迫りくる軍靴
「相変わらずこの花畑は水気が多くて困る」
久しぶりに帰ってきたサラマンダーさんに『子供たち』が歓声をあげました。
「久しぶりだな。由紀子」
「あら。サラマンダーさん。お久しぶりなのです」
「うむ」
気が短くて困った方ですがとても直情的で面白い方でもあります。なにより。
「さらまんだーさまがかえってきたっ!」
「わーい!!」
子供たちに大人気。子供に好かれる人に悪い人はいないのです。
「シッシ。近づくな。火傷するぞ」
「ええ~」
不満そうに頬を膨らませる子供たちに炎で出来た胸を張ります。
「土産を用意している。階下にあるから取りに行け」
「わかった」「後で行く」
「今行けよ。邪魔だろ」
「あとでいくのの!」「じー。なのの」「うんうん」
「ええいっ。私は久しぶりに由紀子に会いに来たのだッ。邪魔するなぁ?」
「じゃまじゃまなのの」「じゃまするのの!」
くす。面白い方ですよね。
そこに暴風。思わずスカートを押さえてしまいます。この風は。
「『炎のサラマンダー』たるものがこのような処で子供と遊んでいて良いのか」
「む。シルフィード」
風におおわれた男前さんがやってきます。
半分裸な格好を見て「変態」と言ってしまったのも今では昔話。
「風魔将を『変態』と面と向かって言う人間の娘は初めてなのだが」
ごめんなさい。
「そんなことはどうでもいい。今回は貴様に謝礼を言いに来た」
「どのことをおっしゃっているのかわたくしには少々」
「赤十字軍と米の話だ。アレはいい。とてもいい」
「確かにアレは認めざるを得ない」
「あ、有難うございます」
絶賛する彼らの熱気にちょっと迷惑な思いをしながらも、暑く。もとい熱くサラマンダーさんと荒れ狂うように激しく褒めてくださるウンディーネさんのお相手をしてから、私はお弁当を手に義父の元に向かいました。
「踏み込みが足らんッ 攻撃は揃えろッ」
私が義父の姿を求めて絶対防衛圏を散策していますと、義父は兵士の皆さんに訓練を行っております。お疲れ様なのです。
激しく鳴る鉄靴。鋭く同時に突き出される槍に脅えていた私ですが最近は少しだけ慣れてきました。
なにより第四軍団の皆さまは紳士的で優しい方々です。魔族の中でも貧弱などと罵られやすい種族の方々が多く、自主訓練にも熱が入ります。
「右向けッ 右ッ 前に習えッ」
体育の授業のお話をすると、ノームさんは早速取り入れるとおっしゃいました。
「『ケンコーに良い』とはいいことだ」
とのことですが。
「違うッ 盾をもっと使えっ 盾は武器と心得ろッ」
ちょっと、内容に誤解がある気がします。
「ニンゲンと言えど敵は必死必勝の思いで同時攻撃してくる! 今までの個々の武勇を誇るだけの戦いで生き残れると思うなッ」
「剣を持つときは正中線を外すなッ 生き残る確率も人間相手に一撃で致命傷を与える確率も上がるッ! 魔族の身体能力任せの剣はこれからは足を掬われるぞッ」
「ノーム様。由紀子様が」
「今は忙しいッ」
「ノームさん。ご飯なのです」
「……休憩とする」
「やった~!」「フラフラですぜっ!」
サラマンダーさんとシルフィードさんからお褒めに預かったときに頂いたお薬やお酒(私は呑めないのですがお二人は関係なく下さります)を差し上げるとお伝えすると皆さんは大喜び。
勝手気ままに宴会になってしまった皆さんに叱咤を飛ばす義父でしたが。
「訓練の邪魔になってしまったな」
「ごめんなさい。なのです」
しゅんとする私の頭を撫でながら義父は私の持ってきたバスケットの中身の『オニギリ』を食べだします。
「まぁ魔族と言うものはこういうものだ」
みなさん。気さくでいい方なのです。見た目は『ちょっと』怖いですが。
ふと、義父の手が止まり絶賛の言葉が漏れます。
「美味い。これは中々いいな。少々しょっぱいが」
「みなさん良く運動されていますから御塩が多いほうが良いかと」
「塩か。塩は値上がりしているのだぞ。こまった娘だな」
なんでも「勇者」たちが岩塩の取れる島を取ってしまったとかなんとか。ユウシャってなんでしょう。
「塩はないと困るな。食事が味気ない」
「今度海藻から御出汁を取って見ます」
