エピソード でろ(ゼロ) 勇者召喚
久視点。過去編になります。
「勇者よ 勇者よ 勇者よ」
ゆうしゃ?
「こい こい こい こい」
うるさい。
「わが元へ わが元へ わが元へ わが元へ わが元へ」
何を言ってやがる。
確か。酔っ払った木下がヤクザに喧嘩売って。
木下がガードレールにヤクザをぶつけて逃げたんだったっけ。
そう。其の後、なんとか逃げて、現場に出て。作業中に頭に衝撃を。
それから。どうなったっけ。
何も。考えられない。よく。わからない。
目を開けると。石の台の上。
変な模様の鎖が、俺の手足を縛っていた。
「なんだ。こりゃ」
台から身を起こすと、床の上には妙な模様が光り輝いている。
人の声が聞こえる。なんだこりゃ。夢にしても変だろ。
周囲を囲む。金色の髪の連中。
「鬼畜米英か?」
戦争末期に島が敵機に襲われた際、お袋が機銃で弄ばれたと聞く。
「キチクベェエィ?」
連中の一番前に立つ女が小首をかしげた。
逃げようとしたが、俺の身体を縛る変な鎖の模様が輝く。
「??! ちからがっ ぬけっ?!」
急に力が抜けていく。なんだこれは。
女は俺の前にゆっくりと歩み寄ると。
「おい。なんだ?! ……えっ」
俺の額に。唇を重ねた。
「……言葉。わかりますか」
へんな女は俺の額から唇を離すとそう呟いたが。
俺はそれどころではない。女に唇を重ねられる覚えが無い。
「ぶはっ?! ナニすんだ貴様ッ?! 俺は十三駅の娼婦には興味ないぞッ?!」
「無礼者」
パシッと俺の頬が鳴る。なにしやがる。
「私の名前はリナ。この国の王位継承者です」
「国? オーイケイショーシャ?」
「説明が。必要ですよね」
ため息をついた女は俺に状況を説明しだした。
「魔王を倒さないと人類が滅ぶのです」
「魔王? 人類が滅ぶ? キューバ危機か? ナチス? それともソ連か? アメリカの核か? ベトコンか?」
シベリアから帰ってきてない親戚もいるしなあ。
「きゅーば? 違います。魔族の王はそのような名前ではありません」
女のいうことは相変わらずわからない。
「魔王とは、魔族の王です」
「マゾク?」
「そう。にっくき魔王。ディーヌスレイト。異世界の魔王『伝える者』の力を持つ魔導人形です」
「ああ。わかった!リカちゃん人形だろッ! 先月売り出された新商品だな」
新しいもの好きの春川寮長が買って来て、娘の沙紀ちゃんが喜んで遊んでいたしな。
「大臣」
「は」
里奈と名乗った女は困ったように呟いた。なんだろ。
「この男は、あの世界の、いつの時代から来たのですか」
意味がわからず、困惑する俺を他所に里奈と名乗った女とジジイ共がもめている。しっかし腹減ったなぁ。メシ食いたいなぁ。
「とにかく。勇者よ」
「勇者ってなに? 俺、只の丁稚なんだけど?」
「勇者は、勇気を持つものです。そして私達を救う救世主になる方です」
「俺、耶蘇に興味はないんだけど」
キリストとまちがえてねぇか。こいつら。
「どうなっているんだっ?!」
「この勇者は何の知識も無いッ」
なんか、バカにされてる気はしないが、不愉快だなぁ。というか、腹減った。
「誰かッ 誰かッ ヒロシを呼んで来いッ」
「不完全な勇者だが、知識は豊富だからな。ヤツは」
ヒロシ?
「君が、武田君?」
「うん。お前は?」
俺が彼を見ると、彼は爽やかに笑った。
「俺は新田博志。お前のお仲間。バケモノの一人。さ」
「バケモノ?」
ああ。博志はニヤニヤと笑う。
「類稀なる身体能力と魔力を付与されて戦う。バケモノでね。この世界の人間は『勇者』と呼ぶ」
「は?」
「だから、バケモノ」
「いみわからん。誰がバケモノだ。殴るぞ」
「おっと」
新田と名乗った男はヒラヒラと手を振った。
「俺みたいな出来損ないの『勇者』、お前に殴られたら髪の毛も残らんぜ」「はぁ?」
「俺たちの仕事はその力をもって、バケモノを皆殺しにすることだ」
「お前の言っている意味が解らない」
「魔族って言ってるな。連中は」
数日後、俺は何故か博志と戦う羽目になったが。
「弱い。な。久」
博志は呆れたように苦笑い。なんて剣の腕だよ。俺の空手や棒術がまるで歯が立たないなんて。
「うわああああっ?!」「神聖皇帝様の保障する『完全な勇者』がぁあっ?!」
なんか、騒いでるけど、意味がわからん。
「ああ」
博志はニッコリと笑った。
「俺たちの廃棄処分が決まったっぽい」
「はぁ?!」
この後、俺たちは『オウコク』内の村を襲う『餓鬼族』という妖怪と戦わされる羽目になった。
博志がいなければ、俺はとっくの昔に死んでいる。彼には。とても感謝している。