エピソード でろ(ゼロ) 偽善と書いて人の為(ため)
俺の剣は防御をまったく考えていない。
俺は博志と違う。剣の技術はまったくと言っていいほど無い。才能も無い。
俺の剣は自らの身を省みず敵を殺す剣だ。心身ともに傷つけば回復魔法を使えばいい。
傷ついた心を癒す回復魔法と言うのは曲者だとおもう。
他国の『勇者』どものことだ。
ヤツらは自省ということを知らない。
傷ついた心すら魔法で癒してしまう。結果的に奴らの通った後の惨禍は凄まじい。
森や畑。家々を魔物ごと焼き払って恨み嘆く人々をニッコリ微笑んだだけで帳消しにしてしまう。
アイツらと遭って話して、酒を呑んでみて思った。あいつらは魔族以上におかしいと。
魔族というものと話してみた。
多少容姿は違うが人間と大差ないように見えた。ただ、連中と俺たちは相容れない。
彼らは人間の血肉を食べ、魔力の糧とするからだ。
俺は。俺に惚れた女の力を奪っている。魔物より、バケモノだ。
剣を振るい魔を殺める。この世界への憎しみを込めて。
皆は俺を魔族を滅ぼす勇者と讃える。不死身の勇者と拍手を送る。
「皆、何も知らないんだな」
俺の嘆きに博志は何も答えてくれない。
「俺の魔法の力の源を知ったら、皆は何と言うだろうな」
「黙っておけ。そして女に笑いかけるな」
微笑むだけで愛が得られる。恐ろしい力だ。こんな力は封印するに限る。
「俺が好きになった人が滅ぶ運命ならば。俺は何のために戦うんだ」
「魔王を滅ぼせ。ヤツこそが諸悪の根源なのだから」
『神聖皇帝』は嗤う。『勇者』の運命といいやがる。
自分で何とかしないのか。この国の連中は。
勇者とやらで他人を何人拉致して勝手に戦わせてやがるんだ。
俺は、俺たちはそれに我慢できず、国々を逆に乗っ取り、同盟を作ることに着手した。
『勇者』どもは気に食わないが、元は同じ境遇。やろうと思えば可能な事業だった。
「自らの力で立ち上がれッ 自らの力で仇を討てッ 自らの力で国を理想の国にッ」
「オオオおおおおぉぉぉぉぉぉぅぅッッッ!!」
「いいアジテーションだぜ。久」
博志はそういうが。俺は汗をぬぐう。自らの力に対する冷や汗だ。
「これも、『勇者』ってヤツの力なんだろ」
「そうだ。『SEKKYOU』って言うらしいぜ」
忌わしい力だ。だが、私利私欲に使わなければこれほど有用な力も無い。
『勇者』の小人数と魔族の精鋭同士の戦いは惨禍が比較的穏やかだが。
戦争となると総力戦になって災害と言っていいほどの力を持つ魔族を軍によって討たねばならない。
俺たちは内政にも力を入れ始めるのだが。
「おかしい。今年も豊作だ」
「いいことじゃないか。久」
「いや、絶対おかしい。今年は豊作になるはずが無いんだ」
「???」
伊達に故郷で毎年畑の世話をしているわけではない。
豊作の喜びに舞い踊る人々を見下ろしながら、俺は違和感と戦慄に震えていた。顔だけは。『笑いながら』。
俺の剣は今宵も敵を貫き。敵の剣は結果的に俺の愛する人々を殺す。
こんな地獄がいつまで続くんだろう。
「心を癒す回復魔法。使えばいいじゃないか」
博志に悪気はない。むしろ俺を心配してくれている。だが彼も自分にその魔法を使おうとしない。
「いや。俺が壊れそうなときだけで。頼む」
実は。一度だけ自ら首を釣ろうとしたことがあった。
その時。女の声が聞こえたんだ。『生きて』と。『愛することを諦めないで』と。
幽霊の類は信じないが、それでも。聞こえたのだ。