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第1話 勘違い転生

気がついたら、俺は天国にいた。

いや、天国と言うには早いのかもしれないが、俺が居るのはまさにそれだ。

足元は妙に質量感のあるもこもことした白い雲で覆い尽くされ、ずっと平坦のまま地平線の果てまで続いている。

空は真っ暗で星の一つも見えない。

現実的に考えれば、夜の、しかも雲の上であれば、それはもう綺麗な星々が空を埋め尽くしているはずだ。

しかし、目の前に広がるのは白い雲の地面と暗闇だけ。

日本昔話にでも出てきそうな、漫画の様な『天国』だ。

ということはなんだ、俺は死んだのか?

俺は記憶を手繰り寄せる。

確か……予約していたフィギュアが到着したというメールが届いて、近くのコンビニ受け取りだったから俺は家を出てコンビニに……。

今回のフィギュアは日常系ほのぼのアニメ『もこ☆はね』の羽野たんの十分の一スケール初回限定プレミア特典付だったからな。

コンビニで商品を受け取ると、そりゃもう俺のテンションは有頂天さ。

自然と帰りの自転車をこぐ足にも力が入るってもんだ。

コンビニ前の下り坂を、羽野たんを自転車のカゴに乗せて、ブレーキなんかかける事無く猛スピードで、超スピードで下って……。

なんか聞いた事あるフレーズだな。

まあいいや、俺はとにかく凄まじい勢いでチャリで坂道を下って……。

……あのヘアピンカーブ……曲がりきれなかったな……。

「ほっほっほ、思い出したかの」

突然、どこからともなく声がした。俺は慌てて辺りを見回す。

どこを見渡しても地平線まで続く雲の地面だけだ。

そして再び正面に視界を戻すと、そこには一人の老人が立っていた。

「うおっ!? いつの間に!?」

俺はひどく驚いたが、元より天国の様なこの空間の方が不思議極まりない。

爺さんが目の前に瞬間移動してきたとしても不思議な事でもないか。

頭髪を全て髭に全て移植したかのような白い顎鬚と、目がすっかり埋もれてしまう程伸び放題の白い眉毛の出で立ちの老人だった。

真っ白なローブに古めかしい木でできた杖を持つ老人は、これまた日本昔話で出てくる見本のような『神様』の姿だ。

「のぅ、お主、異世界に転生したいとは思わぬか?」

「は?」

突然の老人の言葉に、俺は思わず気の抜けた返事。

この第三者の出現で俺の頭はすぐに、これは夢である、と判断する。

だって、どこまで見渡してみても地面が雲なんだぜ?

というか、俺、雲の上に立っているんだぜ?

夢の中の世界であればやりたい放題だ。

ここぞとばかりに俺は適当に注文をつけてみる。

「そうだな、どうせ現実世界に戻っても引きこもり生活だし、異世界に転生できるんなら願ったり叶ったりだな。

 その代わり、チート能力はくれよ?

 転生するにしても超美形でスタイル抜群な。

 それと幼馴染もかわいくしてくれ。将来、フラグ回収したいから。

 生まれも貴族がいいな。平民から成り上がるなんてめんどくさいし。

 あー、でもギルドってのもやってみたいな。

 どうせだったらSS+なんて超上級の依頼があるギルドの世界がいいな」

気が付いたら、俺は言っている事の矛盾も忘れて一人妄想を爆走していた。

その俺の様子に目の前の老人は眉をひそめた。

なんとなく怒っているようにも感じる。

「お主、まだ自分が死んだ事を自覚しておらぬようじゃな」

「俺が死んだ? ま、まさか……」

認めたくはなかった。

コンビニ帰りにチャリで爆走して事故ったなんて……。

最近は自転車事故も増えてるしな……。

誰か巻き込んだりしてないよな……。

明らかに狼狽する俺をよそに、老人は手にした杖で宙に円を描いてみせた。

すると、空間を切り取られたかのように、その円の中に映像が浮かび上がる。

「あ……」

俺は思わず声を漏らした。

そこには、アスファルトに横たわる体中傷だらけの男の姿。

手足はあらぬ方向に曲がっている。

そして近くには原型を留めていない程に損傷した自転車。

「どうじゃ? お主が死んだ事を自覚できたかの?」

老人が宙に作った映像を消すと、俺はがっくりと両膝をついた。

思い出した最期の記憶に、俺は死んだのだと嫌でも実感させられた。

そう、これは夢じゃない……確かに俺は死んだんだ……。

「お主の力、異世界で使ってみたいと思わんか?」

「……力って言っても、別に俺は何もできねぇぜ?」

自慢できる力と言えば、ネトゲの情報を集めて攻略する能力。

フィギュアの相場調査能力、新作の情報収集能力。

……他に何かあるっけ……。

改めて自分の力を思い起こして俺は落胆する。

こんな力が役に立つ異世界なんてあるのか?

