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第3話 ヘタレな現実

ギルドの中は冒険者達で依然として賑わっている。

彼らにとっては日常の事なのだろうが、俺にはたくさんの夢を与えてくれる。

俺もいつかはあの輪に入っていくんだ……!

だが、華やかなギルドの雰囲気を味わった俺に、まず最初の現実がつきつけられる。

「おら、入り口でぼさっと突っ立ってんじゃねぇよ」

背後から上がった声に、俺は一瞬にして現実に引き戻された。

振り返ると、そこには俺の方を睨みつける大柄の男が立っていた。

大きな棍棒を担ぎ、革の鎧を着崩した、いかにも荒くれ者といった風体だ。

「す、すす、すみません……」

その余りの威圧に俺はどもりながらも慌てて道を空ける。

男は大きく鼻を鳴らすと、どかどかと足音を立ててギルドの中へと入っていった。

……よ、よかった……妙に絡まれなくて……。

だが、俺が現実に戻るのには十分だった。

ギルドの冒険者が俺に与えてくれたのは、本当に夢だけだったようだ。

……ええっと……どうしよう……。

俺はどうすればいいのかも分からず、入り口の隣の壁に沿って棒立ちになってしまう。

「ちょっと、依頼書が見えないじゃない」

今度は目の前から女の声が上がる。

見ると、革の軽装鎧を身に纏った気の強そうな女が腕を組んで俺の方を見ていた。

いや、見ていたのは俺ではなく、背後にある掲示板だ。

掲示板の前に棒立ちの俺がいれば邪魔以外でも何でもない。

「あ、ご、ごめんなさい……」

俺は慌ててその場を離れる。

そのまま俺は、ふらふらとぎこちない動きで近くの空いている丸机の前の椅子に座る。

俺は机に両肘をついて、頭を抱えるように俯く。

……お、俺の居場所はここにあるんだろうか……。

初めてギルドの雰囲気を味わった時の胸の高鳴りはどこへやら。

今度は逆に恐怖と緊張で俺の胸は高鳴っている。

そしてつきつけられる次の現実。

俯いた俺の視界には、自分が着ている布の服が映っていた。

次にギルド内を見回してみる。

そこには眩しいほどの装備を身に纏う冒険者の姿。

俺は再び机に俯く。

……浮きすぎてないか? 俺の格好……。

……いや、駆け出しの冒険者は皆こんなものだ。

この布の服一枚から成り上がっていったに違いない……。

「どうしたのよ、シケた顔しちゃってさ」

「ひっ!?」

突然かかった声に俺は思わず妙な声を上げる。

「ははは、驚きすぎじゃない?」

俯いていた顔を上げると、そこにはまだ少女と言って差し支えない女がけらけらと笑い声を上げていた。

「う、うるさいな、脅かすなよ……」

「脅かしたつもりはないんだけどー」

悪びれた様子もなく、少女は俺の向かい側の椅子に座る。

「ちょっと……考え事してただけだよ……」

「へぇ~、何考えてたの?」

俺は目を合わせられずに、ちらちらと向かい側に座った少女を見る。

金色の肩程までの長さ髪に、大きな茶色の瞳。

軽装剣士なのだろうか、金属製の胸当てと腰には細身の剣を差している。

まだあどけなさを残すその顔は、不敵な笑みを浮かべて俺を見つめていた。

「ひょっとして、君、ギルドに仕事を請けにきたの?」

少なくとも、この少女にはコルディの様な意地悪さは感じない。

俺に声をかけた事にも、その反応に笑った事にも、悪意は感じられない。

「わ、悪いかよ……」

俺は場違いな自分の装備を思い出し、消え入るように言う。

「へぇ~、てっきりギルドに依頼をしに来た人なのかと思っちゃった」

そうか、ギルドに用があるのは冒険者だけじゃないよな。

ギルドで仕事ができるのは依頼主あってこそだ。

布の服一枚の人間が出入りしていても何らおかしな話ではない。

俺は説得させるように自分に言い聞かせた。

「でもさあ、さすがにそんな格好じゃ何の仕事もできないよ?」

……ですよねー……。

せめてもう少しマシな装備を整えてくるんだった。

あ、でも、そんなお金もないぞ?

そのお金を稼ぐために俺はギルドに来たんじゃ?

……どん詰まりじゃね?

