『炎のサラマンダー』
業火をまといながら其の男は歩く。暑苦しい。と言うか熱い。それが魔王軍における彼の第一印象である。実際触ると本当に火傷どころではすまない。
魔王・ディーヌスレイト自らの魔力で生み出された精霊の御子。魔将『炎のサラマンダー』。
突撃部隊、懲罰部隊、督戦隊を含む魔王軍第二軍団を率いる将である。
その気性は見た目どおり荒い。しかし、情もまた深いとされる。
繰り返すが色々と暑苦しい男だ。
「さらまんだーさまだ~!」「わ~い!」
遠くからワラワラとわいてきたかのようについてくる『子供たち』。
見た目は幼児だがエルフ族の亜種であり、魔法は使えぬが驚異的な身体能力を持つと同時に因果律そのものに愛されているとされ理不尽な運の強さを持つ。
「シッシ。ガキども。近づくな。火傷するぞ」
「あったかいねぇ」
「お野菜やけたのの♪ 」
サラマンダーの口元がひくひく動いている。魔族社会では人間社会と違いそう簡単に子供が生まれることはないため子供たちは大事に扱われる。
ただし。この『子供たち』は除く。
「おまえら」
「みゅ」「にゅ」「なぁにぃ?」
サラマンダーの炎が膨れ上がる。
「そこに正座」
「……はい」
きゃいきゃい笑いはしゃぎ合う『子供たち』の表情がひきつった。次々に素直に石の廊下に座る『子供たち』。
そして今日も涙目の『子供たち』にサラマンダーの説教が飛ぶ。
「魔王様直属。四天王たる魔将に向かっての数々の不敬。只では済まさんぞッ」
ひとしきり荒れた後、サラマンダーはふと表情を気取られないようにほころばせる。
「今日はこれまで。とっととどっかいけ。……足が痺れるだろうが」
座らせたのは貴様だ。
「はーい!」
先ほどまでの涙目は何処へやら。
てけてけッ! と勢いよく駆け出す『子供たち』だったが。
通路の角でピタッ! と止まる。
「……」「……」「……」
「こっちみんな」
振り返らずに呟く第二軍団魔将『炎のサラマンダー』。
「……」「……」「……」
『子供たち』は優れた暗殺者にして間諜。
そして狩人にして盗賊の技術を生まれながらにして持つ。
音もなくゆっくりとサラマンダーに近づくと彼らはおずおずと鍋や薬缶を手に。
「料理するな」
サラマンダーは振り返らずに告げる。
すっと風のように掻き消える子供たち。
魔法のようだが姿隠しの技術である。
「暖を取るな」
「けち」「けち」「けち」
『子供たち』は一斉に不満の声をあげた。
「とっととどっかいけええっ?!!」
「わ~いっ!」「おこったおこった♪」「さらまんだー様がおこった~!」「こっわ~いっ♪」
パタパタと去っていく『子供たち』に彼はため息。
足元に人形の忘れ物。しかし彼は手に取ることが出来ない。燃やしてしまうだろうし。
「ちっ」
彼は舌打ちをすると懲罰部隊所属の犯罪者出身の兵を呼ぶ。
「届けてやれ」
「はい」
先ほどのやりとりを遠くで見ていた彼は必死で笑みを隠す。
サラマンダーが怒れば味方でも容赦なく焼き殺す。伊達に懲罰部隊や督戦隊を率いていない。
罪を償わない愚か者は焼き殺す。敵前逃亡する臆病者は焼き殺す。
『サラマンダー様萌え』とかいう莫迦は火達磨にする。八つ当たりだ。
サラマンダーの下についた犯罪者どもは、例外なく更正する。
ちなみに性犯罪者には厳しい。自分が女を抱けない身体だからといって八つ当たりにも程がある。
……。
……。
