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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
エピソード でろ(ゼロ) 魔族の賓客
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夢はありますか

 ああ。またこの夢だ。

 その夢では、久は小柄な女の子になっている。

 この身体は小さく、弱弱しい。背も低いので視界が狭くて違和感がある。

 久自身は、何も話せない。喋れない。彼女も久の存在を。知らない。

 あるときは散髪屋でアルバイトをやっている。あるときは落丁のノートを安く買い、罫線を自分で引いて、それでもノート代が無い日はまた消しゴムで消して使う。

 弟の世話をして、出来のいい兄や先に出稼ぎに出た姉たちの手紙からまだ見ぬ都会に心を奮わせる。

 どこにでもいそうな女の子の夢。久の『元の世界』の夢。



 『わたし』の頬に衝撃が走りました。


「お前が由紀子って言うんだってなぁ? ちょっと勉強が出来るからって調子にのってんじゃねぇぞっ」


 ここは。何処かの学校だろうか。久は思った。

 『わたし』を背の高い女が殴り飛ばすのがみえた。久は思った。


 なにしやがる。


「兄さんが勉強できるのは否定しませんが。私は全然ですよ」

「……」


 女にしては鋭い蹴りが『わたし』の腹に入った。


「あの兄貴の妹が勉強できねぇわけないだろっ」

「事実ですよ」


~ やめやがれっ! ~ 


 聞こえないのは承知で久は叫ぶ。するとその長身の娘は動きをとめた。


「おい。おまえ」

「なんですか」


 『わたし』は強くその女を睨んだ。気丈な娘だ。


「いや、なんか言ったか」

「……」


更に。睨んでみせる。『あたし』


 奇妙な沈黙。にらみつける低い視点。

 そのずっと上の娘の表情がばつの悪いものに変わっていく。


「あ~その。俺、『武田彰子』って名前なんだが」

「西尾由紀子です」


~ へんないちゃもんをつけんじゃねぇ ~

 久はそう呟いた。


「その。さ。悪かったよ。あの兄貴の妹っていうからさ。いけ好かないヤツかと」

「兄さんはいけ好かない性格ではありません。確かに優秀な反面鈍いところがありますが」


 そうして娘二人は反目しあいながらもすぐに仲良くなっていった。


「あははっ? 由紀子ッ 埋まっちゃえっ」

「たっちぃ?! うぷぶっ?!」


 鳥取県は夏は暑く、冬場は豪雪地帯と化す。気温変化が極端なのだ。

 雪の中、大柄な娘と小学生かと見まごう小柄な娘が雪を投げあい、じゃれあい。雪の上をコロコロと転がっている。


「で。風邪を引いたのか」


 『兄さん』が呆れて呟くと、『たっちい』と呼ばれる少女と『わたし』は鼻水交じりの返答をした。

 意識が引き摺られていく。また起きなければならない。久は名残惜しくも目を覚まし。

 そしてまた魔物と殺し合い、人間同士で騙しあう『悪夢』の世界に戻る。


「また、あの夢かよ。久」

「博志。俺って女性への変身願望があるのかな」


「気持ち悪いこというなよ」



 そして、またあの夢を見る。


「うわ。あの兄さんの妹でこの成績か」

「だから勉強できないって言ったじゃないっ?!」


 場面が変わる。


「いまいち物覚えが悪いんだ」

「やっぱ由紀子はバカじゃ」

「兄さんっ?! 姉さんまでっ?!」


 はあ。彰子と名乗った少女は苦笑する。


「賢いやつが教えるのはよかねぇ。俺が教えてやる」


 彼女の長身がふわりと『私』を支え、優しい声が耳元に響く感触。

 次々と頭に入ってくる新鮮な知識と感動。知ることの喜び。


「うわあぁっ?! たっちぃのおかげで学年一位になったよっ?!」

「俺は教えるの、天才だからな」


「すごいすごいすごいっ?! 何か奢らせてよっ!」

「フロフキ饅頭で。頼むわ」


「うんっ!」



「で、たっちい本人は名前間違えて零点なの?」


 久はそれを聞いて噴出した。


~ (でろ)点だと? ~


 久は思わず大笑い。

 その声が聞こえたわけでも無いだろうが、彰子は口元をゆがめ。小さく呟いた。


「うっせ~。わざとだ」


「負け惜しみだね」


 『わたし』が彰子と呼ばれた娘につぶやくと。


「うっさいっ?! 給食の牛乳のんでやるっ?!」

「まずいし。いいよ?」


 この時代、給食の牛乳は脱脂粉乳が主体で不味いというのが一般認識であった。


 『わたし』の視線を無視して『牛乳』を飲む娘。そして言い放つ。


「今日は珈琲牛乳だぞ」

「やっぱなしっ?!」


 加糖と風味をつけたこの粉末は当時の学生にはごちそうとされた。


「もうのんだっ」

「はけっ! はくのですっ?!」


 厳密に言うと珈琲ではなく、麦芽の入った脱脂粉乳だ。

 脱脂粉乳はこの時代、美味しくない。むしろ不味い。

 娘二人のやりとりに思わず一緒に大笑いしてしまう。久。


 また目が覚める。


「王妃は落ちたな」

「ああ」


「そろそろ、やるか」

「おう」


 この悪夢はいつ醒めるんだろう。久はそう思いながら剣を振るう。

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