昭和男子はお姫様にもメイドさんにも萌えない
「ヒサシ様。おかえりなさいませ」
「い、いえ、頭なんて下げないで下さい」
「ふふ。勇者様なのに腰の低いお方」
というか。狙ってるんじゃないか? この女。
割烹着じゃなくてエプロンってヤツと少し胸元の空いた服。首には布で出来た輪に編みこんだ髪。
ミニスカート。ってのが最近流行りだしたが、アレは俺馴染めないんだよなぁ。
(作者註訳:日本でミニスカートが流行りだして間もない頃に久さんは召喚されました)
こんな格好で頭を深く下げるとうなじが見える。胸もちょっと気になってしまう。
あと、歩くだけで小さな膝が見える。
「俺はパンパンに興味は無い」
「? ぱんぱん ? ……くす。『そちら』のお世話も。出来ますよ?」
でも、初めてなので。優しくしてくださいねと言われて「は?」と答えてしまう俺。
「もう。いじわる」
「だからなんなんだ」
いいです。どうせ私なんて久様にはなんとも思われていないのです。
ワケのわからないことを言い出す娘に俺は頭を抱えた。どうもこの女の扱いが解らん。
「えっと。安奈」
「アンナでございます。久様」
わかんねぇよ。同じに聞こえるよ。
「また、怪我しちまった」
「また? わざとでしょう?」
安奈は微笑む。
「今日は侯爵領の犬頭鬼の退治を」
「だいぶ、勇者様が板についてきましたね」
まぁな。
「侯爵夫人は亡き夫の代わりによく領内を治めているといいますが」
歓迎されすぎて必死で逃げてきたなんて安奈に言おうものならどえらい目にあう。
「久様。そこに座ってくださいね」
「へいへい」
初めて彼女の力を見たとき。本当に驚いた。
コイツは『魔法』を使える。傷を治すことができるのだ。
ふわりと優しく暖かい光が彼女の手に灯り、俺の痣だらけの掌を照らす。
「あったかい」
「ふふ。気持ちよいでしょ」
「うん」
素直に頭を縦に振ると彼女は笑った。思わず釣られて笑う。
博志からは「お前はなるべく笑うな」と言われたが、いまいちわからん。
見る見るうちに体中の傷がふさがり、身体の軋みや痛みが取れ、疲労が無くなり、それどころか戦いで沈んだ心すら奮い立ってくるような感覚。
思いのほか安奈の顔が近くにあることに気づいた俺は思わず顔を反らす。
「はい。おしまいです」
彼女が小さく笑ったのが解る。
「おー。すっげー。身体が軽い。傷も治ったッ? お前すげぇっ?!」
立ち上がり、手を振り、身体を動かす。何処もいたくない。これで明日も戦える。
俺が喜んでいると、何故か安奈の機嫌はどんどん悪くなっていく。あれ。
「他に言いたいことは無いのですか」
「物凄く感謝してる」
俺は彼女の機嫌を取るためと言うより純粋な謝意をぶつけたのだが。
「もう。いいです」
余計怒らせてしまったらしい。女の扱いは難しい。
安奈は「あ~あ。ベッドメイキングをしっかりしたのに」とこれ見よがしにため息をついてみせる。
「ああ。おかげでよく眠れる」
「……」
何故睨む。安奈。
「眠りますよね。『私は出て行って良い』ですよね」
見た目は笑っているが安奈は俺が寝るときは機嫌が悪い。なぜかはわからない。
「うん。疲れてる」
「疲労も治しましたよ。心身健康。精力気力充分だと思うのですが」
「まぁ、でも夜は寝るもんだろ」
「もういいです」
何故目を潤ませる。目にゴミでも入ったのか。
「お休みなさいませッ」
そういってドアを壊すかのように閉めた。
閉める直前にいつもの一言。
「御用があれば夜中でもご遠慮なくベルを鳴らしてくださいッ」
なんなんだよ。アイツは。思わず笑みが漏れる。
なんだかんだいって、このわけの解らないところに来てから、一番仲がいい。
アイツが男なら良い酒が呑めただろうに。
里奈は『貴重な魔導士とはいえ、奴隷出身の下女だから生かすも殺すも犯すも好きにしてよい』と言うが。
「だが。断る」
「な?!」
「奴隷なんて可哀相じゃないか」
「偽善者だったんですね。勇者様は」
偽善……? 普通だと思うが。
「いや、シベリアで奴隷のようにこき使われているらしい親戚を思うと」
そういうと里奈は冷たい笑みを浮かべてニヤニヤしている。
(作者註訳:この時代はまだソビエトが存在しており、シベリア虜囚となった被害者の中には行方不明者が少なからずいらっしゃいました)
「元奴隷ごときが勇者ともてはやされる。感想を聞きたいところです」
はぁ。俺は奴隷じゃないぞ。丁稚だし。
「奴隷じゃないですか」
「丁稚は技術を教わるんだから当たり前だろ。俺はゆくゆくは独立して社長になるし、等価交換だ」
だいたい、独立するってことは商売敵になることなんだから有り余る報酬だろう。
「とーかこうかん?」
「等価交換も知らないのか」
「あっ あなたのような無知蒙昧の輩に言われたくはありません」
めんどくさい女。安奈も面倒だが。
「久様。明日は食人鬼を倒しに行って頂きます」
へぇへぇ。
……。
……。
「久様ッ」
支給された新しい剣を持ち、今日も食料と旅の道具を用意し。
防具を身に纏い終え、また博志と旅立とうとするときに安奈が呼び止めた。
「久様に言っておくべきことがあるのです」
「ああ。嫁に貰ってほしいってか?」
そういうと安奈は頬を一気に染めた。あれ?
「あれ? 違った? 俺の勘違い?」
「そっそんなことはないですっ」
慌てふためく彼女に呆れる俺。
「気付いていないとでも思ったのかよ。まったく」
「だ。だって、今まで犯そうとする殿方はいましたが」
「俺、どんな目で見られていたんだろ」
ちょっと落ち込んだ。
「だって、だって、『勇者』様たちは」
「良く解らんが、俺はいつも安奈には感謝しているぞ」
「わっ わっ 私のようなはぐれ魔導士にそんなお言葉。嬉しい。です」
「ははは」
「私はッ 私はッ 久様に『命を捧げる』所存です」
「おいおい。大げさな」
胸を抑え、潤んだ瞳を逸らして何事かつぶやく安奈。
嘘なんじゃじゃないです。本気ですよ。
今度は瞳をまっすぐ向けてきた。
俺はあえて何も言わず、勤めて明るくふるまうことにした。
「じゃ、軽く行ってくるわ」
「お気をつけて」
そのほうが、死の危険を感じていないようにふるまうほうが彼女が安心するだろうと。
その後、安奈には会っていない。
なんでも偉い貴族さまに見初められたとかなんとか里奈は言っていたが。
安奈はそういうヤツではないと思うんだが。
問い詰めても里奈は彼女の事を何も言わなかった。
「ん? 久」
俺が手をかざすと博志の傷が見る見る治っていく。
「お前、回復魔法なんて使えたっけ」
そういえば。変だな。
「この間『死に掛けて』、この傷治せんかな~とか思ったら使えるようになってた」
「マジかよ。すげぇな。俺なんて半年以上かけたんだぜ」
そうなのか。
この明かりを見ると。安奈の事を思い出す。
何故か。安奈が傍にいるような。暖かくて。優しい光。