「人形を届けてやれと『炎のサラマンダー』様から」
「ああ。あのいつも燃えていらっしゃる方ですね」
少女が遊ぶ『花畑』。
清涼な水気を生み出し、殺傷した人間を美しい花に変える能力を持つ『水のウンディーネ』。
豊かな大地を築く『土のノーム』。
空気を操る『風のシルフィード』。
そして。
炎と暖気を操る『炎のサラマンダー』。
図らずしも普段反目しあう四天王の力がこの花畑には結集している。
穏やかな風。香るような水気と花の香り。黒くて柔らかい土。暖かな光。
それはこの世界ではとても貴重なものだ。
懲罰部隊の男は安らぎという言葉を知らない。だが。
「暑くないのでしょうか」
異世界『トットリ』から来たという子供が呟くと極悪な角と牙を持つ懲罰部隊の男は思わず苦笑いした。
「御自身の炎ですので大丈夫です。由紀子さま」
「不思議ですね。火傷しないんですね」
そっちかよ。それより極悪な角と凶悪な牙を生やして可愛い人形を持つ男に突っこめよ。
「その。繕いをお願いしたいのですが」
「承りました」
由紀子は器用だ。ファミコンもない時代。裁縫は『娯楽』であった。
……。
……。
「殺せッ! 犯す暇があるなら殺せッ 捕虜は血袋にしろッ すべてを灰にしろッ! 一匹たりとも生かすなッ」
魔将『炎のサラマンダー』が叫ぶ。
「魔軍第二軍団相手に、『降伏』の言葉は無いッ! 『死』のみが戦術にして返答だっ!」
「魔軍第二軍団に降伏なしっ!」「見敵必殺ッ!」「臆病者に等しく死をッ」「卑怯者にも等しく死をッ」「リア充には死をッ!」(←?)
罪人部隊が突貫。怯んだ味方は情け容赦なくサラマンダー自身が焼き払う。
先陣を切るのは将であるサラマンダー自身。
サラマンダーを討とうとするものは悉く彼の炎で消し炭となっていく。
「この俺と一騎打ちをしたい勇者はいるかっ?!」
彼はたとえ一兵卒相手でも一騎打ちを挑むものにはそれなりの敬意を持って挑む。敵にも味方にも一目置かれている。
曰く。『バカ』。適切である。
サラマンダーの業火は全てを焼き尽くす。
奴隷も貴族も。大人も子供も。老人も赤子も彼は焼き尽くす。
富も貧も。罪も罰も。未来も過去も。善も悪も炎の前には無力だ。
バチバチと火は爆ぜ、熱は圧力を持った風となり、川の上に逃げた者達すら黒い塊に変えていく。
青銅の鎧は焼け、苦悶に悶える兵士は味方に抱きつき、更に被害を増やす。
かける水すら熱湯に、水蒸気にかえ、絶望に嘆く少女を生きながら溶かし、燃やし、沸騰させる。
煙に巻かれた老人の肺は熱気で傷つき、倒れた膝に焼けた土がまとわりつく。
「とうちゃんッ」「あんたっ」
倒壊した家の隙間から顔を見せる少女や小さな幼子。そして男。
「いけっ! 母ちゃんを頼んだぞッ」
「兄ちゃんッ 熱いよッ 熱いよッ」
「お母さんッ 助けてッ」
少年が母と思しき女性を引き摺る。
「いやだっ! あたしもここで死ぬんだッ」
泣き喚く女性に男は返す。
「おなかの子供をッ 殺す気かッ いけッ!」
炎は燃え上がる。
奴隷も貴族も。弱きも強きも焼き尽くし。正義も悪も灰へと変えていく。
「ぐああ 熱いッ 熱いッ アツイィッッ」「アツイィッ」「イヤダァァッ」
必死で助けようとする二人の目の前で、家族が燃えていく。
「母ちゃん。行こう」
母を引き摺り少年は走る。泣きながら。走る。家族の断末魔に耳を押さえながら走る。
其の瞳に流れる涙は。炎のように熱かった。