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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
えぴそーど でろ(ゼロ) 我らのキズナは『水』より濃い
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大精霊

 たっちぃ たすけて たっちぃ おしえて どうすれば いいの


 少女は親友に心の底から助けを求めた。


 不意を討たれて自軍から浚われた由紀子は、『血袋』と間違われて人間軍に保護されてしまった。


 由紀子を奪還するべく恐ろしい勢いで追いついてきた親友・ウンディーネ率いる魔王軍第一軍団の精鋭と勇者率いる少数の破壊斥候部隊が山中にて剣を交える。しかしこのまま戦えば人間軍は壊滅的な被害を受ける状況。


「将よっ 一騎打ちだッ 我は任務上名を名乗れぬが『勇者』の一人だぞッ」


 鎧に身を纏い、甲冑の奥の顔は解らぬが若い男性と思しき人間が叫ぶ。


「引き受けるわ」


 水の身体を持つ女性。由紀子の親友が自陣からゆっくりと歩みだす。死を待つだけの人間にさらなる絶望を与えるために。


 由紀子を救い出すために。けして由紀子に見せなかった。

 見せたくなかった魔将の表情を浮かべて。


 二人はゆっくりと剣を交し合い、鋭い魔法を応酬しあい、踊るように斬りあう。その様子はまるで恋人たちがつかの間の逢瀬をかわすかのように美しく。そして切ない。


「勝った」


 少女。西尾由紀子は。

 ウンディーネがそうつぶやいたのを確かに聞いたのだ。


 同時に。

 親友の首から上が消失した。


 首から上を手に持って笑う人間が少なからずいる魔王軍において、珍しい光景ではない。目玉をぶつけ合って余興を行う死族の者もいる。


 音なく、由紀子の手元に転がってきたもの。それは、たっちぃではない。

 この世界で出会ったもう一人の親友の首だった。


 由紀子が状況を把握するまで時間が。


~ 実際は短い時間だったが ~


 時間が、掛かったのは。

 彼女を責める理由にはならない。


「あなたに。逢えてよかった」


 由紀子の手の上の親友の首は驚くほど軽く、その髪は柔らかく。

 その言葉を最後に彼女のもうひとりの親友は小さな水滴になって腕から零れ落ち、由紀子の袖の染みになって消えた。


 由紀子に残されたのはこの世界に来てできたもう一人の親友の声と、先ほどまで触れ合っていたわずかな時間と。暖かさと。水の温もりだけ。


「『水のウンディーネ』は死んだぞッ」


 鬨の声。


「我らの勝利だッ」


 歓喜にむせぶ人々。

 反して恐慌に陥る魔族たち。


 魔族たちは魔王軍直属。四天王の一角にして最強と呼ばれた女である総大将のまさかの敗北に浮き足立ち、人間の突撃斥候部隊はここぞと攻め立てた。精鋭相手に傷をつけずに逃げるくらいならば突破したほうが生き残る確率は高い。まして浮き足立っているならば今しか討つときはない。


 由紀子たち捕虜、『血袋』たちに目をくれず。人間達は。魔族たちは戦いあい。殺し合い。傷つけあう。


「やめて」


 由紀子は叫んだ。


「やめて……」


 叫ぼうとした。


 しかし。それは呟きにもなっていない。


 次々と由紀子の目の前で自軍の仲間達が殺されていく。

 由紀子に微笑んでくれた兵たち。由紀子とウンディーネのやり取りに目を細めていた鬼族の老兵。

 ホームシックにかかる由紀子に共に唄を歌って慰めてくれた食人鬼の女性。


「やめて」


 やめるわけがないでしょう。


『美味しい 美味しい ご飯達 あなたたちの 血 美味しい あなたたちの 絶望 呪い 怒り 苦しみ 悲しみ 美味しい』


 『声なき声』が、戦場に響いたが、それを聞くことができる人間は。いない。


「やめてって。言ってるじゃない」


 ぽろぽろ。由紀子の瞳から熱いものが流れる。


「たすけて」


 由紀子は思わずつぶやいていた。由紀子は知らずに友を想っていた。

 大丈夫って隣でいつも言ってくれていた娘。


「たすけて」


 頼りになって、莫迦(だらず)なことを言う娘を。


「ウンディーネ様が討たれたッ」

「一騎打ちでウンディーネ様が討たれたぞッ」


「必ず、みんなで笑える日の為に戦うって」


 由紀子の瞳から熱いものがこぼれ続ける。


「たすけて。みんなを助けてよ」


 それは、ウンディーネに対してか。それとも。


 一度、魔王から加護を得たことが由紀子にはあった。

 結果は魔王に叱られただけ。由紀子はそう感じていたが。


 『彼女』にはその言葉は。其の思いは『届いていた』。

 相互に伝わらなかったのは由紀子の呼びかけが甘かっただけに過ぎない。


 今。由紀子は心の底から、『彼女』を。彼女の助けを欲した。


「たすけて。みんなを助けてよ」


 私の親友。

 大きくて優しくて。小さな気持ちの暖かい子。

 恥ずかしがりで気難しくて。それでいて臆病な。大好きな友達。


「たすけて。『みんな』を助けてよッ」


 由紀子は空に向けて叫ぶ。


「お願いッ 『みんな』を助けてよッ」


 その『声』は空を突き抜け、『風』はその言葉を『輪』に届け、『輪』は星々に。因果律にその意思を伝える。


 少女の願いは世界の境界を突き抜け、天を越え成層圏を越えた。

 国々を、海を越え山を越え。彼女の思いは。願いは一人の少女の元に。


 由紀子の叫びは。『彼女』に届いた。

 1967年8月。日本国は鳥取県由良にある神社の境内。

 突如消えた親友を探して歩く『彼女』に届いた。


「助けてッ! 『みんな』を助けてよッ!」

~ ん? ゆっこ。どこだ ~


武田彰子(たっちぃ)ッ! みんなを助けてッ』

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