「す、すいません……」
慌てて俺はブロードソードを慎重に元の位置に戻す。
「ほれ、できたぞ」
剣が机に置かれたのを確認すると、ガルノスはギルドカードを俺に投げ渡した。
受け取ったギルドカードの隅には小指大の丸い穴が空いている。
さすが鍛冶屋、鮮やかなもんだ。
「えっと、お代は……」
「Eランク冒険者が生意気言うんじゃねぇよ、そんくらいタダだ」
小馬鹿にされている感はあるのだが、ちょっとかっこいいので許す。
それにタダより安いもんはないしね。
「あ、ありがとうございます」
「それよりもよ、坊主、よくお前そんな剣を軽々と持てたな」
「え? あ、これですか?」
俺はさっき持ち上げてみたブロードソードに軽く手を置く。
「そいつは大の大人でも両手持ちで使うモンだ。
お前、見かけによらずいい筋肉してんじゃねぇか」
「あ……あはは、力なら多少は自信が……」
「どうせだ、買っていかねぇか?」
「い、いえっ、全然お金も足りないですし……」
「がっはっは、それもそうか、ギルドカードに穴を空けに来るくらいだもんな」
豪快に笑うと、ガルノスは小さな丸椅子にどかりと腰を下ろした。
「それで、お前の得物は何だ? ついでだからみてやるよ」
「いや~……まだギルドに支給されたナイフしか……」
「おいおい、冒険者なのに剣の一振りも持ってねぇのか。
腕力だけはあるのにもったいねぇな。安くしてやっから何か買ってけ」
安く、と言われても……。
半ば押し売りされているような気もするが……。
俺は財布の中身を確認する。
……銀貨4枚と銅貨6枚……。
とてもじゃないが、今持ってるナイフ程度しか買えそうにもない。
「いやぁ……今手持ちが銀貨4枚と銅貨6枚しか無いもので……」
「まあ、Eランクになりたての冒険者じゃあ仕方無いわな。
ほれ、これなんてどうだ」
ガルノスは俺に鞘に入った一振りのショートソードを投げ渡す。
刀身は腰の高さ程、15歳の俺の体でも腰に下げて丁度いい長さだ。
だが、柄の部分に紐で括りつけてある値札には銀貨8枚と書かれている。
「た、足りないっす……」
「銀貨4枚にまけてやるよ」
「え、いいんすか?」
「足りねぇと思うんなら、もっと稼いでウチでいい武器買ってくれや」
かっこいいっす、渋いっす、見かけよりもずっと優しいっす。
俺は銀貨4枚をガルノスに手渡した。
「ギルドが渡してる地図に俺のとこが載ってるからお前みたいなのがよく来るけどよ、皆にこんな値引きしてる訳じゃねぇんだ」
なんか俺って特別なのか?
ヴェ○タースオリジナル的な。
「お前みたいな怪力のガキは初めてだ。
早くそのブロードソードが買えるくらい稼いでくれよ」
なるほど、先行投資、固定客の確保といったところか。
しかし、ガルノスの口調には嫌味たらしいところは微塵も感じられない。
早く立派な冒険者になって、そのブロードソードを買いにくるぜ、とっつあん。
「がっはっは、それじゃあ今日もしっかり稼いで来いよ。
宿代が足りなくてウチに来ても泊めてやらねぇからな」
「あっ、はい、ありがとうございます」
豪快な笑い声に追い出されるようにして俺は鍛冶屋を出た。
多少強引ではあるが、気のいい親父さんだ。
刃こぼれなんかした時もみてもらおう。
俺は町の地図のガルノスの鍛冶屋の所に丸印をつける。
他にも鍛冶屋は記載されているのだが、あのブロードソードに俺の心は奪われちまったぜ。
しかし、いい買い物をしたな。
俺はさっそくショートソードの鞘に巻いてある紐を解き、腰のベルトに括りつけた。
そして少し剣を鞘から抜いてみる。
きれいに研がれた刀身が陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
うおー、マジもんの剣がー、俺の手にー。
日本だったら間違いなく銃刀法違反で逮捕されるな。
ギルドカードに通す紐は後回しだ、こいつはさっそく試し斬りしたくなる。
というか、残金の銅貨6枚じゃ紐はおろか、ギルドで仕事をしなければ宿舎にも泊まれない。
ガルノスの親父さんとこに泊めて貰えないのも確定しているしな。
今日も朝食はギルドキッチンで、すでに弁当は包んで貰っている。
このままバウスイモムシ退治でもやるか。
あれは常時依頼の仕事だとフィニアも言っていたし。
今からバウス森に向かってえば正午前には到着できる筈だ。
それから近くの川ででも少し早い昼飯をとって仕事開始だ。
その後、川で体を洗う必要があるから少し早めに切り上げよう。
よし、策は成った!
