『滅びを司るモノ』
職人達が作り上げた鉄の剣が煌き、農奴達は槍を振る。
奴隷たちが壊れた太鼓を叩き、魔族たちが魔力を失った杖を篩って彼らを守らんとする。
彼らを襲う白い翼を持った『天使』たちは微笑を浮かべながら、人を魔族を動物を。植物を、虫たちを。あらゆる生き物を屠っていく。
地獄があればこのような光景なのかもしれない。
彼らを殺そうとしているのは地獄の鬼ではなく。天使たちなのだが。
それでも。『箱庭』のいのち達は抗い続けた。
力を合わせ、心を触れ合わせて。力なき者は神の翻意を祈り。
力あるものは自らを盾として白い剣に自らを捧げて仲間を。家族を。友を守る。
彼らが斬り捨てた翼を持つ人々。『天使』は微笑を絶やさぬまま滅び、白い翼を黒く染め上げ、大地に還っていく。
白かった翼は蟲に食われ、鳥についばまれ、魔族や人が踏みつける。
変化がおきた。
黒い翼は汚泥のように動き、絡み合い、ゆっくりと一つの何かになっていく。
黒さと白さを持つそれは、周囲の物質を。生命を食い。『天使』たちをも飲み込んで不思議な輝きを持つ『ナニカ』へと変わっていく。
「あれは。なに」
魔将として、勇者としての力を失い。
それでも炎将軍の炎を掲げ、風将軍の刀を金の輝きを放つ血に染めた少女は。
世界中のいのちは。
その天に覆いかぶさる存在を見上げた。
それは既に彼らが抗っていた存在ではなかった。
『天使』ではなかった。
人の姿すらしていなかった。
『滅びを司るモノ』
異世界に存在するという魔王の『オリジナル』がまだただのエルフの乙女だったときに『星の忠犬』達と共に抗った存在。
世界を滅ぼし再構成するものを作ったと『金色の髪』の嘲る声が聞こえる。
『神でも。魔法でも。剣でも』
この存在は滅ぼせない。『金色の髪』の哄笑とそれでも抗いを辞めぬ久の怒声が響く。
複雑な命と機械とあらゆる雑多なモノが組み合わさり。
白く輝く翼が、羽根が雪のように美しく舞い降り、人々を魔族を生けるものを滅ぼしていく。
その様子に脚を竦め、失禁し、涙を流して震える青年に魔族の老人が微笑んだ。絶望の中、彼は微笑むことで抗った。
「もっとも恐ろしいものを知ること。それが勇気になる。恐怖を恐れるな」
老人は呟く。
「何故怖いのか。それは大切なものを失うことが怖いのだ。最も怖いことを考えろ。それが勇気だ」
「勇気?」
臆病者とののしられてきた。故に生き残ってきた。
故に自らを心の内で責めていた。そんな自分に。勇気があるのかと。
「そう。魔族の誇りだ。もっとも我らは『怖い』ものを口にすることは臆病者と呼ぶがね」
「勇気。ですか」
「愛するものを失いたくない心だ。
そうそう。婚姻契約祈祷にもっとも必要な要素でもあるな」
其の言葉を聞いて青年は微笑んだ。老人は頭を掻いて微笑む。
「いこう。爺さん。俺に勇気を教えてくれ」
「おい。ワシが先じゃ」
二人の視線の先。
「おばあちゃん。きれいなのが空にあるよ」
「うん。そうだね」
場所変わって必死で逃げる人々。
老婆に抱かれた無垢な少女。其の瞳の先。
彼らの視線の先に。
『滅びを司るモノ』がいた。
「棺桶を用意しておけ。これより、我らは『水のウンディーネ』の指揮下に入る。一時指揮は人間の王族の私がやるが良いか」
「他にいるのか。私たち魔族は貴様に。ウンディーネ様に未来を託す」
「皆死にました。奴隷の私を庇って主人は死にました」
「スリングを。投石器を、投石機を用意しろッ」
戦士たちは。人々は。
魔族たちは。人間たちは。
魔王城にて少女の帰還を待った。
絶対。絶対。彼らの信じる少女は戻ってくる。
その瞬間まで。魔王城は譲らぬ。
きらきらと輝く羽根に人々は赤い血の花になっていく。
哄笑をあげ、血の味に酔いしれる『女神』の声。怨嗟の声。砕ける音に全てを切り裂く光線。
「総員。なんとか空のアレを打ち落とせッ!」
「投石機用意ッ」
「第一騎兵隊はどうなった」
「第二騎兵隊ッ 連絡は出来ぬのかッ」
次々と滅ぶ中、指揮系統も崩壊していこうとする。
それでも。彼らは諦めない。命がけで斥候の青年は駆けた。
剣を振り捨て、鎧を脱ぎ捨て。彼はこの物語冒頭で登場した魔族の兵だ。
「第一騎兵隊ッ 第二期騎兵隊は壊滅ッ 第三騎兵隊が戦っていますッ」
「ファン。よく伝えてくれたッ」
王族の青年は叫ぶ。
「第三投石機損傷」
「第六投石機全壊ッ」
「諦めるな。水の魔女がいる限り、ヒサシ様がいる限りッ 信じろッ 彼らを。己をッ!!
