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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
えぴそーど でろ(ゼロ) 我らのキズナは『水』より濃い
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魔王軍の良心

「斬首だ」

「な。な。なんですと。ノーム様」


 薄暗い部屋の中、牙だらけの男と棘だらけの女に押さえ込まれた男は目を見開いた。

 ほのかに湿気た空気は、足元の生暖かい赤いモノが一因していることは言うまでも無い。


「若輩のきゃつならばまだしも、二百年間もお仕えしてきた私めを殺すと仰るのですかッ」


 もはや命乞いすらする余裕すら無くした男に、壮年の容姿を持つ男は冷たい表情を崩さない。


「人間に加担し、魔王城に間諜を導き、あまつさえ犠牲者まで出したお前に慈悲の余地があると思うか」

「い、い、言いがかりでございます」


「くどいな」


 壮年の男の容姿は驚くほど整っているが、手や唇はカサカサしており潤いはない。その干からびた唇に自らの舌を這わせ、一時のうるおいとする。


 首の無い死体を踏みつけたノーム。慄き続ける男に告げる。


「折角。一人先に冥土に送ったのをみせてやったのに。貴君には美学が足りないな」


 ノームの隣に立ち、酷薄な笑みを浮かべる豊満な体つきの美女はノームの副官である。その右手にあるのは女の身では持ち上げることすらかないそうに無い巨大な『皆殺しの斧』。持ち主の資質を元に適切な姿を取る『ギガス・マキナ』と呼ばれる武具だ。


