銃後を護るのは女子供の仕事ですが、未来を担うのはもっと大事な御仕事です。
「第四軍団ッ!」
「ハッ!」
状況は芳しくありません。
「女子供を連れて魔都から避難せよ」「……承知」
不承不承。
第四軍団の指揮は一時私に委ねられています。
まだバルラーン絶対防衛圏が機能している内に、女の人や子供を人間軍の魔手に晒さないように逃がすべきです。
~ でも、彼女たちがいないと色々大変じゃないか? ~
たっちぃの声は私にしか聞こえません。私達の会話はとなりにいらっしゃる第四軍団の幹部さんには届いていないはずです。
捕虜を使います。まぁ女の子がいなくなったのにこき使うのかって腐れるでしょうけど。
~ 皇軍時代、捕虜虐待がメッチャ問題になってたって知ってるか? ~
知っていますよ。学校で嫌と言うほど日本の悪事を聞かされて耳タコですから。
父さんやおじいちゃんは「いい事も悪い事もしたんだよ」って言いますけど学校の先生の言うことですから。
~ お前の母ちゃん、すっごい怒ってたなぁ ~
あの母さんですから。先生に逆らうなんてうちの母さんだけです。
というか、たっちぃ。今は緊急を要するのですよ。
「あ」
~ ありゃ ~
よかった。雨が降ってきました。
視界の効かない豪雨の中なら人間の動きは大きく制限されます。
「陣地を再構築。魚人、蜥蜴人間を呼べ」
「はい」
今のうちに少しでも陣地を再構築しなければ。
豪雨が降りしきる中、びちゃびちゃと誰かが私の元に駆けてきます。
血と水を跳ね飛ばし、雨の中息急きかけてくるその人影たちは。
「ウンディーネ様ッ!」
「なんだっ?! やかましいッ!」
振り返ると、兵士でもない、女の子やおばちゃんや子供たちがいました。
その瞳に切実な願いと、並々ならぬ覚悟を込めて私を睨んでいらっしゃいます。
「私たちに。砦を。魔都を護らせてくださいっ!」
「何ッ?!」
なにを言っていらっしゃるのですか。
「ならぬ」
逃げれるんですよ。
今逃げなければ死んじゃうんですよ。
それどころか穢されて奴隷にされて。
~ あ。その辺の思考はこっちに流れてくるのはちょっと辛いからストップ ~
暢気だなぁ。たっちぃ。お陰で助かってますけど。
「大切な故郷を捨てるなんて。死んだほうがマシです!」
おばちゃんがそういいました。
「人間どもに一泡吹かせなければ死んでも死にきれません」
幼い少年兵がそういいました。
「どうか、どうか親兄弟の仇をとらせてください。私も誇り高き魔族。許されぬというのならばここで自害します」
若い娘さんが決意を込めて私を睨みます。
私は、勤めて顔を動かさないように、声を震わせないように、背筋を伸ばして冷淡につぶやきます。
「聴こえなかったか? 第四軍団残存部隊は若い兵、女子供以外いない。……足手まといだ。去れ」
本当は、凄く、凄く。いて欲しいです。今はどんな戦力でも欲しいです。
ご飯を作ってくれたり、歌を歌ってくれたり、怪我を直してくれたおばちゃんたちがいたからここまで闘えたんです。
「私たちも闘えますッ」
「くどいっ!!」
雨の中、叫びます。私に水を呼ぶ力さえあれば、魔都は護れたのに。
「ノームは死んだッ! 何故だっ?! お前たち女子供、若年兵を盾にし、勇者どもに消耗を強いて後ろから高位魔術で闘う選択肢もあったのだぞ」
~ おちついて。ノームのおじさんはいい人だった ~
知ってます。もう一人のお父さんですから。
豪雨が流れているのが幸いしました。
私は涙を人前で見せるわけにはいけません。
「お前たちに、生きていて欲しいから。
若いお前たちに未来を背負ってもらいたいから。
あえて老兵を率いて留まって」
ざぁざぁと雨が私の体温を奪っていきます。
「死んだのだぞ」
自分の声がこんなに冷たくて悲しいなんて。
「私がかつて住んでいた国も、大国と闘って敗れたが、滅んでいない。皆、必死で、生きて、生きている」
『もはや戦後ではない』。そう偉い人は言いました。
神隠しに遭い、戦乱の国の将となり、今は拳を今握り締め、己の無力を呪い、歯を食いしばる私には意味の無いことですが。
「娘よ」
「はっ!」
「恋人を喪ったのか」
「はい」
お姉さんはそういってうつむきました。いいなぁ。そんな人、会ってみたい。
少しだけ気がはれました。とはいえそんな表情はみせられませんが。
「その仕事は、私が引き受ける。いや、そうさせてくれ」
びしゃびしゃ。副官のニンフさんが駆けてきました。
彼女がマント。外套ですね。
それを持ってきてくれましたのでお姉さんにかけてあげます。
「お前は、その男の分まで生きるのだ。そして、誰かをまた愛して、次の子を産むのだ」
ああ。私には無縁ですね。はぁ。
~ あたしもここまで惚れる男ほしいなぁ ~
親友よ。まったくその通りです。
「お母さん。この娘さんを支えてあげてください」
雨の中、おばさんは娘さんの肩を優しく抱いてニッコリと笑います。魔族のお母さんって外見に変化が無いので若いのですよね。すっごく綺麗ですし。
~ 敵だね。敵。女の敵だ ~
こら。めったなこと言わないの。たっちぃ。
少し微笑みを取り戻した私達を尻目に、私に殴りかからんという勢いの子供に私は声をかけます。
「そこの戦士! 名を問おう」
「ハッ! エルと申します」
子供の兵士は姿勢を正し、襟を立て直して見事な魔族式最敬礼をみせてくれました。
柔らかさを残す童顔にキリリとした瞳は雨の中でも衰えず、私を睨みつけています。
「エル。男なら、兵士ならば。やることはわかっていよう」
「はっ! 身命に代えて、未来を護ります!」
すっと襟を正す姿。小さくても男の子ってカッコイイですね。
~ その子。連れてきて。可愛い ~
だめ。絶対。たっちぃって少年愛に目覚めたの?
「ウンディーネ様にマントをお持ちしたのですが」
「不要だ」
ニンフさんに背を向けて状況確認。人間の身が呪わしいですね。あまり遠くは見えません。
目を凝らし、耳をそば立てて少しでも遠くを見ようと思っても状況はほとんどわからず。
「撤退戦はどうなっている?」
「雨に護られ、女子供の多くは避難しました」
「あのようなものたちが市内にまだ隠れているやも知れん。厳命しろ」
後ろを見ると、エルさんが娘さんを支え、おばさんと一緒に去っていく姿が見えます。
「これからが正念場だ。我らの踏ん張りが彼らの撤退を助ける」
この雨、もっと続いてほしいです。
涙が見えなくなりますから。
「第四軍団はノーム様の残した精鋭。きっと、きっと我らの未来を護り抜いてくれます」
穏やかな笑みを浮かべながらニンフさんが虚空に向けて呟きます。私もちょっと釣られて笑うことができました。
くす。ぐず。うぇえ。
「へっくしゅ!」
~ 外套は着た方がいいよ~? 我慢は良くないもん ~
「ふふふ」
「わらうな~~?! ニンフ~~!」
雨の中柔らかく笑う女性にちょっと体温を上げて怒る私。
大雨の中場違いに二人で大笑いして。
危うく、風邪を引くところでした。
二枚持ってきてくださったニンフさん。流石です。