エピソード でろ(ゼロ) 魔将『水のウンディーネ』の最後
「『水のウンディーネ』討ち取ったりッ」
唸りをあげて振られた剣は『水のウンディーネ』の細い首に吸い込まれていきました。
ぽとり。『私』の掌にすっぽり収まる。あの快活で優しい声。暖かい笑み。
「由紀子。約束。守れなくて。ごめんね」
私はその言葉の意味が、よくわかりませんでした。
今も何度も繰り返す。
その夢。
私の罪。無知の代償。
私の掌の上の彼女。
『水のウンディーネ』
魔王軍最強と畏れられ敬われる魔軍第一軍団の将。そして私の。友達。
「あなたに。逢えてよかった」
その言葉を最後に彼女は小さな水滴になって、私の腕から零れ落ちてしまいました。
彼女の美しいお顔は水滴になり、彼女がくれたお花は消え去って。
「『水のウンディーネ』は死んだぞッ」
「我らの勝利だッ」
「おおおおおっ!」
鬨の声が響きます。
死んでいません。
「ウンディーネ様が討たれたッ」
「一騎打ちでウンディーネ様が討たれたぞッ」
死んでいません。死んでいません。
「必ず、みんなで笑える日の為に戦うって」
ウンディーネさん。約束。したじゃないですか。
私の瞳から零れ落ちる暖かいもの。
その行く先は水滴となって空しく血まみれの土に吸い込まれていきます。
「そうでしょ。ウンディーネさん」
さわさわと水が私の周りに集まっていきます。
私の服にまとわりついていく。透明で清浄な水の流れ。
精霊の御子のみが身にまとうと伝えられる魔族の装備。
『水の羽衣』
私は、地面に突き刺さった私の身長より大きな剣を見ます。
魔王様のオリジナルを守った『星の忠犬』が振るいし伝説の剣。
『霧雨』
『水のウンディーネ』のみに帯刀が許される。名剣。
「まだ。死んでいません」
私の意識が『今』に繋がっていきます。
総崩れになっていく魔軍第一軍団に向けて『私』は呟きます。
「モノ共ッ 惑わされるなッ!」
あのとき。私のその言葉に皆は立ち止まり、『私』の言葉の続きを待ってくれました。
一瞬でした。その瞬間だけ。時は止まっていました。
私と、友人の思い出を振り返るように。時は止まっていました。
「魔将『水のウンディーネ』は死んでいないっ!」
魔将。『水のウンディーネ』は。ここに。ここに。
さわさわと清浄な水がわたしの身体を包む羽衣からほとばしり、私の身長より長く重い剣は羽根の様に軽く。私の指に馴染みます。
「ここに。いるぞぉ! 『水のウンディーネ』は。ここにいるぞッ!」
喉を震わせ、涙を枯らして叫ぶ私はさぞ滑稽なことだったでしょう。
それでも、戦意喪失していた皆さんから弱弱しい鴇の声が。
もっと。しっかりしろ。しなさい。
私は。
悲しみを怒りに。
怒りを勇気に。
勇気を優しさと叱咤に変えて叫びました。
「戦えッ! 貴様らそれでも魔族の勇士かっ!!」
「オオオおおぉぉぉっっ?!! 」
「『最強』の魔王軍第一軍団の力を、人間どもに見せてやれッ! 一歩でも私が怯んだら斬れッ! 皆のもの。このっ。私。いやっ。『水のうんでーね』に。
続けェえええぇぇっッッ」
戦場に響く鬨の声。
ついに見せることがなかった親友の涙。
そう。あの日から『私』は『西尾 由紀子』ではなく。
魔王軍第一軍団が魔将。『水のウンディーネ』になったのです。