魔王軍の愉快な一日
「魔王さまは厭戦意識が強い」
「廃棄処分も止むなしか」
魔王は『魔玉』をエルフ女性の肉体の心臓部分に埋め込んで作られる魔導人形。
故に普段は絶対君主として振舞うことを求められるが、無能もしくは『壊れた』と判断された場合は『廃棄処分』もあり得る。
暗い闇の中、『議会派』の魔族たちは魔王廃棄に向けて着々と準備を進めていた。
『議会』とは魔王軍の中でも有力な一族たちが統べる会議であり、主に魔王廃棄、新魔王『作成』についての権限を持っている。ある程度は立法権もある。魔王不在時は魔王の代わりに政務を行うこともある。
「しかし、邪魔者はいつの世の中も四天王よ」
「奴らは魔王直属だからな」
「なに。いつの世も四天王が結束したという事例は無い」
一人の少女を軸に、彼らは結束しつつある事実を迂闊にも彼らの間諜は気付いていない。
「サラマンダーは情に暑苦しく」
「篤いんじゃないのか」
「むしろ熱いよな」
ちゃんと陰謀を巡らせろ。
「シルフィードは酷薄だが義に篤い」
「スカートめくりが得意なバカじゃないのか」
「いや、お前の歳考えろ。事故だろ」
「BABAAは大変だな」
議会派には女性もいる。
火魔将サラマンダー、風魔将シルフィード。
この二人を切り崩す事に歴代の議会派は苦悩していたが、魔王直属にして魔王の魔力と命から生まれる魔法生物のこの二人は別格過ぎる。篭絡するなら土と水なのだが。これも問題がある。
「今代のノームは何を考えているかわからん」
「ヤツも厭戦派だな」
これは由紀子の影響も大きい。
「ウンディーネは?」
「あの女は戦いと殺戮さえあればどちらでもいいのでは?」
ウンディーネが聞いたら泣きそうな意見である。
「では、廃位に賛成するものは挙手を……」
男たち、女たちが挙手しようとしたそのとき。
暗い部屋に魔族にとって脅威である陽光が侵入する。誰かが扉を開けたのだ。
「待て。議会の召集は四天王のうち誰かが同意せねばいかん」
「私は同意していませんよ」
「俺もだ」
「ククク……議会の暴走だな」
反目しあっているはずの四天王の乱入により、その試みは費えた。
「ふむ。無断で議会収集。か」
報告書を読み上げる魔王ディーヌスレイトにかしこまってみせる四人。
「全員、処刑にしようと思うのですが」
「無難だな」
「其の通り」
「ククク……楽しみだな」
魔王もその意見に同意しかけたそのとき。
「しょ、処刑ですか?!」
魔王の腕の中の少女が頓狂な声を上げた。
モフモフ具合を愉しむために魔王が呼び、先ほどまで必死で抵抗していた少女。
地味に今回の反乱劇を収めた功労者でもある。
反目しあう四天王四人の持つ情報をたまたま聞いていた由紀子が食事の席でノームに話したので発覚した。
「会議をした程度で?!」
この時点の由紀子はこの国の政治機構を知らない。
「由紀子。無断で議会を召集することは出来ないのだ。召集を許可するためには我々のうち誰かの承認が必要になる」
養女が変な事をいわないか、ノームは不安らしい。
この間も目を離した隙に『コメ』という沼地に生える毒草の育成を魔王に直談判して青ざめることになったからだ。
とはいえ。其の前に創設した『セキジュウジ』は意外と役に立っている。
敵も癒すなど前代未聞だが、結果的に兵たちの生存率が劇的に向上した。
現実主義のノームは由紀子の放言はある程度黙認している。ただの放言で終わっていないからだ。
「由紀子ちゃん。他にも魔族の皆が決めるかとか色々あるけど」
ウンディーネは「いいなぁ。魔王様。職権乱用にも程がありますよ? 私はモフモフしたくて帰ってきたのに」とか思っている。
「ククク……裏切り者は皆殺しだ」
「フハハハ。愉快愉快」
何処が愉快なんだよ。バカ共。
下手をすると魔王が廃位されそうになったことが愉快だと取られるぞシルフィード。
「喧嘩して愉快なんてありえません。シルフィードさん」
「むぅ」
シルフィードはノームの『娘』には最近やり込められることが増えている。『子供たち』の多くは彼の部下で、世話になっているという意識もあるが。
「しかし、厄介だな」
さわさわと由紀子のモフモフ(髪)を揺らす快適な風と水気。
常春の花の香り。そして暖かな空気。計らずしも普段反目し合う四天王の力の結集により快適な状態を保つ魔王の私室では六人の魔将と魔王と女学生が歓談している。
事情があまりよくわからない由紀子は抵抗も空しく魔王様にモフモフされている。もしこの物語が漫画であればハートマークが飛び交っているが、この時代の少女漫画にそんな表現があったかは未調査である。
四天王を含む一同は水魔将の『妹』が淹れた茶の香りを愉しみつつ、会議を続行。
「ここは。由紀子の案を取り入れ。『民主的』に魔族皆の総意を」
ウンディーネの提案。
「許可する」
今代の魔王ディーヌスレイトは即断即決の人だが、それが良くなかった。
「水の。何を企んでいる」
ノームは冷たい視線をウンディーネに注ぐ。
彼女はニコニコしながら無視。
「ククク。会議など不要だ」
「魔王様に逆らう者は、皆吹き飛ばす」
「其の通り。焼き殺す」
会議になってねぇ。火と風ッ?!
