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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
えぴそーど でろ(ゼロ) 我らのキズナは『水』より濃い
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虹の女(久視点)

 突然だが。国王と言うのは暇ではない。

俺も昔はおもった。いつか社長になって王様のように幸せに暮らすと。

とんでもない話だった。とりあえず俺をニヤニヤ笑いながら国王に祭り上げた親友を殴ってやりたいところだが彼は既に他界している。

「もともと死んでいるんだし、孫の彼女も見たし悔いはない」とか抜かしていたがこっちは大有りである。とりあえず政務の引継ぎをやって死ね。


 俺は早朝五時に起床する。嫌でもたたき起こされる。

「博志。もう少し寝かせろ……」そこで気が付いた。

普段たたき起こしてくれていた男はもういないことに。


 午前六時。

俺はなけなしの小遣いで買った手巻きの腕時計を見て時間を見る。

重い瞼を擦りつつ、冷え切った寝台から飛び起きた。

嗚呼。日本の暖かい布団が恋しい。

西洋風の城は居住性が低く、寒いというより野宿と代わらないとエアデが言っていたが贅沢にもほどがある。しかし本当に住みにくい。どこかに下宿したいと言ったら大臣に叱られた。


 服を脱いで寒風摩擦。

この世界の風は可也冷たい。じっくり素早く身体を温め、ほぐす。

その後空手の鍛錬をする。自主的なものだったがいつの間にか俺や博志の教えを受けるために参加する兵士が増えてしまった。

結局自分の鍛錬にはあまりならない。館長に言わせれば教えるのも修行らしいのだが。

「お前ひとりが技術を磨くより、お前の技術を沢山の人に伝える方法を考えるほうが結果的にお前の為になり、皆が助かるのだ」同じようなことを博志にも言われた。

とはいえ、博志みたいに六〇年以上生きていないしな。俺。


「国王様。入浴の用意が」


 ……朝から風呂かよ。贅沢だな。

風呂が贅沢で毎日入れるのは凄いことなのはこの世界でも変わらない。

だけどどうせなら夜に全てが終わってから入りたいな。

でも入らないと臣下の皆が迷惑するからな。仕方ないから入るか。


 ちゃぽん。

「御背中。お流しします」「いっ いいですっ?! 自分でやりますからッ?! 」思わず敬語。なぜって?

隣に半裸の美女が常に控えて、背中を流してくれるんだ。マジで困る。

こっちは裸だぜ。気になって気になって仕方ない。

大臣ども選りすぐりの若い女達は各々が香油を身体に塗って、艶々光る身体を見せつけるようにふるまい、身体を押し付けたり、手ぬぐいの代わりに自らの身体で洗うと抜かして迫ってくる。


 大臣たちからすればさっさと手をつけて欲しいという意図なのだろうが。

いつ暗殺されるか分かったもんじゃない簒奪者の俺たちである。

ただでさえ二コポという厄介な力があるのに。

……驚くべき自制心を発揮してなんとか風呂場から出る。

実は一日のうち一番辛い仕事なんじゃないか? この朝風呂。


 フラフラと手ぬぐいで身体を拭くこともなく汗吸いの服をまとい、

石造りの城の中を歩く。歩く。歩く歩く歩く……どれだけ広いんだ。城ほど広い。そういえば俺は城に住んでいるんだった。

 本来は先祖の霊や神に祈りを捧げる時間なんだろうが、

異世界から来た俺には関係が無い。取り敢えず島に残した母ちゃんや兄姉や死んだ父ちゃんなどを想うだけだ。

そして医者の朝の健康診断を受けて食事にうつる。


 この世界の料理。

木下なら「久! 久! 王様の料理を食わせてもらえるのかッ?! 」とか喜ぶのだろう。

そして酒をバカのみしたり、女の子で遊んだりするんだろうが。はぁ。


 はっきりいって不味いんだよな。この世界の料理って。

食い物にあまりうるさくない俺から見ても不味いんだから木下でも眉をしかめると思う。

砂糖は貴重品なのはわかる。俺が子供の頃もそうだった。

『ワイン』って酒から作った酢はあまり使われない。

それならまだ許せるがどうも昆布やキノコから旨みを取るって発想がないらしい。

以前魔王軍から岩塩を算出する領地を奪い取ったとはいえ塩はまだそれなりに高いから塩味も薄い。

米が無い。大豆が無い。大豆がないと言うことは醤油もなければ味噌も無い。

そして粗末だ。箸もない。手で食わなければならない。


 それでも俺は自分に出された料理に文句を言わずに食べる。

子供の頃は本家のおばちゃんとおじちゃんの料理を何度も兄姉と食べてしまっていたしなぁ。あの頃は深く考えなかったけど悪いことをしたよなぁ。

それでも腹いつもぺこぺこで。早く大人になって腹いっぱい食いたかったなぁ。

ああ。「不味い」と言おうものなら料理長さんの首が飛んでしまうだよな。それは避けたい。

あの料理長さんはいい人なんだよな。別に好きでマズイ飯を作っているわけじゃない。あるもので一番いいのを作ってくれているのは俺にも解っている。

故に。繰り返す。この世界の料理はマズイと。


 博志がいないということは食事の後は即座に政務に入る必要があるってことだ。

かなり苦手なのだが。大臣たちに簒奪(さんだつ)の機会を与えるほどではない程度には博志から実務を教わっている。俺たちは簒奪者だ。いつ簒奪されるかわかったものでは無い。隙は与えないに限る。