「言い残すことは。ありませんよね」

「ガイア様ッ まっ」


 赤い血の華が咲く。



「折角の結婚記念日に無粋だな」

「あら。あなたが覚えてくださっていたなんて意外ですね」


 コロコロと転がる首を踏み留めて微笑む妻にノームは仏頂面。


「好きでいつもいつも邪魔が入るわけではない」


 風のや火の、水のとの暗闘に議会派との折衝。時には手を組み時には裏切る。時と場合によっては人間とすら手を組む。柔軟な思考と行動が彼の是である。


 とはいえ、このように調子に乗るバカは。


 ノームは眉をしかめ、部下だった者達の首を軽く蹴る。ぱっくりと彼らの唇が開き、彼らの脳の中にある記憶を出鱈目に喋り出すのを制するノーム。


「落ち着いて話せ。まずお前らが導いた暗殺者の名前だ。そしてその雇い主も聞きたいな」


 死霊術を得意とする彼にとって、生きていようが死んでいようがさほど問題ではない。脳さえ無事なら情報は得ることができるし、心臓が無事ならば『部下にできる』。


「あの子には見せられない姿ですよね」


 妻は最近人間の感性が身についてきたらしく、時々『娘』のような言葉を放つようになった。


「魔族が人間の真似事は命取りだぞ」

「存じております」


 この後のガイアの末期を知るものがいれば、ある種の予知能力をノームが備えていると考えるかもしれない。

 しかしこれは数百年を共にする上官と副官にして夫婦ならではの絆にすぎない。


「血袋どもはよく働いているようだな」

「ええ」


 血袋とは人間の捕虜を指す。

 魔力が限られた資源であるこの世界において、そして血液や生肉の摂取によって魔力を回復する能力を持つ魔族にとって、『血』は重要な魔力の源として機能する。

 逆を言えば魔族にとって人間は『資源』である。

 魔族社会は人間の用いる燃料より魔力そのものにて動くのだ。そのためには若く、健康な男女を常に用意しておく必要があった。


「彼らは、自ら血を提供してくれます」

「フン。何を考えているのだか」


 通常なら死ぬまで『鋼鉄の処女』にて搾り取るのが慣わしだが。


「魔法の力はありませんが、働きもまた目覚しく」

「ふん」


「あの。コメでしたっけ? 例の沼に生える毒草ですが」

「ああ。先日は握り飯を貰った。美味かったと言っておく」


「ふふ」


 副官は恐ろしいことを続けた。その言葉はノームの予想以上だった。


「収穫できました。今だ調査中ですが麦の十倍を超える備蓄食料として機能します」

「何ッ?!」


 確かに、あの妙な毒草に執着する娘の言うことを(魔王様の命令もあって)厭々許可を出しはしたが。


「しかし、アレを食うと腹を壊すぞ」


 娘の薦めだけに断らなかったが。繰り返すが四天王であるノームは毒の効かない身体なので気にしなかっただけだ。


「籾を削り取り、水気が減るまで鍋で煮込みきることで食べられると。可也の美味です。実際あなたもお口になさったでしょう? あの通りの味ですわ」


 沈黙が二人の間に流れる。早くも血糊は『子供たち』が掃除を始めている。


「貴様。また手伝ったな」


 呆れて問う上司にして夫に彼女は豊かな胸を張る。


「生育や腐敗の術は私の得意分野ゆえ」


 簡単な品種改良を行ったと彼女は告白する。


「トーフという食べ物も美味しいですよ。見た目はゼリーみたいですが全然違います」

「ほう」


 娘の妄言には時々困らされる反面、彼の知識にすらないモノが頻出する。


「『タイイク』だの『ハイイク』だのは良いものだ。兵が強くなる」

「ふふ。非力なニンフが魔将になった前例はありますが、まさか非力だの後方支援しかできぬだのと思われていた種族たちが槍をそろえて魔王様の恩に報いる日が来るとは思いませんでした」


「第四軍団はまだまだ強くなるぞ」

「楽しみです」


 魔王の軍隊には規律のようなものが無い。もともと彼らは誇り高いからだ。しかし、槍をそろえて迫る人間たちの新しい戦術や『訓練』を模倣した結果今だかつてない動きを実現した第四軍団はかつての『穴掘り第四軍団』から脱皮しつつあった。


「他にも。捕虜(ちぶくろ)のひとつから『よーぐると』という主食を教えてもらったそうで」

「なんだそれは」


()いのですが、慣れれば中々」


 ガイアが手を叩く。

 死体を片付けた『子供たち』の一人が走り去り、白いゲル状の物体を持ってくる。


「召し上がれ。あ な た ♪」


 銀の(さじ)にすくいあげた白い半液体の粥のようなものにつややかな唇と舌を這わせたガイアはそれに毒が無いことを夫に示す。


「嫌とは言わせぬ雰囲気だな」


 最も、ノームは先ほど述べたように毒の効かない男であるが。


 そのまま口に含んだ甘蜜を含む液体を夫の口に流し込むガイア。その様子をじーっと見つめる小さな瞳たち。結婚記念日なのに。


「何を見ている。何処かいけ」

「けち。なのの」


 不満そうな顔をして器を持ってきた『子供たち』が退出した。二人の惚気はすぐに彼らの絶好の物笑いの種になることだろう。


「ああそうそう。『コタツ』なるテーブルを試してみたがアレはいいな」

「ええ。つい時を忘れてしまうほど快適です」


 地味に仲良し夫婦である。ガイアは幸せそうだがノームは仏頂面を崩さない。


「百万の軍より頼りになるかもしれぬ」

「うふふ。私達の可愛い『勇者』は傑物ですね」


 種族の違いか、結局子供を得ることの叶わなかった二人だが、突如天から舞い降りた少女の事を可愛がっていた。


 たとえ、それが天敵。『勇者』の一角であっても。


 たとえ、彼女が。自分たちを『お義父さん』『お義母さん』と呼ばなくても。


 彼らが生涯抱いた後悔の源。殺すに殺せなかった『娘』は。

 後に政敵であるはずの水魔将を継ぎ。更に彼らの意思を継ぎ。

 否。それ以上の活躍を見せ。この世界に光をもたらすことになる。


 しかし、彼らは義娘(むすめ)のその輝かしい勲功を生きてみることは。無い。

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