第4話 冒険者で食っていくには
俺はギルド宿舎の部屋を出て路地裏に入った。
町の中心部に近いだけあって、石造りの建物が所狭しと軒を連ねている。
光の差し込みも少ない、薄暗い路地裏だ。
時間は二時過ぎくらいか。
確か宿舎の部屋で横になっていたら時間を知らせる鐘が二回鳴っていた。
時計が貴重品であるこの世界では、鐘で時間を知らせるのが一般的だ。
ギルドの宿舎は、ギルドの裏手にある。
建物自体は直結はしてはいないが、宿舎とギルドは目と鼻の先だ。
宿舎から直行できるように配慮してか、ギルドには表通りに面していない裏口もある。
さっきギルド職員からも裏口を通って宿舎に案内された。
特に正面から入る必要もないだろうと思い、俺は裏口の方から再びギルドに入った。
正午過ぎに初めて来た時よりも、ギルド内にいる冒険者は少ない。
「おっ、やっと来たか~」
少々間延びしたその声の方を振り向くと、カウンターの席に座っているフィニアが手を振っていた。
「あれ、待たせた?」
「いや、別に~。あたしが勝手に待ってただけだから」
「そっか」
フィニアが待っていてくれているとは思っていなかったから少し嬉しい。
俺はそのまま彼女の隣に座る。
カウンターの向こうには、さっき受付をしてくれた女性のギルド職員がいた。
「そういえば、初級冒険者支援の装備って?」
俺はさっきギルド登録した事を思い出して、彼女にその事を訊いてみる。
「はい、初回ギルド登録の際には特別に支援装備をお渡ししています。
あくまで初級冒険者向けの支援装備なので、あまり期待はしないで下さいね。
お持ちしましょうか?」
「うん、お願い」
そう頼むと、ギルド職員はカウンターの奥へ装備を取りに行った。
「あれ、ケイル君?」
「うん?」
「なんか、雰囲気が変わったね?」
「そうかな?」
「さっきまでは、あんなにびくびくしてたのに」
「今晩の宿が確保できたから安心できたのかもしれないな」
「あはは、なるほどね」
確かに今日の宿が確保できたことによる安心は大きい。
引きこもりの性かもしれないが。
でも、部屋での自問自答で気持ちの区切りをつけれた事が一番大きいだろう。
俺は改めてペンダントを握り締めた。
よくよく考えれば転生のきっかけになったペンダントだ。
きっとこのペンダントの勾玉には何か力があるに違いない。
絶対に失くす訳にはいかないな。
やがてギルド職員が厚手の服を両手に抱えて戻ってきた。
それをカウンターに置くと、一つ一つを並べていく。
「初級冒険者支援装備はこちらになります。
見ての通りですが、厚手の長袖のシャツとズボン、それから短剣と手袋になります。
ひとまずはこれだけの装備があれば、薬草集めや荷物運びなどのお仕事はできるかと思います」
「これって貰っちゃっていいんだよね?」
「はい、構いません。ですが、これらは初回のみですので、失くされた場合の再配布はできません」
もしかして有料かとも思ったが、サービスで良かった。
これを一式揃えるとなると結構な額になりそうだし。
「それと、宿舎を案内している間に登録が完了しましたので、ギルドカードをお渡ししておきますね」
そう言うと、ギルド職員はカウンターに一枚の紙のカードを差し出した。
カードには俺の名前と年齢、そして大きく「F」という文字が書かれている。
そもそもがこの世界にはアルファベットは無いのだが、便宜上俺は脳内変換している。
「それでは改めてギルドの仕組みを説明しますね」
「あ、ちょっと待って、一応メモっとくから紙とペン貸してもらえるかな」
「はい、こちらの紙をどうぞ。ペンはカウンターに備え付けの物を使って下さい」
ギルド職員はカウンターに一枚の紙を置く。
この世界の製紙技術ってどれくらいなんだろうな。
さっきのギルド登録の時の書類もあまりいい紙じゃなかったし。
まあ、追々この世界の事は調べていこう。
このメモ紙は生まれ変わった俺の第一歩だ。
俺はカウンターの羽ペンにインクをつけると、日本語で一番上に大きく書く。
「え? 何その文字」
やはり日本語は知らないらしい。
「ああ、これは別の国の文字で、孤児院で教わったんだ」
「へぇ~」
俺はメモ紙に『俺の人生再建への道』と書いていた。
ここが日本であれば間違いなく笑われているだろう。
というか俺なら笑う。
だが、俺は本気だ。
長い事、字なんて書いていなかったから残念な文字だという事は気にしない。
……漢字も間違っているかもしれないが……気にしない……。
「それではギルドのお仕事について説明しますね。
まず、この冒険者ギルドでは様々な仕事を請ける事ができます。
具体的なお仕事内容などは、後ほど依頼掲示板をご覧下さい。
