腐った死体でも慕いたい
「由紀子さま。本日はお願いがあってきました」
ぞんびますたー。さんでしたっけ。
確かウンでーネさんの部下さんだったと記憶しておりますが。
腐敗臭とドロドロに腐って溶けたお体。飛び出た目玉の個性的な容姿の方です。
初めてであったときは驚きましたが、実際に話してみるとかなりの紳士さんです。
「私には女心がわかりません。是非教えていただきたいのです」
え~と?
あ、あの順序正しく話していただけ無いでしょうか。
あと蛆は掃ったほうがいいですよ。身体食べられていますから。
「実は」
「ええ」
私はニンフさんに入れていただいた薔薇茶を啜ります。
ニンフさんは『ゾンビマスターは臭い』と仰いますが、私はあまり鼻が良くないので彼とは比較的懇意にしております。
「好きな女性が出来てしまいました。二百年以上年下なのでどうかと」
「はぁ」
魔族の方の感覚はいまいちよくわかりませんが、
ノームさんに言わせれば女性には六百年は生きていて欲しいらしいです。
そのくせ、奥さんは三百歳だったりします。昔のガイアさんって積極的。
「女心ならば、ウンでーネさんに教えていただけばよいかと」
「殺戮と虐殺を最も喜びとするあの方ですよ? とても解るとは思えませんが」
其の台詞。彼女が聞いたら泣きますよ。
そういうと隣にいらっしゃった妹のニンフさんがふきだしました。
「ま、まぁ。姉さんはそうね。四天王ともなるとそうそういつもいつも由紀子の髪をモフモフしているだけではないのよ?」
そうなのですか。確かに将軍さんですし。
とはいえ、私はあの方がお花をいじっているときや子供に逃げられて落ち込んでいる姿しか存じませんので、上司として厳しくしなければいけない姿はみていないのです。
「そもそも、何故女心などを今更知りたいと。ニンフさんがいらっしゃるじゃないですか」
ニンフさんだってお姉さんに負けない美人さんなのです。むしろより美しいという方もいらっしゃいます。
「……」
「……」
しかし、私の言葉に対して二人の間で奇妙な沈黙が流れました。
なぜか二人とも牽制しあっているように見受けられます。
「由紀子。さま」
笑顔が張り付いたニンフさんが迫ります。
な、なんでしょうか。ニンフさん。怖いです。
「ニンフ様が何年独身か存じた上で仰っていますよね?」
ぞんびますたーさんが一言。あ。これはダメです。
ニンフさんの手に収まったお茶の器がカタカタ言っています。
「どうせ私も独身よッ キスだってしたことないわよっ! ゾンビマスターッ 」
「では不肖私目が」
「おことわりっ! 」
穏やかな花の香りのするお部屋でキーキーと喧嘩するお二人はどう見ても仲睦まじいのですが私の気のせいでしょうか。
田舎育ちの私にとって男女交際と言うのはちょっとした小説の世界です。田舎には娯楽が少ないのです。ご近所様の物笑いの種になってしまいます。
「そもそも、ゾンビマスターさん」
「なんでしょうか」
私は比較的建設的な意見を述べることにしました。
「お風呂に入りましょう」
「溶けてしまいます。ゾンビマスターがスケルトンマスターになっては不味いでしょう。同族に示しが」
それはとても厄介ですね。
薔薇茶の香りに死体の香りが混じります。
死体の香りはゾンビマスターさんの香りですが少し香水も必要かもしれません。
「腐った死体には香水は意味無いわよ」
むう。こまったのです。
「服を着替えるという手が」
藁の腰蓑に石の剣に槍というのはあまりにも前衛的です。
「この服以外は腐敗術がかかってしまうのです」
「魔族の服は身体の一部でもある事が多いのよ。由紀子」
そもそも。私自身も恋をした覚えがないので助言役には向かないはずでして。
鳥取に残してきたたっちいもそっち方面では男の子に避けられていましたし。人気はあったのですが。
「容姿でダメならお仕事でアピールと言うのはどうでしょう」
「お恥ずかしながら副官です」
副官? ゾンビマスターさんの副官さんといえば。
「あの子? まだ少女じゃない」「悪いか」
せいれーんという種族のヒレのついた綺麗な女の子だと記憶しておりますが。
頭をかくと同時にゾンビマスターさんの頭皮と肉と髪の毛が飛び散ります。
私達の視線も気にせず彼は悩んでいるようです。
「あれほど生前は名提督で鳴らした貴方が、まさか女が弱点だったなんて」
「むしろ海に女は不要だ」
むか。私たちは彼を睨みます。そもそも水軍の指揮官はウンでーネさんです。
「いい方法があるのですが、辞めました」
「まってださいっ?! 由紀子さまッ?! 」
……。
……。
「確かに腐敗も生育も私の専門ですが」
「お願いガイアさんっ! ノームさんにはナイショ!」
豊かな体つきの大柄な女の人(たっちいより大きくて綺麗です)は大きなため息をつきました。
「政敵の部下を連れてきた挙句、恋の橋渡しだの。義娘も義娘ですが」
ガイアさんは私に微笑むと同時に冷たい瞳を彼に向けました。
「昨今の殿方は情け無いにも程がありますわ」
「申し訳無い。ガイア殿」
しゅんと頭を下げるゾンビマスターさんですが、目玉ッ?! めだまっ?!