あれ、おかしいな、目から汗が……。

「はぁ……」

さすがに泣きはしなかったが、俺は再び俯いて大きな溜息をつく。

「そんなシケた顔してないで、ギルドのお姉さんに相談してきなって~」

ふと、俺は更なる現実を思い出す。

そうだ、今日の宿すら決まってねぇ……。

コルディにギルドを案内してもらったのも、一つは今日の宿の事があったんだ。

「心配ならついてきてあげよっか?」

ああ……天使の声とはこの事か。

彼女曰く、シケた顔の俺に声をかけてくる事といい、ギルドに相談するところまでついてきてくれる事といい、この少女はなんと世話焼きな天使だろうか。

「……ああ……頼む……」

それに比べて、俺はなんと情けない男だろうか。

こんな年端の行かぬ少女に付き添ってもらわなければ何もできないなんて……。

……だが、追い詰められた俺に、もはや恥もプライドもいらぬ。

いつか……いつか絶対に、俺もこうやって冒険者を目指す初心者に優しくしてやるんだからねっ!

「それじゃ、受付に行こっか。大丈夫だって、とって食ったりしないからさ」

俺の必要以上の怯えっぷりに、少女は笑ってフォローしてくれた。

彼女に促されるままに席を立ち、俺はギルドの受付へと向かった。

受付のカウンターの向こうではギルド職員が忙しなく歩き回っている。

「すいまっせーん」

少女はそんな様子にお構いなしに大声を上げる。

ギルドは喧騒に包まれているため、忙しく歩き回るギルド職員にはこれくらい大声でないと届かないだろう。

改めてこの少女についてきてもらって良かったと思う。

恥もプライドも捨ててよかったぜ……。

もし俺一人だったら、カウンターに座ってまごまごしている自分の姿が目に浮かぶ。

「あら、フィニアさん、お仕事ですか?」

「ううん、ちょっとこの初心者君のお世話をして欲しいの」

「またですか、フィニアさんも好きですね」

この少女の名前はフィニアというのか。

彼女の声に足を止めたギルド職員の態度を見ると、彼女はギルドでは多少知られた存在みたいだな。

それにこの会話、やっぱり彼女は世話焼きな性格らしい。

「カウンターで少し待っていてもらえますか?」

「はーい」

ギルド職員に言われ、フィニアはカウンターの椅子に腰掛ける。

「ほら、君も座りなよ」

「あ、ああ」

言われるがままに、俺はカウンターの椅子にフィニアと並んで座る。

「そういえば名前も訊いてなかったね。あたしはフィニア」

「えっと、俺はケイル」

「ケイル君か。男ならもっと堂々としたまえっ」

「お、おう……」

あまりにおどおどしている俺を見かねてか、フィニアは偉そうに俺に渇を入れる。

思わず背筋を伸ばす俺にフィニアはくすくすと笑う。

彼女はこういったギルド初心者の姿を見るのが好きなのだろう。

まあ、嫌味なところが全く感じられないからいいものの……。

情けないというか、恥ずかしい……。

背筋を伸ばして椅子に座っていると、さっきフィニアが声をかけたギルド職員がカウンターの向かい側に現れた。

温和そうな顔立ちの女性のギルド職員だ。

なんとなく優しさが滲み出ているような雰囲気に、俺の不安もいくらかほぐれる。

「お待たせしました、冒険者ギルドは初めてですか?」

「あ、はい」

「ケイル君は冒険者としてギルドで仕事したいらしいよ」

「え? いや、はい、うん……」

突然のフィニアの横槍に俺は思わず妙な頷き方をする。

「それでは、冒険者としてギルドに登録いたしますが、よろしいですか?」

「あ、はい、お願いします……」

改めて自分のコミュニティ能力の無さに泣けてくる。

前世の俺も人との会話は必要最低限のコンビニくらいだったしな……。

「それでは、こちらの書類に必要事項を記載してもらえますか?」

そう言ってギルド職員は一枚の紙を差し出した。

俺はカウンターに備え付けてある羽ペンに手を伸ばし、書類に記載を始める。

一瞬、文字が書けるか不安がよぎるが、ケイルはこの世界の文字は読み書きできるようだったので安心する。

言葉は喋れるけど文字は書けない、ってファンタジーの人物も多いもんな。

名前、年齢……住所?

あれ、俺、今住所不定だ……これってマズくね?

普通バイトするにも住所って必須だよね……?