そうと決まればさっそく行動だ。
俺は手に入れたばかりのショートソードに手をやり、バウス森へと向かった。
カナロス平原には悠然と雲が流れている。
その隙間から見え隠れする陽はもうすぐ頂点に差し掛かろうとしている。
少し雲は多いが、雨は降りそうにない。
これからバウスイモムシを狩ると思えば一雨きても構わないのだが。
俺はバウス森の近くの川に来ていた。
ギルドキッチンの弁当を食いながら装備を整える。
財布にギルドカードを押し込み、ナイフとショートソードを腰に差す。
地図なんかの紙や布を入れた収納は川辺に置いておくことにした。
盗まれたりはしないだろうが、一応、草なんかをより集めて遠目では分からないように迷彩しておく。
準備を整えると、俺はバウスイモムシを狩りに森へと向かう。
森の手前、昨日フィニアと狩りに来た場所付近は、心なしか昨日よりも多くのバウスイモムシが群れている気がする。
曇り気味で薄暗い天気だからだろうか。
まあ、森の奥まで行く必要が無いから好都合か。
俺は腰のショートソードを抜いた。
輝く程に研かれた刀身、鋭く尖る切っ先。
改めて見ると、やっぱりかっこいい。
ファンタジーの世界に来た、って感じがする。
だがこれは飾りじゃない。
行くぜイモムシ野郎共!
俺は近くのバウスイモムシに目標を定め、ショートソードを上段に構えて走り出す。
超人的な脚力でバウスイモムシとの間合いを瞬時にして詰めると、そのまま剣を振り下ろす。
剣を持つ右手に肉の様な物を切る嫌な手ごたえ。
刀身はバウスイモムシの太い胴体にめり込んだ。
……む、予想と違う……。
俺の予想であれば、超人的な腕力で一撃で一刀両断するはずだった。
だが、ショートソードは緑の丸太の様な胴体の半分も切れていない。
剣は肉厚の胴体に埋め込まれている格好だ。
突然、左腕に大きな衝撃。
「んぐ!?」
予想外の出来事に油断していた俺は衝撃をもろに受け倒れ込む。
見ると、バウスイモムシは尻尾を垂直に振り上げていた。
さっきの衝撃は、この尻尾の攻撃か。
攻撃された事で身の危険を感じたヤツは反撃体勢に入ったらしい。
そして倒れこんでいる俺に容赦無く振り下ろされる更なる尾撃。
「おわっ!?」
俺はごろごろと転がり、その一撃を避ける。
巨木を振り下ろされるようなものだ。
フィニアが手負いのバウスイモムシは厄介だと言っていたのも十分に頷ける。
とりあえず、こいつはさっさと仕留めてしまおう。
俺は立ち上がると、すかさずバウスイモムシの横側に回り込んでサッカーキックを食らわせる。
チート蹴りの威力は健在だ。
バウスイモムシの胴体は濃緑の体液を噴いて大きく裂ける。
そして尻尾はゆっくりと力無く地面に落ち、巨大な緑のイモムシは動かなくなった。
俺は緑の胴体に刺さったままのショートソードを引き抜く。
せっかくの武器なのに、蹴りの方が強ぇじゃねぇか……。
まさか、なまくらなんて事は無いよな?
俺はショートソードでバウスイモムシの触覚を切り取る。
昨日やっていたナイフよりも断然切れ味はいい。
とりあえず、この剣を打ったガルノスの威厳は守られた。
剣は悪くないんだ、立派なものだ。
腕力も足りている筈だ、ブロードソードも軽々持ち上げられたし。
バウスイモムシが斬撃に強いなんて事はないよな。
昨日はフィニアはざくざくと剣で斬りつけていたし。
何が足りないんだろう……。
考えてもきりが無いし、俺はバウスイモムシを狩りながら考える事にした。
実践あるのみだ。
悩んでいるだけじゃ今晩の宿も確保できないしね。
そうしてバウスイモムシを狩り続け、だいぶ陽も傾いてきた。
そろそろ川で水浴びをしてギルドに戻れば夕方くらいだろう。
十数匹のバウスイモムシを狩り終え、俺の中に一つの答えが浮かび上がる。
『もしかして:剣術スキル不足』
そう、俺は転生特典として人並みはずれた筋力は手に入れたが、技術やスキルはまるでずぶの素人だ。
剣道? やっていた訳が無いだろ。
料理? 上げ膳下げ膳でしたが何か。
木彫り? 上手くできていれば立派なフィギュアの一つでも完成させていたさ。
考えてみると、俺の剣術スキルはおろか、刃物スキルもゼロに等しい。
剣を振るうにしても、斬りつけると言うよりは、叩きつけるという感じだしな。
どう考えても棍棒やメイスのような打撃武器が俺にはお似合いだ。
…………。
だけど俺は剣で敵を切り捨てるかっこいい冒険者になりたいの!
それに、仮にここで武器を打撃系に切り替えると、一生他の武器は使わなくなってしまいそうな気がする。
だって打撃能力だけは、まるっきりチート能力だし。
「ちくしょう、絶対に剣術覚えてやるぞ!」
俺はペンダントの勾玉を握り締めて大声で叫んだ。
棍棒は予備だ! 保険だ!
メインは剣だ、畜生!
せっかく人生やり直しできたんだ、俺の好きなように生きるさ!
本日の収穫、バウスイモムシ13匹退治、銀貨6枚と銅貨5枚。
あまりのショックにバウス草採集をすっかり忘れてしまっていた俺だった。
……チクショウモッタイネェ。
【繰越】銀貨4枚、銅貨7枚
【収入】銀貨6枚、銅貨5枚:バウスイモムシ退治
【支出】 銅貨5枚:ギルド宿舎代
銅貨2枚:飯代
銀貨4枚 :ショートソード代
【合計】銀貨6枚、銅貨5枚