お仕事の流れとしましては、最初に請けたいお仕事を掲示板から探し、その依頼書を受付カウンターまで持ってきて下さい。
そこで職員の手続きを経て、初めて仕事の受理となります。
ちなみにケイルさん、戦闘の経験は?」
やっぱりそう来たか。
ギルドにいる冒険者の装備からして戦闘の仕事が多いのも当然だよな。
「全く無い、です」
「分かりました。それでは、最初は薬草集めや荷物運びのお仕事をお勧めします。
仕事にはSABCDEFとランクがあります。
薬草集めや荷物運びなどのお仕事はFランクになりますね」
ギルド職員は別の紙に7個の文字を書き、一番右の「F」に丸をつけて俺に渡した。
「この文字が掲示板の依頼書にも書かれていますので、最初のうちはこの丸をつけたランクのお仕事を選ぶようにして下さい。
冒険者にもランクがあり、自分のランク以下のお仕事しかギルドでは受理できませんのでご注意下さい。
ケイルさんはギルドに登録したてなので、現在のギルドランクはFですね。
ギルドランクEへの昇進の条件は『5日間続けてギルドの仕事をこなす』事です」
5日間続けてギルドの仕事をこなす、ね。
俺は日本語でメモをとり、下線をつける。
ちゃんとギルドで働くという意思表示を見せるようなものか。
「じゃあ、例えば一日で5個の仕事をこなしてもダメな訳ね?」
「はい、ギルドランクFの期間中は回数ではなく、日数がカウントされます」
「てことは、4日続けて仕事したとして、一日休んじゃったらカウントはリセット?」
「そうですね、ギルドランクEの冒険者になりたいのでしたら、あくまで5日続ける事が条件となります。
ただし、一度ギルドランクEになってしまえば、それ以降は自分のペースでお仕事をされて構いません」
むむ……これは何気に難しい事かもしれないぞ……?
ただでさえ高校も一ヶ月で登校拒否になったんだ。
……いや、俺は生まれ変わったんだ、今度こそは頑張ってみよう。
「大丈夫だよー、5回分の薬草を集めてて、毎日それをギルドに届ければいいし」
なるほど、そういう手もあるのか。
「フィニアさん」
ギルド職員はこの上ない笑顔でフィニアを見つめた。
「ごめんなさい」
なるほど、そういう事ね……。
「まあ……具体的な方法については、あまり口出しはしません。
良心の範囲内で、ということでお願いします」
暗黙の了解ってやつだな。
この事も俺は日本語でメモを取っておく。
……笑顔……怖い……っと。
「それでは、具体的なお仕事内容や報酬につきましては、実際にお仕事を請けられた時に改めて説明しますね」
「よーっし、それじゃあ早速仕事探しにいこっか~」
フィニアは待ってましたとばかりに俺の腕を掴み、掲示板の方へ引っ張る。
「え? フィニアも来るのか?」
「一人でやりたい?」
「いや、手伝ってくれるんなら助かるけど、いいのか?」
「あはは、心配しないでいいよ。最初の仕事は薬草集めでいいよね?
それだったら報酬は別々だし」
手伝ってくれるんじゃなくて、教えてくれるのね……。
しかし、フィニアは本当に世話焼きが好きなんだな。
彼女が初めてギルドに来た時に、他の冒険者に余程よくしてもらったんだろう。
俺も早くそんな冒険者にならないとな。
半ばフィニアに引っ張られるようにして、俺は依頼掲示板に向かった。
掲示板にはびっしりと依頼書が貼られている。
今見ている掲示板の全ての依頼書に「F」と書かれているところを見ると、ランク毎に掲示板は分かれているんだろうな。
俺は掲示板の依頼書を眺めてみる。
『トニラ草採集 3束/銅貨1枚』
『バウス草採集 1束/銅貨2枚』
『花束制作 1束/銅貨2枚』
『鉱石運搬作業 時間/銅貨5枚』
『商品運搬作業 時間/銅貨4枚』
『教会清掃 時間/銅貨4枚』
ざっと目星をつけるとしたらこんなものか。
さすがFランク、雑用の仕事がほとんどだな。
まあ、フィニアも言ってた事だし、結局やるのは薬草集めなんだけどね。
「このトニラ草とバウス草ってのが薬草?」
「そうだよ、両方請けていこう」
そう言ってフィニアは掲示板から二枚の依頼書を剥がす。
何十枚も重ねて貼ってあるところからして、おそらくは常時出ている仕事なのだろう。
他の依頼は数枚しか重ねられていない。
まあ、今回は素直に薬草集めの仕事をやるか。
ここまで来たらそれしか選択肢はないけど。
俺はフィニアに習って二枚の依頼書を剥がし、さっきの受付カウンターに持っていった。
「はい、薬草集めのお仕事ですね。
お気づきかとは思いますが、この様な一般的な薬草採集のお仕事は常時扱っています。 慣れてくれば直接指定された薬草を持ち込んでもらっても構いません。