「ほっほっほ、謙遜することはない、お主もかつては神と称えられていたではないか」

「……は?」

俺が神? 俺は間抜けな声を上げる。

うなだれる俺をよそに、勝手に話を進める老人。

「ワシには全てお見通しじゃ、隠してても無駄じゃぞい」

「いや、隠してなんか……」

「まあ、これからお主が行く世界は現世とはだいぶ違うがの、ほっほっほ」

「いやだから……」

「心配せずともお主の力はすぐに開花するわい」

「だからっ!」

「なんじゃ、心配か? 案ずるな、数多の賊を退治してきたお主ならすぐに慣れ……」

「話を聞けじーさん!!」

俺はありったけの力で叫んだ。その声にきょとんとする爺さん。

「ふむ、便所ならそこの先の……」

「違う! 死んだのにわざわざトイレに行かないだろ!」

「ふむ、そうじゃな、立ち話もなんじゃ、すぐに座布団を……」

「今更そんなことはどうでもいいから!」

「ふむ、すまんかったの、すぐにでも茶を出そ……」

「いらんわ! 喉は渇いたけど!」

「ほっほっほ、心配せずとも茶菓子は昨日、団子屋で包んでもろうた……」

「そんな心配してない! だから……!」

「分かっておる、お主の世界では息子の足仲彦がしっかりと……」

「だから、そいつ誰だよ!?」

俺のその声に、再び爺さんは驚いた様に目を見開いた。

伸び放題の白い眉毛に隠れていて、よくは分からなかったが。

とりあえず驚いた様子だけはしっかりと伝わった。

「お主、自分の息子の事も覚えておらんのか?」

「息子なんていないし! いたら俺はリア充生活満喫してたんだろうよ!」

「はて……」

「俺の名を言ってみろ!」

俺はどこぞの悪役のようなセリフを大声で言う。

一度は言ってみたいセリフだったが、まさか冗談でも無く本気で言う事になるとは思ってはいなかった。

「じゃから、ヤマトタケル……」

「俺の名前は山野猛やまのたけるだ!」

辺りに驚くほどの沈黙が降りた。

さっきまでの爺さんとのやりとりが嘘のようだ。

老人は驚いたように目を見開いたまま何も言わない。

なんとなく気まずくなり、俺は続ける。

「俺はヤマトタケルじゃないし!

 いや、名前が一文字違いだから親近感沸いて調べてみた事もあったけど!

 なんか神話ってゆーか歴史くさくて3分でやめたけど!

 あれって確か日本の昔の人だよな!?」

「ふむ……なるほどのぅ……」

爺さんは杖でいくつも円を描きながら呟く。

俺の方からはよく見えないが、おそらくはさっきやっていたように俺の世界の映像を見ているのだろう。

「ほうほう……おや……そうか、間違って呼んでしもうたか」

あれ? 今間違ってって言った?

「いやはや、二千年ほど時代を間違えたようじゃの、ほっほっほ」

あれ? やっぱり今間違えたって言ったぞ?

「しかし、まあ、一文字しか違わんではないか」

「名前が一文字違うだけじゃんか!」

「もしかしたら、お主はヤマトタケルの子孫かもしれんぞ、ほっほっほ」

「かもしれん、じゃねぇよ! どうせなら断言してくれよ!」

「儂にも分からんわい、ほっほっほ」

「ほっほっほ、じゃねぇよ!」

俺はツッコミを入れ続けたが、やがて何を言っても爺さんは笑うしかしなくなった。

ボケのネタも尽きたのだろうか。

それとも、ただ笑って誤魔化して俺が諦めるのを待っていたのか。

「はぁ……それで、俺はこれからどうなるの?」

「はて、どうしたもんかのう」

爺さんは顎髭を撫でながら視線を宙に泳がせる。

「爺さんの勘違いだったんだろ? どうにかしてくれよ」

「ふむ、そうじゃのう……転生する?」

「軽く言うなよ!」

俺は大声でツッコミを入れたが、それはすぐにため息に変わった。

死後の世界がどうなっているかなんて考えた事がない。

ここで転生を拒否したら、天国か地獄へ直行なのだろうか。

「はぁ……どの道それしかないんだろ?」

「ほっほっほ、やっとこさ素直になったのう」

「でも、爺さんの不手際だ、能力の特典や転生先の世界を選ぶことくらいはさせてくれよ?」

「そうじゃのう……本来はその者の能力を引き継いで転生させるからのう。

 今回は特別に、お主にヤマトタケルっぽい能力を与えてやるわい」

「っぽい、って何だよ!」

「本来はヤマトタケル本人を召喚するつもりじゃったからのう。

 まあ、適当に底上げしておくから安心せい」

「適当って何だよ! それに、転生した後の言葉は? 文字は? 通貨は?

 転生先って他にもあるの? 転生って赤ちゃんから?」

「ええい、面倒な奴じゃの、転生してから考えればよいじゃろ。

 ほれ、転生してやるぞ」

やばい、ちょっと怒らせちゃったか?

今後の為に……いや、俺の転生先の一生のためにここは穏便に……。

「ごめんごめん、爺さん、ちょっと気が動転しちまって……」

「それじゃあ、達者での」

遅かったあぁ! と思うよりも先に、俺の意識は暗闇へと消えていった。

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