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えぴそーど でろ(ゼロ) エピローグ『伝説の勇者』

 最後の『水魔将』にして『勇者』であった少女の物語は高名だが、残忍かつ豊満な身体を持つ美しい魔女であったとも、小柄で美貌とは縁遠くも優しく暖かくそして激しい子供だったとも。どちらの報告も信憑性のある資料が裏付けていることから、『水のウンディーネ』と呼ばれる存在が実は二名いたのではないかと考える学者は少なくはない。


 『ニシオ ユキコ』なるただの少女が親友や義父の意思を継いで戦い抜いた。

 そんな荒唐無稽な伝説は主に子供たち。そして少女達に人気が高

い。

 私は嘗ての戦い、すなわち我々が『人』になった戦いに思いを馳せることで、資料を越えた真実が見えるかもしれないと想うことがある。


〜 名も無き歴史学者 〜

 まがまがしく変形し、『勇者』たちを取り込んで変化してく『滅びを司るモノ』に人々は恐怖し、絶望し、お互いを罵り合った。


「今までは本気ではなかったってことかよっ シズカッ」


 魔族の少年兵エルは彼女に掴みかかる。

 歯が折れるほどの勢いで口をかみ締める王族の青年ゼーゲンの眼前で、人々がまた散っていく。


「もう。だめだ」


 王族の青年は思った。元娼婦の少女は涙を流した。魔族の少年兵は彼女を庇って駆けた。


 怪光線が人々をなぎ払い、建物を砕き溶かし全てを無に還していくかに見えたその時。


 次々と『滅びを司るモノ』の周囲のコピー達が切り裂かれていく姿が見えた。


 怪光線を放っていた『滅びを司るモノ』の周囲が揺らぎ、ずるずると両断された爆散するコピー群。


 歓喜より畏怖が先立つ人々は今の状況が把握できない。


「魔王様も。四天王もいないのに」

「勇者様たちも滅んでいるのだぞッ?!」


「あんなことが出切るやつが、今の世界にいるわけがない」


 だが、また勇者や魔王、魔将たちの悲鳴と共に『滅びを司るモノ』が揺らぐ。


「戦っている」

「あの攻撃の中で?」


 光なき瞳に涙を湛えた盲目の少女は『見た』。


『ドブスッ 手前の面、遂に捉えたぜッ』


 逃げる事も叶わず、死の床につく老婆は見た。感じた。

 久の飛び込み二段蹴りが『女神』の頬に突き刺さる光景を。

 其の光景は。人々に。全ての命に『見えた』。


『どうやら魔力切れらしいなっ!!!!』


 何処でもない世界の何処かで。

 『勇者』が戦っている。

 力を失い、タダの人間に戻ったはずの勇者が戦っている。

 彼らを守るために戦っている。


 縁もゆかりも無い。

 自らを拉致した憎むべき世界の人々を守るべく。戦っている。


「ゆうしゃ……さま」

「ひさし……さま」


 魔族の戦士は魔力を失った杖を握り、ナイフで切り込みを入れて即席の槍とした。

 人間の兵士は潰れた剣を其の槍に括りつけ、予備の剣を抜いた。


「戦おう」

「うん」


 おれたちにできることを。

 異世界からきた、赤の他人に任せるなんて。とんでもない。

 彼らの思いに。応えなければ。


 俺達が。私達が。この世界を。守らなければ。


「エル。あれ見て」


 突如、涙を流していた少女がつぶやく。


「口?」

「口に良く似ているが。あれはなんだ」


 娼婦の少女が指差す先に。魔族の少年兵の視線の先に。

 口のような器官を開いた『滅びを司るモノ』がいる。

 『口』からは触手が伸び、命たちを絡め取ろうとする。


「魔力を補給するためには『血』が必要だ」


 王族の青年が呟く。


「つまり、魔力切れを起こしたアイツの。アイツの弱点?!」


 斥候の青年の声に。


「反撃の目処がついたな」


 魔族の少年兵は微笑を浮かべた。


「所詮、『ディーヌスレイトのオリジナル』が倒したもののコピーだ。ただのエルフが倒せたバケモノを俺たち人間が倒せないわけが無い」


 王族の青年は微笑んだ。もう。王ではないが。


「いくぞっ!」


「おうっ!」

「あなたの指揮に従いますッ」


 沸き立つ人間達は醜い口に仲間を放り込もうとする『滅びを司るモノ』から仲間を逃がし、戦うために弓から矢を放ち、松明の炎を投げ、水を、土を投げだした。


「今こそ、我らは『人』となるっ!」

「『善きこと』をっ!!」


 しかし。疑問が残る。

 だれが。誰が。あのようなことを。

 誰が。あのバケモノに攻撃して、糸口を作ったのか。


「俺は見た。ウンディーネ様が戦っているのを」


 老年兵が呟く。


「ぼくもきこえたののっ!」

「あれはうんでぃーねさまと。先代様の声なののっ」


 『子供たち』がはしゃぐ。


 そのとき、『風の声』が響いた。魔王の。神聖皇帝の力だ。

 歴代の魔王達。その出来損ないだった神聖皇帝の声。


 爽やかな風が人々の声を。これから生まれる者達の声を。


 今を生きる者達の言葉を。散っていった人々の意思を伝えて。



 世界を巡り、『輪』に届け、星に、因果律へと届けていく。


「由紀子様だ」

「ウンディーネ様の声が聞こえる」


 親を失った子供たちが耳を済ませて呟く。汚れた頬をほころばせて。


「さらまんだー様の声だっ」

「シルフィード様の声がっ?」