「提案します」
『水のウンディーネ』が行った提案は。恐るべきものだった。
「どうしてこうなるのですか。ノームさん」
『景品』と書かれた赤札を張られた少女が不満の声をあげる。
その養父も嫌そうな顔をした。そりゃそうであろう。勝手に娘を景品にされていい顔をする親はいない。たとえ行きずりで親子になっただけでもだ。
「では。ルールを説明する。勝者は魔王廃位の是非を決めることが出来るほかッ! 稼いだ『モフモフ回数』を実行できるチャンスとなるっ! 存分に魔族のために活躍してほしいっ!」
公私混同にも程がある。ウンディーネ。
「ウンディーネ様。うちの畑が豊作で」
「よし。貴様は10モフモフポイントだ」
「あのねあのね。ウンディーネさま。お花が綺麗にさいたの」
「よくやった。1モフモフだ」
ウンディーネに撫でられた少女は大喜び。
「四天王のウンディーネ様に褒められたッ」
「いいなぁ」
「ウンディーネ様。ぼくもぼくも。お母さんと一緒に町の掃除したのっ」
「素晴らしい。お前も1モフモフだ。母と励め」
子供好きだからって、普段子供に近づいただけで泣かれるからって、懐く子供にポイント配りすぎだ。親たちがウンディーネの前に子供たちの列を作っている。
「サラマンダー様。うちの子供が元気に育ちました」
「素晴らしい。貴様は10モフモフだ」
こっちも大概である。
「シルフィードさまー! 人間の割符制度を取り入れて、金貨運搬の手間を省きましたよ~」
「貴様も10モフモフだな」
「モフモフの買取はこちらです。並んで並んで~」
「モフモフをかけて腕相撲するやつはいないか?! 勝つたびに1P増えるぞッ 負ければ1P減点だッ」
「モフモフをかけての剣闘士大会はこちらですよ~」
熱狂する魔族たち。それを魔王城のテラスの上から見下ろす二人がいた。由紀子とノームである。
ノームの妻。ガイアは心労で倒れてしまった。穏やかかつ温厚に見えて真面目な人物らしい。
「どうしてこうなるのですか。ノームさん」
「ワシも知りたい」
義親子はため息をついた。
「この戦いは、魔王にハンデを設けるべきだろう」
盛り上がりまくる民から目を逸らし、簡易玉座に座る魔王にノームは儚い抵抗の意思を見せる。
魔王が本気になったらほとんどなんでも出来てしまうからだ。
「私にプラス壱億モフモフ追加だ」
『……』
由紀子とその義父。火と風すら呆れた表情を隠せない。
「魔王様。逆ハンディキャップですか?」
ウンディーネの冷たい笑みを受けながら魔王・ディーヌスレイトは悪びれずに笑ってみせる。
「私は賭け事が苦手だからな」
可愛らしく舌を出してみせるが、100年以上独身である。
一斉に四天王と女学生の批難の視線が魔王に注がれる。
今なら議会召集も叶ったであろう。議会派は事を急きすぎた。
「勝手に人を商品にしないでください。まおーさん」
「廃位もやむなし」
義親子の抗議。
「鬼だ」「悪魔」「むしろ魔王だ」
四天王たちの抗議に悪びれなく魔王は肩をすくめておどけてみせた。
「魔王だもん♪」
異世界にてすべての命が絶えた後も旅を続けているという『オリジナル』がもしこのコピーの所業をみたら、即座に処分に乗り込んでくるであろう。
嘗て無い盛況と祭りと経済効果を前に、魔王は御自ら『モフモフポイント』を派手にばら撒く。
モフモフの正体は良くわかってないが、今代の魔王の寛大さに熱狂する魔族たち。
戦乱は続くが、良いガス抜きになったらしく、幾多のカップルも生まれたらしい。
「これで合法的に由紀子をモフモフできる♪」
「やめてください」
「あと二億四千四百六十八モフモフあるのだ。抵抗は許さん♪」
「嫌です」
増えているぞ魔王ッ!?
魔王軍の最前線は今日も地獄である。魔王がこれでは廃位もやむなし。