魔王と勇者
「由紀子。たっちぃ」
薄暗い部屋の中、小さな燭台の灯りをたよりに美貌の女性は講義を続ける。
「魔王とは?」
「魔力の源、『魔玉』を心臓に収めた存在です。えっと。ここではない別の世界、次元にある異世界の『魔王・ディーヌスレイト』というオリジナルなる存在を元に生み出された人造生命。でしたっけ」
「正解だ。よく出来たな」
「魔王さま。頭を撫でないで下さい。子供ではありません」
「む。すまん」
無愛想。無表情。それでいてありえないほどの美貌。そんな女性の長く尖った耳がしゅんと一気に下がった。
~ ちょっとくらいいいじゃないか。魔王さまなんだし ~
「そうだ。たっちぃの言うとおりだ」
「ダメです」
即答だった。
再び、ぴんと伸びた耳がずずずんと垂れ下がった。ちなみに彼女自身には自覚がなかったりする。
「勇者とは?」
「魔法のない異世界より召喚。人間や神々より数々の加護や身体能力を付与された存在です」
正直、言葉は暗記で言えても本質面ではよくわからない由紀子。自分がその『勇者』の一角で、目の前の女性を害するために召喚されたと知ってなおだ。
「加えて。因果律の加護を受け、その死と共にこの大地に魔力をもたらす。とされます」
伊達や酔狂で異世界から『勇者』なる存在を拉致しているわけではないのである。生きていても死んでいても利用価値がある存在といえる。
「私のように魔王さまから力を与えられたものもいます。異世界の魔王たちの中では『魔皇剣』『百八の煩悩』『生身の剣』などが『勇者』に力を貸すことが多い」
「正解だ」
「我が魔王さまは『伝えるもの ディーヌスレイト』の力を持ちます」
「その通り」
もっとも。オリジナルには及ばない。
そして如何なる者が『魔王』をこの世界に生み出す方法を伝えたかは、魔族の記録にも残っていない。
「この戦争は如何にして起きたか」
「魔王様の『魔玉』を取り出そうとする人間と、それを防ごうとする魔族の争いは遥か昔より繰り広げられてきましたが」
「物資交流の停滞。人間族同士の奴隷制度。そして何より人種差別に抗議する声明を出した結果」
一方的に悪にされて、攻められた。
「この闘いの終結は」
「人間が魔王様の心臓をくりぬき、新たな魔力の糧にするか。我らが勇者を返り討ちにし、彼の者の血を持ってこの大地の魔力とするか」
魔力が限られた資源であるこの世界。
魔王と勇者。どちらかが死ななければ魔法が枯れる。
異世界から呼んだ罪無き子供の血を魔族が大地に捧げるか。
あるいは魔王自身がその心臓を勇者に捧げ、元の世界に戻すと共に。死ぬか。
魔法と魔力が無ければ精霊も妖精も存在できず、神々もこの世界への干渉力を失うという。
「由紀子」
「なんですか」
魔王は寂しそうに微笑んだ。
「モフモフしていいか」
「私は子供でもウサギでもありません」
そういうと魔王は地面につきそうな勢いで耳を垂らした。
~ べつにいいじゃん。由紀子。減るもんじゃないし ~
たっちぃの声を由紀子は完全に無視した。