ですが、最初のうちはギルドのお仕事の流れに慣れるようにして下さいね」
ギルド職員はカウンターの下から二枚の紙を取り出した。
紙には草の絵が描いてあり、特徴などが注釈として書き込まれている。
「こちらがトニラ草で、こちらがバウス草です。
この絵の薬草を集めてくることが、このお仕事の内容になります」
「この絵の紙はくれるの?」
「はい、差し上げます」
受け取ったのは精巧に描かれた薬草の絵だ。
手書きのようだが、こんなに簡単にくれるという事は、おそらくは印刷されたものなのだろうか。
「これって、印刷?」
「はい、書写の魔法で印字されたもので、原本ではありません」
最近の魔法は印刷もできるのか、すげぇな。
最近というか、魔法の事は全然知らないけど。
「それと地図をお渡ししておきますね。
こちらはこの町、トルワートの地図です。生活にお役立て下さい。
こちらは薬草の群生地があるカナロス平原の地図です」
カウンターの下から取り出された二枚の地図をギルド職員から受け取る。
これまた精巧に描かれた地図だ。
もちろん印刷されたものだろうけど。
「薬草の群生地は知ってるから、早速集めに行こ~」
地図を受け取ると、フィニアは用は済んだとばかりに俺を急かす。
「ま、待ってくれよ、忘れ物ないか確認しておくから」
まずはギルドカード、それに初級冒険者支援装備一式、そして薬草の絵2枚と地図が2枚だな。
一度宿舎に戻って着替えてこないとな。
「よし、行くか」
「はい、それではお気をつけて」
ギルド職員の笑顔に見送られて、俺は両手に荷物を抱えてギルドを後にした。
俺は一度宿舎に戻り、支援装備の服に着替えると、地図を片手に町を出発した。
フィニアに連れられトルワートの町を出て数分、目的地のカナロス平原に到着した。
ギルドからは歩いて30分程度か。
目の前には遠くまで起伏に富んだ平原が広がっている。
その向こうの地平線の遠くには山脈が横たわっている。
陽は西のほうに少しずつ傾いてきていた。
今朝、孤児院からこの町へ来たということが随分前の事のように思える。
まさかその日のうちに冒険者ギルドで登録をして、仕事をする事になるなんて思ってもいなかった。
いや、これが普通なのかもしれない。
引きこもり生活を続けてきて感覚が鈍っているのは俺の方だ。
ここから『俺の人生再建への道』は始まるんだ、気を引き締めなければ。
「薬草の群生地ってのはどこ?」
俺はカナロス平原の地図を片手にフィニアに尋ねる。
「うーんと、この地図だとねぇ……ここと、ここと……この辺りかな」
俺はフィニアが指差したところに印を入れていく。
あ、ギルドから羽ペンをパクってきちゃった。
まあいいか、怒られたら返そう。
「随分と詳しいんだな」
「そりゃあ、あたしは伊達にギルドランクDじゃないしっ。
あたしだってギルドランクFの時は散々薬草を集めてまわったんだよ」
ゆるやかに吹く風が胸を張るフィニアの金色の髪を撫でる。
傾きかけた陽の光が彼女の金属製の胸当てに反射する。
絵になるなぁ……俺も早くこんな風になりたいなぁ……。
「よっし、それじゃあ日が暮れない内に今晩の宿代だけでも集めておこ~」
「おう~」
フィニアを先頭に俺はカナロス平原を歩く。
その間も俺は地図と目印になるものを見比べては現在地を確認していく。
そうしていくうちに、フィニアが示した薬草の群生地付近に辿り着いた。
「薬草の群生地ってこの辺り?」
「そうそう、ちゃんと地図通りでしょ?」
「うん、確かに」
「ここは町に一番近いから、数は少ないかもしれないけど……」
フィニアはきょろきょろと辺りの草むらを見回す。
そして、少し離れたところに座り込んだ。
「あった、これがトニラ草だよ」
立ち上がって俺に向かってくる彼女の手には一房の草が握られていた。
俺はギルドで貰った薬草の描かれた紙を取り出す。
「ほらほら、このギザギザの形の葉っぱ、覚えやすいでしょ?」
言われて葉の形を見比べてみると、確かに指定された薬草の特徴と一致する。
なんか見た事あるな。
……ああ、そうだ、タンポポの葉に似てる。
「このトニラの草って花が咲いたりする?」
「咲かないよ、ずっとこんな形してる」
「なるほど、分かった」
それなら、このタンポポの葉を集める感覚でやればいいんだな。
俺は目を凝らして草原を見回し歩く。
思ったよりもすぐにタンポポの葉の様な植物は見つかった。
葉を傷つけないように慎重に引き抜く。
「これか」
「そうそう、これこれ」
フィニアは俺が採集したトニラ草を確認すると、おもむろに地面に布を広げた。
「鞄も何も持ってきてないでしょ?
