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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
エピソード でろ(ゼロ) 大いなる『土』のように抱きしめて
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首無し騎士の微笑み

 がらがらがら。夜闇の町を駆ける一台の馬車。


 馬車。と呼んでいいものかは疑問がある。幌も屋根もなく、車輪には鋭い棘と刃が横につけられすべて銀で出来ている。しかもそれを引く馬には頭部がない。

 首のない馬からは絶えず血があふれ出し、道を汚し。穢す。落ちた血はブクブクと泡立ち、それがある種の猛毒であることを示す。

 馬車。否。戦車を引く戦士。

 片手に綱を自らもち、銀の戦車を手足のように操る黒い鎧の人物。

 彼は手綱を強く引いた。


 銀の戦車の車輪が、軽く空を切る。

 月明かりを浴び、夜風を切り、血の臭いは虫たちの唄にかきけされた。

 銀の月の光を浴び、戦車はゆっくりと夜空を舞う。空でありながら首無し馬の蹄鉄の音は響き渡り、夜の生き物を眠りに誘う。

 月光の中に浮かぶ雲海を抜けた戦車はとある屋敷の前に舞い降りた。

 戦車の主は黒き鎧も体重もないかのように舞い降り、首無しの馬を宥めてゆっくりと屋敷に近づく。

 鋼鉄の扉は音もなく開き彼を屋敷の奥にいざなった。



 こつ こつ こつ。

 夜闇の中、黒き鎧の騎士は歩む。闇に溶け込みつつ、闇を支配するかのような騎士の姿。

 家人は見張りも含めて寝入っていた。彼の戦車の蹄の音は眠気を誘う力を持つ。


 明かりもないのに確かな足取りで趣味の悪い大きな肖像画を横切り、裸の女性の剥製の前で『眉をしかめ』てみせる騎士。騎士の眉はあるべきところになかった。

 いや、顔の。目玉の上にあるという点は我々人間と変らない。問題を挙げるならばその顔。彼の生首は彼の左手に握られているという事実だ。


 騎士。デュラハンは自らの首を人の正位置に戻し、口元を大きく曲げた。そのまま、女性の剥製の手をとり、軽くくちづけをする。

 月光が何処からか漏れて、女性の剥製に青白い光を差した。

 鼻腔と喉を刺激する生皮を保存するための特殊魔導液のツンとした香り。

 月光の明かりを虚ろな硝子(がらす)の瞳に納めた女性が艶然と微笑んだ。

 女性は、ゆっくりとその細く長い指を屋敷の奥の一点に示す。騎士は無言で礼をして、彼女の前を立ち去った。


 どす。

 女性の剥製は急速に腐敗をはじめ、大地に還っていく。

 やがて、彼女の痕跡すらなくなったとき。コツコツと屋敷内の隠し扉の一つを叩く音が響いた。


 脅えた瞳が隠し扉の奥から覗く。騎士はその瞳の主に艶然と微笑んでみせ。自らの首を持つ腕を引く。

 脅えた瞳には、艶然と微笑む生首を持った首のない黒い鎧の騎士が映っていた。


『死』


 覗き窓から見える醜い男に騎士は呟く。『一年後の予言』を覆すには騎士を返り討ちにするしかない。

 世界の果てまでも彼は追いかけてくる。ましてや悪事の限りを行い騎士道を忘れた愚か者には相応の報いを与えるのが彼の使命だった。


 闇の中、悲鳴と、血しぶきの香りと、赤い花が咲く。銀の戦車はまた夜闇を駆け、月の明かりの中を。駆けていく。


 かの者の名はデュラハン。


 夜闇を駆け、死の予言を振りまく。妖精にして死者。



「で」


 由紀子は苦笑した。


「其の格好は。似合わないと思います。『でらはん』さん」

「し、しかし。由紀子さま。『くりすます』とやらで子供にプレゼントを配るのは私の使命となったのですッ」


「うわーーーーーん!」「こあいよ~!」

「い、いい子にしている子には魔王様からのプレゼントがッ」


 泣きだした戦争孤児の魔族の子供たちをあやそうとする黒い鎧の男にして魔王軍第一軍団は魔王親衛隊の長を見ながら、『水のウンディーネ』はため息をついた。


「人選。間違えたかも」

「い、いえ、空を飛ぶトナカイはいませんが、空を飛ぶ馬車と言えば私どもでっ?!」


「子供に夢を与える前に悪夢を与えそうね」

「ウンディーネ様ッ?!」


 其の妹の毒舌も冴え渡る。


「首。落としているわよ」

「あ。すいません。由紀子さま。ください」

「あ。はい」


 地面におちて『あ。由紀子さま。ください』と呟いた頭を平然と彼の身体に差し出す。鳥取県民は妖怪に耐性があるらしい。


「これから、またお仕事なのでしょうか」

「ええ。死族にとっては寒風が骨身に染みます」


 デュラハンはにが笑い。


「おや。うむ。これは疑問だ。首とプレゼント、どっちを持つべきでしょう」


 そっちかいっ?!


「首は元の場所に載せなさい」


 ウンディーネはくすりと笑い。


「今夜の使命。キッチリ果たしなさい」威厳をもって告げる。


「はっ! 魔王様。ウンディーネ様の御命令! この首に替えてもッ」


 襟を正して魔族式の敬礼を見せる彼に。


「もう。とれてます」


 思わずツッこむ由紀子だが、由紀子の時代には突っ込むという言葉はない。


「ははは。由紀子様はお厳しい」


 しかし、黒騎士はあくまで紳士であった。この辺は同僚(ゾンビマスター)に通じる。


「では。いってまいります!」

「おきをつけて。でらはんさん」

「ほんと、子供を泣かさないでね」


 手をふって見送る三人の娘に彼は堂々と手を振って答えたが。

 ……当の上司であるはずのウンディーネは小声で呟いた。


「ほんと、大丈夫なのかなぁ」


 任命したのはあんただ。


 この日以降魔王軍の子供たちの間では。


『悪い事をするとサンタクロースという首なし馬車がお仕置きにくる』


 などという間違った情報が何故か伝わり、其の年の魔族の子供たちはそれはそれは一所懸命に勉学に励んだという。

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