「ゾンビマスター。同情するわ」
「は、はぁ」
ガイアさんの瞳が私に注がれ、思わず固まる私。ガイアさんは腐ったものを一時的に戻す魔法が使えるそうなのです。嫌そうなガイアさんに必死で頼み込む私。
そうこうしていると彼女は肩を落としました。
「この子はこうなったら言うことを聞かないの」
「は、はぁ」
数時間後。服を着替えてやってきたゾンビマスターさんをみて絶句。
「……」
「……」
「あら。生前どおりの容姿ね」
この中でゾンビマスターさんの生前の姿を知っているのはガイアさんだけですが、姿を現したのはすっと通ったお鼻に鋭い瞳。切れ上がった口元に形を整えたお髭の美男子さんです。
「あいかわらず美男子ね」
「かっこいいですよ。ゾンビマスターさん」
私がほめると彼は照れくさそうにしてみせました。
「これなら、セイレーンも惚れるわねッ」
あれ? ニンフさん?
機嫌急に悪くしておかしなニンフさん。へんなの。
「よし。いくの!」「賭けは五部ボブなの」
「ゴブ鼓舞の間違いじゃない?」
「五分五分よ。貴方たち」
何故かいる子供たちと私。
成り行きで相談に乗ったニンフさんとガイアさんは彼の告白を見守ることになったのですが。
「いいですよね。憧れちゃいます」
「そうね」ツンとした返事。
私の視線に気づいてはにかんで見せるニンフさん。
私とニンフさんは微笑みあってしまいます。
意外と気が合うかも知れません。
「ああ。穢れを知らぬ乙女の頃を思い出すなぁ」
胸元に手をやって真っ赤な顔のガイアさん。当事者みたいです。
ガイアさんって積極的だからご自身から結婚してって頼んだんですよね。
「ううん。こんなにいい女が迫っても迫っても子ども扱いのつれない態度だから」
はい。
「ぶん殴って閨に連れ込んで結婚承諾祈祷書にサインさせたわ♪ 」
「……」「……」
聞かなきゃ良かったです。
「む」「なんか」「旗色悪いわね」
「そうね。そこで押し倒してやっちゃえばいいのに」
私とニンフさんは眉をひそめてしまいました。
ガイアさん。ガイアさん。それは色々とどうかと思いますよ。
「わかって無いわね。由紀子ちゃんもニンフちゃんも」
え。
私が戸惑っている間に状況は動いてしまっていました。悪いほうに。
「あ。ふられた」
「残念!」
「かけ代はらえっ! 逃げるなっ! 」あれだけやってダメでしたか。
肩を落とす私達にお菓子を持ってきてくれたガイアさんが意味深な笑みを浮かべて仰いました。
「あの子がこう言ったの聞こえなかった? 好きな人がいるって」
「聞こえました」
振られたんじゃないんですか。
「職場の上司です。そういったでしょ」
「ええ」
それが何か。
「該当者が一人しかいないでしょ」
ああっ?!!
「じゃ、あれは」
「見た目を変えたのも、名乗らなかったのも大失敗」
えっと。でもおかしいことが。
「でも、ちゃんと『ゾンビマスター様』って」
「気付かない振りをしているのがバレバレね。あの子も幼いわ」
絶句する私達にガイアさんは頬を赤らめて告げました。
「あ。由紀子ちゃん。今夜のご飯は一人で食べておいてね」
「は、はい」
「乙女の頃を思い出しちゃった。いい余興だったわ」
甘い声を上げて切なげに火照った頬を染めるガイアさんに私達二人の乙女は戦々恐々。こういうときのガイアさんはロクなことをしません。
「ノームに『逃げろ』と伝えるべきか?」
真剣に問うニンフさん。えっと。
「辞めておきましょう。無粋です。それより。出来たら今夜お泊りして良いでしょうか」お二人の仲を邪魔したくありませんし。
次の朝。土魔将の部屋にあてがわれた部屋に戻った私は憔悴しきった義父と義母を相手に何事もなかったように振舞うのに苦心しました。今では笑い話ですね。
『ぞんびますたー』さんと『せいれーん』さんのお二人は後に祝言を挙げることになります。
その時、私は特別にゾンビマスターさんに代わって彼女の名前をつけることをお二人に頼まれました。水の絆が。二人の幸せが。続きますようにと。
美奈子。水は流れるので不吉だとお教えしたのですが。是非にと。
『水奈子』
後に思えば。
無理にでも美奈子にしておけば良かったと思うのです。
水の絆が。二人の幸せが。続くように。