体中から血の気がさあっと引いていくのを感じた。

年齢まで記載したところでペンが止まっている俺を見て、フィニアが俺の異変に気付く。

「あれ、住所は?」

「え? あぁー……な、無い……」

「へ? じゃあ今までどこに住んでたの?」

「えっと……今日、孤児院からこの町に連れてこられて……」

「なるほどね、それじゃあ『孤児院にいた』って書いておけばいいよ」

「そうですね、それで構いません」

そ、それでいいんだ……。

まだこの世界の常識には馴染めそうにないぜ……。

「あ、心配しないでも、このギルドには宿舎があるから大丈夫だよ。

 もちろん、タダって訳じゃないけどね」

「えーと……おいくら?」

「ギルドで仕事した日は銅貨5枚、仕事しなかった日は銀貨1枚だよ」

ちゃんとギルドで仕事しないと割高になるのか。というか倍か。

仕事しなかったら二泊しかできないな。

……いや、ギルドで仕事をすることを前提に考えろ。

もっと前を向いて歩け、もうあの頃には戻れないんだ。

前世でも、現世でも、あの頃には。

「じゃあ、ギルド宿舎を借りるってことでいい?」

「え? あ、うん」

「後さ、ギルドの初級冒険者支援装備ってのがあるけど、今の君になら必要だよね」

「え? そ、そうだよね……」

「ギルド保険ってのもあるけど、まだ危険な仕事はしないだろうし、これはいらないね」

「う、うん……」

完全に言われるがままである。

急に人間は変われませんよねー……。

「それじゃ、これでよしっと」

気が付くとフィニアは勝手に俺の書類の選択が必要な部分に丸をつけていた。

さっきの会話の内容の部分だが、一応俺は確認をしておく。

……うん、よく分からん。

まあ……フィニアにまかせておけば大丈夫かな……。

「はい、それでは確認させて頂きますね」

書き終えた書類に目を通すギルド職員。

「お名前はケイルさん、年齢は15歳、住所は無し、孤児院から来られたとの事で合っていますか?」

「は、はい……」

「それでは……ギルド宿舎を利用されたいとのことですので、まずはそちらから案内させてもらいますね。

 お疲れのようですし、少し休憩されるといいと思いますよ」

俺はその優しい言葉に思わず安堵の溜息をついてしまう。

緊張と不安で一杯の俺の様子を見て、ギルド職員も気遣ってくれたのだろう。

やっと、落ち着ける……。

こうして俺はギルド職員に連れられて、ギルド宿舎へと向かった。

ギルドに入った時に見た冒険者から貰ったのは……本当に儚い夢だけだったんだな……。



ギルド職員に案内された宿舎の俺の部屋は、それはもうこざっぱりしていた。

家具がベッドしか無い。

前世で引きこもっていたから泊まった事は無いが、おそらくカプセルホテルというのはこんな感じなのだろう。

三畳程の広さの部屋に、狭苦しくベッドが置かれているだけだ。

この世界に電気は無いから、明かりは小さな窓一つのみ。

本当に飾りのような窓なので、部屋の中はだいぶ薄暗い。

それでも、引きこもりの性か、ギルドや飯屋にいるよりはずっと落ち着く。

俺は薄汚れたベッドに大の字に寝転がると、大きく溜息をついた。

「はぁ……」

それにしても……ヘタレすぎる……。

こうやっておどおどしながらこれから先も生きていくのだと思うと……。

ケイルは本当に無駄に15年間を過ごしてきたんだな……。

そして俺は前世で無駄な38年間を過ごしてきたんだ……。

社会というものに出て初めて自分の無力さを強烈に感じた。

そして、その社会でこれから生きていかなければならないということを。

ベッドの上で寝返りを打つと、腰に違和感を感じた。

孤児院の修道女から餞別と共に貰った腰に下げていた小さな布袋に手を入れると、銅貨に混じってコルディから貰った勾玉があった。

俺は勾玉を取り出し、仰向けになってそれを透かして見る。

小さな窓から差し込む陽の光を受けて、勾玉の石は琥珀色に輝いている。

……待てよ?

今、俺は前世の38年間は正直に無駄だと思った。

このままいけば、ケイルとしての俺も38歳になったら同じように思うはずだ。

前世の俺は15歳の時に何をしていた?

名前を書けば受かるような底辺の高校に入学し、僅か一ヶ月足らずで不登校になり、そのまま実家の部屋に引きこもってネトゲとフィギュアで戯れる毎日を23年間も続けていたんだぞ?

幸せではあったのかもしれない。

死ぬ間際まで喜んでフィギュアを買い漁っていたんだしな。

でも、また同じ人生を歩みたいと思うか?

また現実から逃避するだけの毎日を送りたいと思うか?

……答えは否だ。

俺は転生したんだ。

こうして記憶が残っている以上、それは紛れも無い事実だ。

今なら……まだやり直せる。

これはチャンスだ。

コルディからギルドという言葉を聞いた時の事を思い出せ。

初めてギルドに足を踏み入れた時の事を思いだせ。

あの時の胸の高鳴りは……『人生をやり直せる』という期待だったんだ。

夢や希望で終わらせるだけではなく、これから追うことができるという期待だったんだ。

俺は人生をやり直すことができるんだ。

あの爺さんの勘違いとはいえ、俺は人生をやり直すチャンスを得たんだ。

気が付くと、俺は勾玉を握り締めていた。

過去との決別、そして、未来への決意。このペンダントはその証だ。

厨二臭くても何でもいい、俺はこの世界で人生をやり直すぞ。

俺はペンダントを首にかけた。

心なしか、気持ちが強くなれた気がした。

【繰越】銀貨2枚、銅貨6枚


【合計】銀貨2枚、銅貨6枚

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