「ほう?」
「きのこからも取れるんです」
「そうか。期待している」
海水から塩を取る方法もありますよ。塩田と言います。
ただ、個人で鍋を煮て作る場合はにがりを取り除く必要がありますけど。
「ほうほう。少量でも塩が取れるのは助かるな」
「ええ」
「円月湾からさっそく採取をさせてみよう」
「お役に立ちましたか?」
うむ。そう気取ってみせる義父ですが。
「ノームさん。お米粒」
「むっ?」
くす。父ちゃんと違ってこういうところが少し。ですよね。
えっと。にがり? ……にがり……。
「あっ?!」
「なんだ?」
「お豆腐、出来るかも!?」
「それはなんだね。義娘よ」
こういう時の義父はとても優しいです。部下に厳しい義父ですけど皆さんに慕われております。
「えと、えと、あとでガイアさんに説明します!」
「そうか。頼んだぞ」
体育を兼ねて『子供たち』とはしゃぎまわる部下の皆さんを眺めながら呟くノームさん。お疲れ様なのです。
「貧弱な人間どもが槍を揃えて迫ってくる。今まではなかった」
「はぁ」
「魔族とて私のようにドワーフ巨人であったり、ガイアのように上位巨人族、『子供たち』のように強力な種族ばかりではない。エルフ族やダークエルフ族は魔力や妖力に恵まれ、足は速いが単純な力では貧弱だ。一般的なドワーフは頑丈で力強く器用だが体格や機敏さに劣る。個性が豊かと言えばそうだが集団戦となると持ち味が大幅に奪われる。人間とは違うな」
「はぁ」
それでも。彼らの胸には魔族の誇りがある。弱きものも誇りがあって、守りたいものがある。
「それの手伝いをするのが私たち四魔将。『四天王』だ。わかるか。義娘よ」「戦争は怖いですが、ノームさんたちは好きなのです」
そういえば今度はウンディーネさんが姿を見せません。魔将の皆さんってお忙しいですよね。
宴会をする第四軍団の皆様を遠巻きに眺めながら私たちは夕日を浴びてご飯を食べておりました。
「握り飯は美味いな」
「ガイアさんが握ったんです。ちゃんと夫婦仲修復してくださいね」
「心得ている。今度の結婚記念日のプレゼントは完璧だぞ」
「そうなのですか」
義夫は少し女心にボケたところがあるので要注意なのですが。
「うむ。秘宝・『破壊の鉄球』を贈ろうかと思っているのだ」
「ぶっ?!」
真面目ぶって真剣に言う彼。思わず水を噴いてしまいました。
「却下。なのです。お花がいいです」
そもそもガイアさんは『皆殺しの斧』と言う先祖伝来の物凄く怖い武器を常用されています。あんな怖いものをどうしていつも持ち歩いているのでしょう。
「魔族の娘のたしなみなのだぞ。由紀子もなにか銘品を持つべきだ」
「人間の私では魔族の武器は持てません」
「む。では『子供たち』の武器で良いものを探しておこう」
「結構です」
「しかし理解しがたいな。花など何の役にもたたん。薬草や毒草に」
「どうして花がダメなのですか」
「むう」
「さっき言った話は嘘なのですか」
「むっ」
「か弱い花だってガイアさんに愛でられると喜んでキラキラ輝くのです」
「検討する」
「そういえば。先日習った『ハイク』が出来たぞ」
「そうなのですか」
「うむ。気晴らしになるし、なかなか良い」
「どんな俳句なんですか」
義父は少し照れながら新作の俳句を披露してくれました。
「殺せ殺せ 魔王様の 御為に」
「全然俳句になっていません」
義父はちょっと、残念な所があるようです。
※ ドワーフ巨人……ドワーフの変異種。
ドワーフは身長約4尺(130センチ)の小柄な体に樽と呼ばれるほど横に太い強靭な筋肉、剛毛にして長い髭に異常に短い手足を持つ頑健な種族。
そのごつい手先に反して器用で技術者として有名。頑固なことではそれ以上に有名。戦士としても技術者としても優れる種族だが女性が少ない。
ドワーフ巨人はその変異種で身長は優に6尺を超え、身体能力が高く、人間より手足が長く、髭がほとんど伸びない。
戦場では突出した活躍を見せるものが多い。技術者としても柔軟な知性を見せる文武両道の個体が多い。
ドワーフ巨人の傭兵を雇う場合、一般的な傭兵より遥かに高い報酬を必要とする。