「ノーム様の声が聞こえる」


 彼らの知る魔王の声が魔族を鼓舞し、神聖皇帝の激励がほとばしる。

 散って逝った仲間達の。これから生まれゆく子供たちの笑い声が聞こえる。


 彼らは見た。『能力』を失ったはずの少女の身体に纏いつく。新たなる力を。精霊たちの輝きを。


 想いを『世界』に奪われないように近づいただけだったのに、それ以上に一人の少年を愛してしまった女性たちの思いを。其の想いを継いだ一人の少女の姿を。


「勇気を出して。あなたたちは。『勇者』なのだから」


 新たな声。


 彼らの。世界中のいのちの耳に。こころに響く其の声。

 『世界』に『女神』に力を奪われたはずの勇者や魔王、魔将らが何故に。



 その答えを知るもの。異世界で空を見上げる者がいた。

 誰もいない世界で空を見上げながら旅する『彼女』は呟く。


『勝手に似姿を作って好き放題をするな』


 そして艶然と空に微笑み。歩みを再開した。



 女神の耳障りな声が響く。


「神も。悪魔も。精霊も全て貴様らを見放したのだぞッ 私に赦しを請えッ」


 もはや一片の善性も持ち合わせぬ女神の声。


「うっせーんだよ」


 新たな『声』。


「神も。悪魔も。手前らを見放した? そんなことはねぇぞ」


 『女神』は。世界の全ての命は。見た。



 木で出来た不思議な形の神殿に腰かけ、本を読む美しい長身の少女を。

 彼女が強い光を受けながら、立ち上がる姿を。

 彼女の黒く、長く。美しい髪を止める髪留めがはずれ、空に煌く。


「ここにいるぞ。お前たちを護る『大精霊』がここにいるぞっ!

あたしはお前たちを見捨てない。親友たちが守るお前たちを。世界を」


 女神の呪詛にも不敵に微笑む。

 その『大精霊』は世界全てのいのちに叫んだ。


「この武田彰子様がいるぞ。『勇者』たちよ。

この世界の生きとし生けるすべてよ」


 彼らは見た。精霊の加護を受けた人々の。

 勇者達の想いを受けた少女の戦いを。



『俺が死んだら人類は滅びると想ったけど、久のおかげでそうでもなかったわ』

『あなたの真の力って"他人に想いと力を譲る”だったのよね。博志君』


『自分でも知らなかったけどなッ ははっ ウンディーネッ あれは痛かったぜッ』

『痛くないように斬ったじゃない。そして私は博志君の力を継承者の由紀子ちゃんと、愛を捧げる異性の力を得る久君。大好きな人たちに魔将の力と意志を譲れた。意味。解る? 女神様♪』


 人々は感じた。まるで人の子のように女神が狼狽する姿を。


『な、な。貴様ら。人の。魔族の分際で。"神"すら』


『そういう風に俺たち勇者と魔将を作ったのは』

『あ・な・た♪』

~ この。ペテン師共が ~


 『女神』と『大精霊』の呟きに。


『褒め言葉と受け取っておこう。俺はジジイだから温厚なのだ』

『ふふふ。私のほうが年上だよ♪』


 二人の残留意識はしゃあしゃあと告げる。



 不思議な声が響く。

 『大精霊』を経て『力』が人々に注がれていく。


 それは『勇者』たちに比べればはかなくもろい『力』であったが、それ以上のものがあった。

 暖かい想いが。喜びが。夢が輝き。星々に。空の『輪』に届く力。


『希望』


 それが。人々に、いのち全てに注がれていく。

 哀れな人形だった彼らに本当のいのちを注いでいく。


「ここにいるぞ。お前たちを護る『大精霊』がここにいるぞ。

あたしはお前たちを見捨てない。親友たちが守るお前たちを。世界を」


 生きとし生けるものは見た。生きとし生けるもの全ては見た。


 彼らを殺そうとする『金の髪』に挑む少年の姿を。

 彼らを導くべく剣を取り、叱咤激励する少女の姿を。


 そして、彼らを。自分たちを守る『大精霊』の両手の温かさを。


『武田彰子ッ!!』


「この武田彰子様がいるぞ。『勇者』たちよ。

この世界の生きとし生けるすべてよ」


 彰子は告げた。世界中の『命』に。


「闘えッ! 『汝ら』は『勇者』なりっ」


 人は。命は。


 生きている限り、穢れに染まりながらも。

 生きなければいけない。成すべきことの為に。


 由紀子は掌を天に掲げた。

 世界中の思いを受け取り、思いは風に乗る。


 人々の想いは集い、風となり。

 魔王の武器『空の(スカイアックス)』へと変化していく。


 その輝きは空に。世界に届き。因果律を変化させていく。



 久は両手に力を込める。

 異世界の魔王の身より打たれし邪聖剣。魔皇剣(シトラスソード)

 全ての欲望と願いを叶える魔王。『沙玖夜』の剣。壱百八の煩悩(ダイヤモンドソード)を両手に握る。


「おとうちゃん。私」


 由紀子は微笑む。


「命は生きている限り。生きている以上」


 久は悲鳴を上げる『女神』に勝ち誇る。


 炎から逃れるために穢れた身体で這いずり回る力なき蛞蝓(なめくじ)よ。

 君には。君にも。他人には無き力がある。だから。きっと。生き抜いて。


 二人の、世界の人々の言葉が重なる。


「『善き事を。成すのです』」


(『エピソード でろ(零)』 おしまい♪)

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