この布に集めた薬草を置いておきなよ」
「ああ、そうか、薬草を持って帰る事を忘れてたな……」
「あはは、薬草集めに袋は必需品だよ。
きっちり依頼通り薬草3束だけ持って帰ってちゃ往復大変だもんね。
普通は何十束も集めるもんだよ」
全く、フィニアは頼もしい限りだ。
『俺の人生再建への道』にもどんどん光が差し込んでいくぜ……。
こうして俺は心置きなく薬草集めに没頭してた。
それと同時に報酬計算も忘れない。
このトニラ草は3束で銅貨1枚だから、15束で銅貨5枚、ギルド宿舎一泊分か。
もちろん、ギルドランク昇格を目指しているから、ギルドで仕事しない日の泊数は数えない。
それに、あの宿舎の様子だと飯付きではないだろう。
俺が昼飯を食ったあの飯屋は一食につき銅貨2枚と考えると、トニラ草6束で一食分。
朝昼晩に食うとして、トニラ草18束、宿泊と合わせると33束……。
あれ? なにげに毎日のノルマ高くね?
「なあ、ギルドの近くに安い飯屋ってある?」
「あはは、今後の生活が心配だもんね。
あるよ、薬草集めが終わったら案内してあげる。
ボリューム満点、結構美味しくて、銅貨1枚で食べれるよ」
となると、食費は銅貨3枚、トニラ草9束として、毎日のノルマは24束か。
それでも結構な量だな……と思った俺の心配は杞憂に終わる。
さすがに群生地だからか、俺の布には既に結構な量のトニラ草が集まっている。
「あ、ちゃんと土は落としておいた方がいいよ。
ギルドの職員さんに嫌な顔されるから」
フィニアにそう言われ、俺は集めたトニラ草の土を落とすついでに数を数えてみる。
薬草集めを始めて十分程だが、既に15本のトニラ草が集まっていた。
意外といけるもんだな。
「ここも、あたしがギルドに登録したての頃に、優しい冒険者さんが教えてくれたんだ」
そう言いながら、フィニアは手際よくトニラ草を集めている。
ってか、早!
もう俺の倍くらい集めてるじゃないか。
「さすがに手馴れたもんだなあ」
「肉体労働は嫌だったから、Fランクの仕事は薬草集めばっかりやってたんだ。
今でもこうやって、ちょくちょく薬草集めの仕事はやってるしね。
薬草集めは常時依頼でいつでもできるから」
コンスタントに生活費を稼ぐにはちょうどいいという訳か。
確かにこれなら俺一人でもできるもんな。
「そういえば、この辺りって安全ではあるの?」
「そうだね、この辺は大丈夫だけど」
フィニアはトニラ草を片手に俺の方へやってくる。
俺はそれを察して再びカナロス平原の地図を広げた。
「さっき教えた群生地の、こっちの方は虫系や獣系の魔物がいる事もあるから気をつけてね」
フィニアが指差したのは町から最も遠い、山の麓付近の群生地だった。
ここは危険……と、俺はメモをとる。
って、やっぱりこの世界には魔物って普通にいるのか。
そんな事も知らないなんて、セイルはどんだけ引きこもってたんだよ。
……全くもって俺には言い返せませんが。
「ただ、そこはバウス草も結構生えてるから、おいしいと言えばおいしいんだけどね」
ついでにバウス草、ともメモに付け加えておく。
「なるほど、ありがと」
「どういたしまして」
昼間のコルディといい、フィニアといい、初日から良い人に巡り合えたものだ。
二人がいなければ、俺は未だに町で途方に暮れていたかもしれない。
いつかは俺もこの恩を返さなくてはな。
そんな思いを馳せつつ、俺はひたすらにトニラ草を採集する。
まずは自分の生活の地盤を固めないとな。
『俺の人生再建への道』は始まったばかりだ。
【繰越】銀貨2枚、銅貨6枚
【合計】銀貨2枚、銅貨6枚