彼らが勇者ではない。俺がッ お前がっ 俺たちが『勇者』だっ!」
王族の言葉はチート能力など無くとも戦場の隅々にまで響く。
其の言葉を聞き、農奴の少年は食料を手に走った。
片腕を失いながらも戦い続ける魔族の老年兵に届けるために。
娼婦の少女は走った。
剣を手に。拙いながらも戦うために。抗うために。
「我は王の血を持って君たちを守るッ このゼーゲンについてこいっ!」
「おおおおおっ!!」
王族の青年は剣を持ち、『滅びを司るモノ』から沸騰する泡のように沸き立ち、飛び出し、舞い降りる『天使』の一体に斬りかかる。
「本体を叩かなければ『天使』は減らんッ 空を舞うあいつを叩かねば」
剣で。弓で。儚い攻撃を繰り返す彼ら。届くはずのないその儚く拙い攻撃。
風が吹き。その矢を届けた。
炎が揺らめき、敵の身を焼いた。
水が流れ、人々のキズを癒した。
そして。
土が盛り上がり、人々を守る。
「いけっ!」
最後の一撃が決まる。
油と共に炎魔将の炎を纏う岩を打ち出した投石器の一撃は、本来届くはずの無い距離を風に、突如湧いた間欠泉に支えられ『滅びを司るモノ』に直撃した。
揺らぐ『滅びを司るモノ』。
否、揺らいだのはその周囲の空間。
ばたばたと翼の音がする。
白い羽根が舞い降り、其の輝きが人々の目を焼く。
「あれは。なんだ」
揺らぐ『滅びを司るモノ』。だが、落ちない。落ちてこない。
空の映像が揺らぎ、震え、きらきらと輝くなにかが『滅びを司るモノ』の周囲にひとつ、またひとつ。
そして。白い光が人々を焼き払う。その威力は先ほどとは比べ物にならない。
状況が把握できず目を見張る王族の青年の目の前で、また一つ、空を舞う白い輝きが生まれ、増えていく。
「あの周囲を旋回している壱百八のものは。すべて私達が倒した『滅びを司るモノ』と同一の固体です」
震える声で報告する娼婦の少女の眼前で更に大きく、醜く膨れ上がる『滅びを司るモノ』の姿。其の姿は。醜悪だった。
彼女らの知る勇者。
エアデ、ヴィント、ツェーレ。
ありとあらゆる伝説の勇者達の似姿が。天を舞っている。
彼女らの知る魔将が。魔王達がいる。
歴代の『ディーヌスレイト』の姿。地水の魔将達。
苦悶に喘ぐ風魔将の、炎魔将の姿。
「あれは魔王様ッ?!」
「あれは勇者様ッ?!」
色めきたつ人々。
『世界』と『女神』が吸収した勇者達の力の結晶体の姿に人々は剣を止め、魔族たちは杖を手放した。
呆然と空をみあげる『箱庭』のいのち達。
虐殺が再び始まった。