ぽんぽこ山
今となっては昔話になります。
魔王城より遠くに大きく丸い岩山の連なりが見えます。
またこちらにきて間もない頃の私がこの山を見たとき、故郷の大山を思い出して泣いていました。
私はこの山の名前を知らず、なにげなく見た目で『ぽんぽこ山』と呼称しておりましたが、それを聞いた私の義父や義母、かつてのもう一人の親友は一斉に妙な反応をしました。
生暖かい風が吹きました。
ノームさんが絶句し。「ぽんぽこ山」とだけ呟きました。
何処かでお米を焚く香りがします。かなり好評のようです。
「ぽんぽこ山?」
ガイアさんが問い返し。『子供たち』がお餅を作って保存食とする様子がほほえましいのか、「ぽんぽこ山。くす」とウンディーネさんが微笑みました。
ウンでーネさんが微笑んだのはこの山が魔竜一族の本拠地だからだそうですが。
魔竜の皆さんはとても紳士で優しい方々です。
怖いなんてとんでもないお話です。
「ワシでさえ魂が食いつぶされそうな気分になる」
「由紀子は傑物ね。きっといい魔将になるわ」
「あはは。あの山がぽんぽこ山。そして魔竜一族を紳士で済ませるなんて。ガイアのいう通りね……なれれば♪ だけど♪」
親友の一言は私に魔将などにはさせないと言う意味でしたが、運命って残酷ですよね。
……。
……。
人間達はこの山に成育する植物。勝手に増殖して他の植物を駆逐する魔竹を用いた槍を次々と投げつけてきます。人数に任せて長い長い槍として列を揃え、同時に打ちおろす攻撃は魔族の勇士たちの防御を掻い潜り。
「ただの農奴どもに我らの勇士が倒されるとはッ 情けないにも程があるっ」
デュラハンさんが怒りの声を上げますが。
個人の武力より、数と戦術と武器です。
魔族は一騎打ちや個人で複数を倒すことを誇りとしますが、それが仇になりました。
次々と倒されていく皆を救い、陣地構築のために孤立したノームさんたちを救うには。
「みんなっ! ぽんぽこ山から逃げるわよっ!」
「ゆ、由紀子さま。失礼ですがこの山はぽんぽこ山などと言う穏やかな名前では」
「ま、魔竜山脈ですよ?! ウンディーネ様ッ」
でらはんさんが仰るには、魔族領域の中でも魔竜族が支配する魔境中の魔境の一つ。だそうですが。
「うっさいのです。ぽんぽこ山だか魔竜山脈だかそんなことはどうでもいいのです」
~ いや、由紀子。デュラハンさんの言う事は間違っていないと思うぞ ~
「とにかく、勇者達をこれ以上進軍させてはいけません」
「な、なら、何故敵に背を見せるのです」
「引きながら、殲滅。第四軍団と合流します」
「なんですとっ?」
~ 島津の古事に因む。違う点は第四軍団と言う合流地点があるところだけだな ~
「お言葉ながら穴掘り第四軍団など、いなくなってもなんの影響もありませぬ」
「愚か者。連中は全力を持って、敵となる国々が団結して我らに挑んできているのだぞッ」
デュラハンさんは。皆さんは黙りました。
「魔王の御子である我らが、何故其の意気に応えないッ 第四軍団は我らの同腹ぞっ」
その第四軍団は、陣地構築のために死闘を繰り広げています。
「貴君らが口にする米は誰が育てたっ 誰が命がけで届けたッ」
時として鎧や剣を投げ捨て、荷車で武器防具を別枠で運んでも物資を届けた勇士たちの活躍があってこそです。
「デュラハン。武器も防具も捨てろッ 殿はわたしが勤めるッ」
蒼白なデュラハンさんのお顔が怒りに染まるのが見えました。ごめんなさい。
「デュラハンを含む親衛隊は武器防具を捨て、全力疾走で第四軍団に合流しろ。走るだけなら武器防具はお荷物だッ 誇りなど捨ててしまえッ 我らに必要なのは魔王様への忠義のみっ」
「な」
第一軍団は親衛隊にとって黒い剣と鎧は武器であり防具であり誇りそのもの。
それを脱いで走れなどとんでもないことです。
ありえないのは。存じております。
「ニンフ。悪いがデュラハン達親衛隊の武器防具、物資の輸送を頼む。合流したら速やかに武具を装備させ、第四軍団と共に撤退戦を行え」
ニンフさん。短い間でしたがお世話になりました。
「あとの者は。悪いが私と共に。……死んでくれ」
少しづつ勇士たちが引き止めて、敵の脚を止め、主戦力の逃亡を助けます。
~ 秀吉は武器防具を捨て、武具を別枠で用意。補給地点に水とお握りを用意して駆け抜けた ~
幸い、ぽんぽこ山にはそれを可能とする魔竜族の支配を受ける魔族の小さな村が点在します。
「我こそと思う勇士は、私と共に残……れっ?!」
頭に衝撃を感じ、私の意識は急速に薄れていきます。
「其の役。この黒騎士。デュラハンめにお任せあれ。
『水のウンディーネ』様は。生きてください」
だめ。です。デュラハンさんは生き残らないと。
来年のクリスマスこそ雪辱を晴らすと。
言ってくれたじゃないですか。
「速やかに親衛隊は武装を解除し、第四軍団と合流せよっ!」
「はっ デュラハン様」
「勇士百名。我はと思うものは残れッ 血と肉と炎で一人ひとり要所で留まり、人間どもに魔族の誇りを見せ付けろッ」
「デュラハン。武運を」
ニンフさんのお声。
~ でらはんさん。死に急がないで ~
たっちぃの声。
「ニンフ一族は一人ずつ百の勇士に従え。ウンディーネ様が言う『タケ』を用い、通行妨害の要所に『襲い来る蛇の木』の罠術、『穴にて待つ伏竜の木』の罠術、『防ぎし盾の木』の防御陣を敷け。
そして。一人として人間どもを通させるなッ! 残りは私と共に武具を運べッ」
だめ。其の役は。私がやらないと。デュラハンさん。
「各自、配置につけッ」
だめ。
「人間どもッ 我こそ魔王軍親衛隊の長ッ 黒騎士だっ!」
薄れゆく意識の中。
魔族の古きよき誇りの象徴であった彼の声を聞いたのは。それが最後でした。