そうそう。午後が終われば陳情や裁判もやらなければならないだよなぁ。


 博志が言うには『この世界はまだ三権分立は成立していない』らしい。

『国王は本来国内における宗教のトップでもある。即ち神権も司るだの、

その上には最強の魔導士である『神聖皇帝』がいる』だの教えられたが俺は連中の言うところの異教徒なので知ったこと無い。

あいつらが有難がる『金色の女神』の経典なんか三秒で投げた。


 以上が終わって解放されるのがなんと夜七時。

これだったら徹夜連続の丁稚仕事のほうが気楽だ。

とはいえ、早めに終わることはありがたいことなので空手の練習をする。身体も鍛える。

「久様。今宵は私と」「いえ。今日こそ私とダンスを」

俺、踊れないからな。無視だ。


 夜八時。

瞬間移動魔法で城を抜け出した俺は城下の人間と飲み歩き、

時には悪党を自ら殴り倒したりして治安を見る。


「お前は暴れん坊将軍か」「なんだそれ? 」博志との会話を思い出す。

「知らんのか。ってアレ俺たちが就職してからだったっけ? 」「?? 」

丹下左膳や桃太郎侍なら。

「ひょっとしてナショナルが水戸黄門をやるのも知らないとか」「?? そうなのか? 」未来の話は興味がある。

「そういえば、お前の島、テレビあったのか」「あるよ! 兄さんが母さんに買ってたよ! 」


「鞍馬天狗だって1969年のテレビドラマだったっけ」「鞍馬天狗なら知っているぞ。テレビ映画になるのか。楽しみだなぁ。アラカンは出るのか?! 」「久の時代なら市川雷蔵や東千代之介じゃないのか? 」「天狗といえばアラカンだろ」「天狗も歳を取りました。だ。……高橋秀樹だ」「ほんとうかッ?! 」

「時には悪漢から少女を救って余計なフラグを立てて回る。

出歩く先々で事件が起こる。お前は一〇年経っても小学生の探偵か」「??」

「でも手は出さない。素晴らしい童貞である」「殴るぞ」


 その日も俺は酒場で起きた騒ぎに首を突っこんで行ってしまった。

「国王自重」と博志なら言ったであろうが。


 若い娘に絡む酔漢を引き離すと興奮して殴り掛かってきたので応戦してやる。

「素手で」「化けもんだ~」あっという間に逃げていく。少し粘れよ。まったく。


 「ふん。酒が不味くなった」

悪漢に絡まれていた女はそう呟くと俺に微笑む。

たぷん。女の持つジョッキの酒が揺れる。


「ぼうや。一杯奢らせてよ」「俺、呑まないんだが」「あら残念」ビールや日本酒と違ってはっきり言ってマズイだけで呑めないわけではないのだが。

「じゃ、この坊やにミルクをあげて」「は、はい」

ぼうや。国王にむかってボウヤかよ。俺は苦笑いして女から羊乳のカップを受け取る。


 酒場の店主が『無礼な真似。お許しください』と小声でつぶやくがあえて聞かなかったことにする。

店主と違うのは周囲の酔っ払い共だ。

「おし。国王ガンバレ」「童貞王ガンバレ」「それいけ。そこでブチューだ」余計なお世話だ。


 酒場の店主も小さく呟く。

「うちの娘もそろそろ年頃になりつつあるし、手を出してくれんかなぁ」

あんたもか。あの娘さんは良くなついてくれるのはいいけどその気には。

しかし世の中には木下みたいに子供でも手を出そうとする奴がいるからなぁ。


「じゃ、坊やの勇気に乾杯」


 思案に心を奪われていたことに気が付いた。

木で出来たジョッキが鈍い音を立て、皆が乾杯の音頭を取る。宴も終わる時間らしい。

乞食でもある吟遊詩人が楽器をかき鳴らし、歌を歌う。

人々が歌い、踊り、遅くまで一日の憂さを晴らす中。女と俺は小声で話し合っていた。

「ねぇ。ボウヤ。『勇者』って知ってる」「さぁ」勿論知っている。

様々な束縛から逃れるために国王を殺して王位を簒奪したのは伊達ではない。

もっとも、ほとんどは先に召喚された博志の入れ知恵だったが。

「蹴り一発で軍隊を倒す。らしいわよ? 」「興味ない」

神から与えられたと称して暴れまわる奴らとはそりが合わない。

力とは自らの自省と努力があって成り立つものだ。


 そうして女を無視していると女が呟く。

「しかも。知ってるかしら。この国の国王様は勇者で。『死なない』らしいわ」「! 」

「『神聖皇帝』の覚えめでたき不死身にして最強の勇者様。会って見たいものね。直接。杯を合わせて」そういって女はウインクする。


 「いい加減にしろ。『水のウンディーネ』」「あら。鋭いわね」

「人間に化けるなら、容姿を少しは変えろ」

俺は震える声でそれでも怒りを抑え、女に告げた。

こんなヤツと呑んでいたら目だって仕方が無い。

それに日々の憂さを酒で晴らす善良な自らの国の民を魔族の戯れに付き合う形でぶん殴りたく無い。


 「くす。そうね。次は気をつけるわ」

『水のウンディーネ』はそう呟くと酒をまた一杯開けた。

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